ほんとうの敵

 ぴんぽーん。

 わたしたちの悲しみと心配を打ち破るようなチャイムの音が、玄関から聞こえました。

 その瞬間、わたしの背中にぞわりと寒気が伝わりました。

 この感覚。今までに何度か覚えがあります。

 そう、これは……。

「おや、またお客さんかい。今日はにぎやかな日だねえ」

 お坊さんはそんなことは知らずに、よっこいしょっと立ち上がって、お客さまを迎えに行きました。

 この感覚に間違いがなければ、今ぐずぐずしていることはできません。

 わたしもあわてて、お坊さんのあとに続きました。

「これは……社長さん。それに議員さんも」

 玄関の外にいたのは、ずいぶんと太った、お年を召した人が二人。

 だいぶ見た目は違うはずなのに、なんだかさっきお坊さんをおどかしていた、体格のいい人たちと同じ雰囲気があります。

「うちの若いのが失礼したね。今日こそ話をまとめたくて、こうして先生にもご足労いただいた」

 口ぶりからすると、こちらの人が「社長さん」なんでしょう。ぷかーっとタバコをふかしました。

「社長さん、もう少し、せめてもう少し待ってくれませんかねえ。仏さまの引き受け先も決まってませんし、お役所の手続きだってまだかかるでしょう?」

「それがね、和尚」

 先生と呼ばれた方の人、つまり議員さんが、横柄な口調で切り出すと、お坊さんに二通の書類を見せました。

「ワシのほうで手を回して、もう廃寺の書類は整ってるんだな。移転先もこの通り」

 お坊さんは議員さんの手から書類をひったくると、一目見て顔色を変えました。

「そんな、こんなさしせまった日付けで? それに移転先もこんな遠くに?」

「分かったかね? 和尚」

 書類を渡して空いた手で、議員さんもタバコを取り出しました。社長さんがすかさずライターを取り出して、火をつけます。

「こんなところにちっぽけな寺があったって、もう先がないよ。ここは富を生み出す工場になる。きつい肉体労働は貧しい外国から人を呼んでくればいい。ここに眠ってる英霊たちだって、もっと静かなところにいたほうが安らかに過ごせるはずだ」

 二人はとても下品な笑いをお坊さんに向けました。その目がギラリと光って、わたしの悪い予感はたしかなものになりました。

 もうのんびりしていられません。

「お坊さん、危ないです! 下がって……」

 三人の間に割って入った、その時。


 すぅ……っ。

 不思議にゆらめく光が、目の前を通り過ぎました。

「なんだ……これ? トリックか?」

 社長さんと議員さんが、顔を見合わせました。でもわたしの驚きは、不思議な光とは別のところにあります。

 ……この二人、この光が見えてる? 見えてるっていうことは……!

「なあ……社長。なんだか暗くなってないか? 夜にはまだ……」

 議員さんの言うとおり。あたりが何だか暗くなって……。


”……なりません……いけません……”

 わたしではない女の人の声が、聞こえてきました。

 墓地のほうの風景画、ゆらりとゆがんで。

 暗闇からにじみ出るように、ひとりの女の人が現れてきました。

https://kakuyomu.jp/users/Asuka_Tsubasa/news/822139843392383396

 真っ白な着物を、ふつうとは逆の合わせで着ています。

 まわりにはその人を守るように、いくつもの不思議な光がただよっています。

 なにより……足が、暗闇に溶けこむように消えてしまっています。

 この人が、噂のお化け!?

 わたしはほぼ確信しました。

 だけど私が感じた悪い予感は、このお化けさんからではなく。

”デタナ……ジャマモノ……デテイケ……ココカラ……デテイケ……!”

