第六話
山小屋の中で黒田の遺体を見つけてから、すぐに山を降りて警察を呼んだ。警察による現場検証が終わったあと、簡単な事情聴取を受けた。
死後一週間は経過しており、目立った外傷はないことから、事故として処理されるだろう、と担当した刑事が言っていた。
ショック状態の俺たちは言われたまま受け入れるしかなかった。しかし、黒田の遺体の状況を考えると、明らかに普通ではない。
翌日、俺たちはペンションを後にしようと車に乗り込んだところでピロン、とスマホが鳴った。久保が「森岡さんか!?」と心配そうな声をあげる。
『悪い、寝てたわ。黒田の件だよな、俺もニュースで知った。とにかく、お前らが無事でよかった。今から三人でうちに来れるか? 話しておきたいことがある』
話しておきたいこと──黒田の死について、そして彼の体の異変について何か知っているのだろう。
それから数時間後、俺たちは森岡のマンションを訪れた。ジメジメとした湿気が俺たちの肌を包み、不快さを強調している。
マンションに入ろうとしたところで「悠真くん?」と俺を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、大きめのマスクをつけて立っている美咲がいた。
「あ、あれ? 美咲さん、どうしたんですか?」
「どうって、森岡くんから連絡があって、具合悪いからって」
美咲は手に持ったスーパーの袋を掲げて見せた。体調を崩している森岡の看病をしに来たと言うわけか。
実は、とここに来た理由を簡単に説明すると、美咲は深刻な顔で俯いた。「美咲さん、何が起きているんですか」と聞こうとするより先に、美咲がマンションに向けて顔を上げた。
「とにかく、森岡くんに話を聞いてみましょう」
話はそれからよ、と強引に話を切り上げられてしまった。
ドアの前に立ち、インターホンを鳴らすが反応はない。留守なのだろうか。しかし森岡から自宅に来いと言われたのだ。何か急用でもできたのだろうか。
「あたし、鍵持ってるから」
開けるね、と言いながら美咲が鍵を回す。俺たち三人も後に続いて中へ入る。
ゆっくりと開かれたドアの向こう、短い廊下を挟んで薄暗い室内が目に飛び込んでくる。その部屋を見て、俺は喉を鳴らした。部屋の中はこれでもかというぐらいに荒らされており、足の踏み場もないほどだった。コップや食器は割られ、無数の破片が足元に飛び散っている。
「み、美咲さん……これって……」
「何が起きたのかしら」と美咲も言葉が見つからない様子だ。
俺たちは自然と、部屋の中を散らばるように見て回った。俺と久保は足元に気をつけつつ、部屋の中を散策しながら窓側に歩いていく。桜田と美咲は寝室へ向かって廊下を進んでいった。
窓際に置いてある袖机の上を物色しているところで、ベランダから見える景色が飛び込んできた。
アパートの向かい側は砂場と鉄棒だけがある簡素な公園になっていた。その一番奥、特徴的に空へ伸びる一本の大木が目に入った。縦横無尽に枝を伸ばして葉を生い茂らせている。しかしそのせいで周りは広く影をつくり、周囲の草木は枯れている。どこか不気味な雰囲気だった。
俺が窓の外の景色に意識を奪われていると、背後でうわあ、という悲鳴が聞こえた。何事かと振り返ると、桜田と美咲が寝室のドアの前で慌てた様子で後ずさっている。開け放たれたドアの隙間からは煙のような靄が流れ出ているのが見えた。
隣にいた久保が「なんだありゃあ」と驚きの声を上げる。みるみるうちに、靄が俺たちのいる部屋にも充満していき、視界が霞んでいく。
げほげほと桜田たちが咳き込んでいる様子を見て、危険を感じた俺は、反射的にガラス窓を開けた。外の空気が一気に流れ込み、靄が薄れていく。
部屋の空気が完全に入れ替わった頃、まだ咳き込んでいる桜田たちの元へと駆けていく。
「おいおい、大丈夫かよ」
おう、と涙目になる桜田たちに話を聞くと。
寝室を調べようとドアを開けると、鼻をつくような異臭を感じたそうだ。同時に、すうっと白く濁った煙が吹き出してきて、驚いた桜田がドアノブを一気に引いてしまい、扉が完全に開いてしまったそうだ。
結局、家の中には森岡の姿はなく、これ以上部屋にいるのは危険だと判断した俺たちは、急いで森岡の家をあとにした。
アパートから出たところで、俺は美咲に詰め寄るようにして「どうなってるんですか!?」と尋ねた。明らかに異常な部屋、正体不明の白い靄、そして、黒田の死。俺の精神はもう限界寸前の状態だった。
美咲はそんな俺に怯えるようにして、事情を話しはじめた。
美咲の話によると。
一ヶ月ほど前から、森岡と黒田は樹木子という妖怪について、並々ならぬ関心を寄せていたらしい。
元々は黒田が会社の同僚から話を聞いたことがきっかけだったらしいが、その樹木子の目撃された場所が偶然森岡の両親の保有しているペンションから目と鼻の先にあると知り、見に行ってみよう、となったそうなのだ。
しばらくして、黒田がサークルを辞めることになった、と森岡は美咲に伝えた。なぜ突然辞めることになったのか気になったが、美咲が理由を聞いても森岡は妙にはぐらかす。
そこで美咲は、もしかして樹木子とかいう木のことが関係しているのか? と聞いたところ、森岡は激しく激昂し、まるで人が変わったように美咲に強く当たったのだ。
そんなことがあったから、美咲は俺に、黒田について詮索しないように言った、ということだった。
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