第七話

 桜田が自宅で亡くなったのは、それから一週間後のことだった。

 森岡の自宅を訪れた翌日から体調がすぐれないとこぼしていたが、昨夜、突然容体が急変したらしい。

 亡くなる前日、三人と美咲のグループチャットに桜田から異変を知らせる連絡が入った。

『手から芽のようなものが生えてきた』

 添付された画像を見ると、桜田の手がひび割れ、青い芽が突き出している様子が映されていた。

 結果的にこれが桜田との最後のやり取りとなった。黒田や、森岡の身に起きたことと関係しているのは間違いなかった。しかし、なぜ桜田だけが。ずっと三人で行動していたはずなのに。

 俺や久保と桜田の違いが何かあるはずだ。必死で頭を巡らせる。桜田だけがしたこと。

 そこで俺は、Y山でのことを思い出した。

 黒田の行方を追って山道を登っていく途中。

 あのときだ。桜田は道端に突然現れた巨木に触れていた。もしかしたら、あれが樹木子だったのではないか。

 だとしたらそれが原因で。

 そう思った時に一気に熱いものが込み上げてきた。森岡の家の窓から見えた一本の巨木。あれはY山で見た樹木とそっくりじゃないか。しかしなぜ同じ木が遠く離れた森岡の家の近くに。

 俺は久保に連絡を取り、森岡の自宅前の公園へ向かった。



 公園に集合した俺と久保は、巨木を見上げた。じめじめとした雰囲気の公園には、俺たちしかいない。

「これが樹木子だって言うのかよ」と、久保は信じられないという顔をした。

 俺が食い入るように観察していると、樹皮の裂け目から、ちらりと人の掌の形が突き出している。そのすぐ横、僅かに布がはみ出しているのが見えた。

赤と青のチェック柄の布きれ。見覚えがある。

「ひょっとしたらさ。これ……」

 森岡さんなんじゃない? と言った。

「ど、どういうことだよ!」

「黒田さんも、サクもさ、体から芽が出ていた。黒田さんなんて肌も赤黒くなってたし。お前、黒田さんの足で躓いてたよな。そのときどう思ったよ?」

「うーん、そりゃあ硬い家具に引っかかったみたいに感じたな……」

「だからさ、樹木子に触れると、木になっちゃうんじゃないか」

「そ、それが樹木子の呪いだって言うのかよ!」

「そうじゃなきゃ辻褄が合わないんだ。森岡さんも黒田さんもY山について調べていた。そこで呪いにかかってしまったんだ。サクも同じだ、木に触れちまったら最後なんだ」

 俺は吐き捨てるように叫んだ。しかし、それが分かったところでどうなんだ。黒田も桜田も帰ってこない。近づけば俺たちが同じ目に遭ってしまうじゃないか。

 思いあぐねているとき。背後から「ねえ」と聞こえた。それと同時に、ドンっ、という重い音が頭に響いた。頭部に激しい痛みが走り、俺はその場に崩れ落ちた。




 次に気がついたのはどれぐらい時間が経ったあとだろうか。ひんやりした空気が肌を刺激し、俺は薄く目を開けた。

 あたりは漆黒の闇だ。微かに目が慣れてくると、無機質なコンクリートに囲まれた部屋だとは分かった。とにかく起きあがろうと体に力を入れた瞬間、俺の頭に激痛が走った。そうだ。誰かに殴られて、気を失ったのだ。

「いててて」

 思わず痛みに声を上げると、隣に座っている久保の姿が見えた。

「おう、悠真、気がついたか」

「なあ、ここどこだよ」

「いや、俺もわからねえ。室内であることは間違いないんだけどよう。そこに頑丈な扉がある。開けようとしたけどびくともしねえ」

 視線の先には硬い質感の扉があった。

「お前も殴られたのか」

「おうよ」と言いながら久保は頭を抑えた。

「とんでもないことに巻き込まれちまったな」

「なあ悠真よ。俺さあ、お前の話で違和感があったんだ」

 久保が血の気の引いた顔で俺を見た。

「黒田さんはさぁ、木になりかけてた。サクは、腕から芽が出ていた程度だ。つまり少しずつ木になるってことだ。だったらさ、森岡さんはいつ死んだんだ?」

 言っている意味が分かった。俺が森岡の家を訪れたときには既に立派な巨木となっていた。つまり死んでからだいぶ時間が経っている。

「黒田さんが死んだより前に森岡さんが死んでたとすると、お前が連絡していたのは誰なんだ?」

「えっ?」

 それはそうだ。俺たちはペンションに泊まるとき、そして黒田の遺体を見つけた翌日も。森岡と連絡をとっていたのだ。

「それだけじゃない。サクが死んだのは何でなんだ? 確かにサクは木に触ったよ。でも、実はさ、俺も触ったんだ。お前ら先を歩いてたから気づいてなかったけど。触ったら呪われるんだったら俺も死んでるはずだ」

「サクが呪われた原因は他にあるってことか?」

「あの白い煙じゃないかと思ってる」

「でも、それならなんで美咲さんは無事なんだよ。あの人も煙を浴びてたぜ」

「美咲さんとサクの違いってなんだ?」

「マスクをしていたか、ってことか」

「ああそうだ」

 何が言いたいんだ、と俺は声を荒げた。

「だからさ。美咲さんは知ってたんじゃないか? 森岡がもうこの世にはいないってことを。あの煙を浴びると同じように死ぬことを」

 脳天を貫かれたような衝撃が俺を襲った。

「俺たちがペンションに泊まるとき、それから黒田さんが死んだあと、俺たちは森岡さんからメッセージを受け取っている。森岡さんじゃなきゃ、誰なんだ。一番近くにいて、森岡さんのスマホを操作できる人なんてひとりしかいないじゃないか」

「美咲さんが、全てを仕組んだってことか? じゃあ、俺たちを背後から襲ってここに閉じ込めたのも」

 その時。

 コツ、コツ、と遠くから足音が聞こえ、やがて扉の前で止まった。

「み、美咲さんか!?」

「ウフフ、気づいたのかしら」

「なんでこんなことを!? あんたが全部仕組んだんだろ!?」

「そうそう。忠告したはずよ。必要以上に誰かの事情に首を突っ込むなって」

「そんな……じゃあ俺たちが黒田さんを見つけたから……」

 サクを殺したのか、と言いかけてやめた。

「まあ、君が窓を開けたのは予想外だったけどね。本当はあそこで全部終わってたはずなのに」

 そうだ。俺が窓を開けたのは、たまたま窓の近くにいたからだ。

「おい、ここから出せ!」

 俺と久保は力一杯扉を叩いた。戸を隔てた向こうの美咲は微動だにせずに言った。

「もう手遅れよ。その部屋にはね、たっぷり樹木子の種子が充満しているわ」

「な、なんだって……じゃあ俺たちは……」

「じきに芽が出て幹になり、あっという間に立派な木になるでしょうね。そうしたらまた会いに来てあげるわよ」

「ふざけるな! こんなことが許されていいわけないだろ!」

「うるさいわねえ、せっかく生まれ変われるって言うのに」

 それじゃあね、と言うと美咲が遠ざかる音が聞こえた。それと同時に室内に白いガスが噴き出す。

 視界が曖昧になり、なす術なくその場に倒れる。冷たいコンクリートの上で、意識が遠のいていくのを感じた。

 そのあとの事は、よく覚えていない。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

樹木の手 千猫怪談 @senbyo31

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画