悲しくつらい思い出も、ひとは忘れる

 ――何日かが、無駄に過ぎてしまいました。

 大人たちはもちろん、子供たちとお話しするチャンスがあっても、なかなかほんとうにお化けを見たという話は聞けません。

「最近は子供でも不思議なことを信じてる子は少なくなったノコ。それもやつらのたくらみのひとつノコ」

 ツチノコは今までの事件でも、何度か口にした感想を繰り返しました。

 こうなると、行く先はひとつしかありません。

 お化けが出たという、お寺そのものです。

「お寺、神社、教会。お城や遺跡もそうだけど、魔法がらみの事件が起こりやすいところだノコ」

 ツチノコは言葉を続けました。

「そもそもお坊さん、神主さん、牧師さんは、神さまや仏さまを『信じてる』ノコ。つまり魔法の力を持ってる可能性が大きいノコ」

 たしかに、今までわたしが出会ってきた魔法の事件でも、そんな場所が関係することがけっこうありました。

 問題のお寺は、ちょっと変なところにあります。

 大きな道に面した正面をのぞくと、残る三方を大きな工場の敷地に囲まれていて、なんだかきゅうくつな感じです。

「ごめんくださー……」

 山門をくぐって一言あいさつしかけると、奥の本堂のほうから、こういう場所に似つかわしくない、大きな怒鳴り声が聞こえてきました。

「だからわからんやつだなオヤジ。金は好きなだけくれてやるって言ってんだろ?」

 見ると背が高くて体格のいい人たちが二、三人、玄関の前でだれかを取り囲んでわめいています。

「せめてもう少し待ってもらえませんかねえ。ここの仏さまたちが静かに眠れるところを、探してましてねえ」

「んなこと言ったって、どうせこの寺――」

「あの、よろしいでしょうか?」

 どうもあまりいい雰囲気じゃなかったので、わたしは思い切って話に割りこんでみました。

「なんだあ? ガキが大人の話に割りこんで……って、ロボットかよ」

「まずいですぜアニキ。ロボットにはたしか、警察に連絡できる機能が」

「……ちっ。『まだ警察ざたにはするな』って社長も言ってたな。しょうがねえ。……へっ、命拾いしたな、オヤジ!」

 サングラスをかけたり顔にきずあとが合ったり、なんだか雰囲気の良くない人たちは、地面に唾を吐くとお寺から出て行きました。

「いやあ助かった。ありがとうねえ、ロボットさん」

 本堂に残った、お年を召した男の人が、手を合わせて深々と頭を下げました。頭はきれいにそって、袈裟を着ています。ということは……。

「こちらのお寺の、和尚さんですか?」

「うん。まあ、ここを預からせてもらってるよ」

「今の方々は……?」

 わたしが聞くと、お坊さんはすぐには答えずに、わたしを本堂の中に招きました。

「立ち話もなんだね。せっかくのお客さんだ、まあゆっくりしていきなさい。ロボットさんは食べ物はダメなんだっけ。お茶は飲めるかい?」


「ここが三方をでっかい工場に囲まれてるのは、見てわかっただろう?」

 畳のお部屋に私を案内したお坊さんは、お茶を出しながら、まずはそんなことを言いました。

「あそこの工場は、今もどんどん敷地を広げていてねえ。で、この寺がえらく目ざわりだって、そういう話なんだ」

「立ち退き、ということですか?」

 お坊さんはご自分もひと口お茶をすすって、軽くうなずきました。

「でもたしか、お墓をよそに移すのって、いろいろ難しい手続きがあるって聞きました。人間のご遺体があるところなんですから」

「それがねえ」

 お坊さんは深いため息をつきました。

「うちのお墓の下に、おこつは埋まってないんだよ」

「え? それって、どういう……」

 わたしの問いにお坊さんはすぐには答えず、壁にかかっているいくつもの遺影に目をやりました。見るとどのお写真にも、<軍神>とか<英霊>とか<殉国>とか書いてあります。

「みんな兵隊に取られてねえ。そして帰ってこなかった」

 ……そういえば、街で噂を聞いた時も、少しそんな話を聞きました。

「そういう場合は、ご遺品とかを代わりに納めるって」

 わたしの問いに、お坊さんは笑いました。なんだかとても悲しく、さびしい笑顔。

「ご大層な箱が戻って来たけどね。開けてみれば、中身はちっこい石っころひとつきりさ」

 お坊さんは二杯目のお茶を注ぐと、また深いため息をつきました。

「そんなもんを神さまだの英雄だのふし拝めなんて、仏さまは教えちゃいないよ。まして今度は、金もうけの邪魔になったからどけ、なんてね」

 お坊さんはわたしがこのお寺に来てから今まで、ずっとおだやかな笑顔を絶やしません。でもその笑いを、私はとても悲しいと感じました。

「ああ、ロボットさんにはこんな話はつまらなかったかい?」

「いえ、ぜひ聞かせてください」

 私が先をうながすと、お坊さんはそれじゃあ、と前置きして、お話を続けてくれました。

「戦争なんて、勝っても負けてもなんの得にもならないよ。わしの父さんも、爺さんも、ずっとこの町のみんなにそう伝えてきたんだけどねえ。なんだかここんところ、この国の空気は、あのころみたいなおかしな感じになってるねえ」

「そうですね。わたしもそう思います」

 わたしはうなずきました。ただの相づちではありません。魔法の力をもらって、『心のかけら』を集めるためにがんばってきたいくつかの事件。それを通して、わたしは体験してきました。

<あの国はおっかない。今から戦いに備えるべきだ>

<強い軍隊を持ってないと、よその国になめられる>

 悪い魔法使いに心を操られた人たちの、そんな声を。

 わたしがそれを伝えると、お坊さんはちょっと驚いた顔になりました。

「ロボットって、人間の言うことをただ聞くだけだと思ってたんだけどねえ。こりゃ一本取られたよ」

 たぶん、ふつうのロボットならそうなんでしょう。でもわたしは、運よく魔法の力を手にすることができました。ただそのことは、お坊さんには黙っておくことにしました。

「何度負けても、人間ってのはこりないんだよねえ。またあのひどい戦争をくり返すのかねえ」

 お坊さんはお茶を飲み干すと、奥にすえてある仏さまの像にさびしい目を向けました。

「人間って、いったい何なんだろうねえ。それを知るために頭を丸めたはずなんだけど。どうもますます分からなくなるばっかりだよ」

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