 声は、社長さんと議員さんのもの。でもその響きは、今までとまったく違っていて。

 わたしには、見えました。

 二人の姿が、気味の悪い光に包まれていくのを。

 そして不気味にゆがみながら、二人の体は重なって行って……。

「ミラクル! もうぐずぐずしてられないノコ!」

「うん! わかってる!」

 ツチノコの警告にうなずいて、わたしは胸もとに取り付けていた宝石を、高々と空にかかげました。


「からくり*ミラクル、インストール!」


 不気味な光をかき消すようにまばゆい光が輝いて、わたしは変身しました。

 ありふれた家事手伝いロボットから、魔法を操る女の子<からくり*ミラクル>へと。

https://kakuyomu.jp/users/Asuka_Tsubasa/news/822139843392427249

 この瞬間が、わたしは大好きです。

 固い金属でできたボディが、やわらかな肉体へと変わっていく。

 冷たく体をめぐるオイルが、あたたかい血潮へと変わっていく。

 ほんとうは、もっと平和なときに変身してみたいんですけど。

 むやみにからくり*ミラクルに変身してはいけない。それがツチノコとの約束のひとつなんです。

 わたしが変身している間に、向こうもまた変身を終えていました。

 工場の社長と議員から、悪い魔法使いが力を貸した化け物へと。

 二つの頭。

 四本の腕。

 四本の足。

 二人が合体したその姿は、どちらも前で、死角がないように見えます。

 これは……これまでであってきた中でも、いちばん強い化け物かも。

 ひときわ大きくなったその体と、ただようその気配を感じて、わたしは警戒を強めました。


 あ、そうそう。

 お坊さんもいたのに、目の前で変身して大丈夫なのかって?

 わたしたち何度か説明しました。

 変身したからくり*ミラクルは、魔法の存在。つまりふつうの人には見えないし、聞こえないんです。

 だから今まで少なくない魔法使いたちが世の中にいたのに、魔法がこの世界に実在するという証拠は手に入らなかったんです。

 そしてそれは、悪者たちにも言えること。

 わたしたちが変身して、これから激しい戦いをしても、それは魔法の力を持たない人たちに気づかれる心配はないんです。


”ナニヲヨソミシテイル!”

 いけない!

 ちょっと気をそらせたスキに、化け物が太く長い腕をぶん、とふるいました。

「きゃっ!」

 その風圧だけで、わたしは軽く吹っ飛ばされて、ゴロゴロと転がって、お墓をいくつか倒してしまいました。

「いったあ……」

 覚悟はしていましたけど、今度の化け物、強いです。

 たった一撃でここまでやられるなんて、今までなかったのに。

「ぼやぼやしてちゃダメノコ! 反撃ノコ!」

「分かってる! アプリケーション・インタラプト!」

 宝石から真の姿を現した魔法の杖が、光を放ちます。それはまっすぐ化け物の肩に飛んで……ポン、と情けなくはじけて、消えてしまいました。

「えっ、小手調べといっても、ぜんぜん効果ないなんて!」

 わたしは強いショックを受けました。このアプリケーション・インタラプトだけでこらしめた化け物だって、今までいたのに!

「正面からはムリノコ! 後ろに回るノコ!」

「わ、わかった!」

 魔法が通じないショックに動揺しながらも、わたしはツチノコのアドバイスに従って、化け物の後ろに回りこみました。

 動きはそんなに速くないみたいです。これなら……。

「自然ならざる悪者よ、ここから去りなさい! ストレージ・サニタラ……」

”オオオォォォ!”

 からくり*ミラクル最大の必殺技を放とうとした瞬間、化け物が大きな声で吠えました。

 すると、体にまとう不気味なオーラがひときわ強く光って。

 杖から放たれた光は、またしても空しくはじけて消えてしまいました。

「……そんな? サニタライズも通用しないなんて、どうすればいいの?」

 わたしはひどいショックを受けました。

 ……でも、後で反省したことから言えば、この時わたしはすでに間違いをしていたのです。

 魔法の力は、信じる力。

 そしてこの時、わたしは動揺していました。つまり、自分の力を信じられなくなっていました。

 それだけで、魔法の力はひどく弱くなってしまうのです。ツチノコが言うには、「あの時のサニタライズの力は、全力の半分もなかったノコ」ですって。

 そんな反省は、後で全てが終わってからのお話。

 とにかくこの時、最大の技が通用しないわたしは、化け物を前にただ逃げ回ることしかできませんでした。

 そんな私の横目に、チラリとあの、女の人のお化けが映りました。

 そうか、お化けは自分自身が不思議な存在。ならわたしたちが見えている!

”ああ……戦いが……また戦いが……いけません……なりません……”

 とはいっても、お化けさんも不思議なだけの存在。見えているだけで何かができるということはありません。

 ほんと、このピンチ、なんとかしないと!

”スキアリ!”

 またちょっと気をそらせたのを見のがさずに、化け物が今度はキックをお見まいしてきました。

「あぁーっ!」

 その一発でわたしの体は軽々と吹っ飛ばされて、木の枝をバキバキと折りながら地面に叩きつけられてしまいました。

 これは、本格的にやばいです。

 体中が痛んで、魔法どころか、満足に動くこともできません。

”トドメダ”

 わたしのピンチを楽しむようにニヤニヤ笑いながら、一歩ずつ近づいてくる化け物を見ても、この時わたしはどうすることもできませんでした。

”ああ……また戦いが……止めなければ……やめさせなければ……力を……私に力を……!”

 今にもとどめを刺されそうな私を見て、お化けさんが涙を流して。

 そのしずくが、地面に落ちた、そこから。

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