ピーラーと温泉タオル

萌木野めい

じゃがいもを剥くとき思い出すこと

 小学2年生くらいの時だと思う。私がランドセルを背負って学校から家に帰ると、母と父が食卓で、わんわん泣いている三つ下の妹を囲んでいた。雰囲気から良くないことが起こっているのは分かった。

 私が帰宅したのに気がついた母が、「この子、じゃがいも剥こうとしてピーラーで親指の爪を全部剥いちゃったの」と言った。

 妹を膝に抱いた母は、ただ面倒なことが起きたというような口調だった。

 それから食卓を見てみれば確かに、血が滲んだ剥きかけのじゃがいもとピーラーがある。母の傍に立った父は、妹の左の親指に顔をぐっと近づけて眉間に皺を寄せて睨んでいた。父が細かい作業をする時にする顔だった。

「病院に行く。お前は家にいて」

 父はそれだけを言って、母と父は妹を抱えてばたばたと家を出て行った。


 夕方の薄暗い食卓。血のついた、温泉旅館の無料の白いタオルが食卓の真ん中あたりにポンと置かれて、暗い中でそのタオルだけが照明に照らされていた。私は食卓について、ただ目の前のそれを見つめていた。その後のことを私は全く覚えていない。

 私はその日からピーラーが使えなくなった。


 私はじゃがいもを手に取って、皮に包丁を当てると、この時のことを必ず思い出す。それはいつも、少し不快だ。大人になった今、ピーラーを使っても親指の爪を全部剥くようなことは起きないだろうけど、私はこれからも絶対に包丁を使うだろう。


 たぶん、私が怖かったのは血のついたタオルでも、妹の爪が無くなったことでもなく、一人で家に残っていたことだった。あの時、私も家族全員で病院に行っていたら、私はまだピーラーを使えたかもしれない、と妄想してみる。全部が違う人生になっているかもしれないし、何も変わらないかもしれない。多分大したことじゃない。でも、こうやって心には残っているのは何故なのか。


 多分、私がピーラーを避けているのは怪我が怖いからじゃない。「お前は家にいて」という言葉の方だ。

 一つ救いがあるとしたら、じゃがいもは嫌いにならなかった。

 私は今日も包丁で皮をむく。

 ひとりで置いていかれても大丈夫なくらいには私は年をとった。

 それでも私は、あの時置いていかれた小さい私をもう一度置き去りにしないように、今日も包丁で皮を剥く。

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