ふつうの人は、魔法なんて

「あの寺にお化けが出る? あ~聞いたな、そんな話」

 夕ご飯のサンマをつつきながら、ご主人さまマスターは気のない返事をしました。

「怖くないんですか? あそこは通勤でも通りますし、夜なんか」

 わたしの問いかけに、ご主人さまマスターは鼻で笑いました。

「見たっていうのガキばっかだろう? 昔から言うぞ。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』ってな」

 ……予想はしていましたが、ご主人さまマスターはこの噂、ぜんぜん信じていません。

「『シミュラクラ効果』って言ったかな。点が三角形に並んでると、なんでも人間の顔に見えるってな。おおかたそんなたぐいの見間違いだろう」

 わたしの望みは、人間になってご主人さまマスターのお嫁さんになること。

 でも、ご主人さまマスターがそんなにかっこいい人なのか、と言うと……。

 ロボットのわたしも、なんだか頭が痛くなってきます。

 一応、ちゃんとお仕事はしています。

 だけどもう30になるのに、結婚はもちろん、女の人の気配もしません。

 お仕事以外にしていることと言えば、ゲームとかアニメとかマンガとか、ライトノベルとか。

 この人を、どうにかふつうにお嫁さんを迎えて、子供も産んでほしい。

 その願いが、いつのころからか「それならわたし自身が」という思いに変わっていったのですが。

「寺より不気味なのは、あの工場だよなー」

 なにげない話題の入れかえに、わたしの思考回路がぴくりと反応しました。

「あそこ外人ばっかり雇って、何やってんだかどうも分からん。あの連中どうも気味が悪いよなー」

 ……外に出ておばさんたちからもお化けの噂を聞いて回りましたが、皆さん同じようなことを言っていました。

 お化けより外人さんが不気味。

 大人たちは口をそろえてそう言っています。

(どう思う、ツチノコ?)

 わたしは音声には出さず、内部の信号だけでツチノコに呼びかけてみました。

「まあ大人たちの態度は、予想できたノコ」

 ツチノコはわたしの肩に乗っかって話しかけてきますが、魔法の力を持たないご主人さまマスターには見えませし、聞こえません。

「ちょっと今までのおさらいをするノコ」

 ツチノコはぺろりと舌を伸ばすと、持っている魔法の力で<大人と子供>そして<今と昔>の幻を私に見せました。

「魔法の力とは、信じる力だノコ。神さま、お化け、奇跡。そんな言い伝えをほんとうに信じている人間だけが、魔法の力を持つノコ」

 ツチノコは解説しながら、まずは<大人と子供>の幻のほうを大きく広げて、そのまわりに神さまやお化けなんかを描き加えました。

「ツチノコたちが魔法の力を与えて変身させる人間が子供ばっかりなのも、子供はそういう不思議を信じているから、魔法の力を持っているからノコ。大人になると人間は不思議なことを信じなくなって、魔法の力も失ってしまうノコ」

 ツチノコは子供を〇、大人を×で囲むと、今度は<今と昔>の幻を大きくして、やっぱり色々な不思議を描き加えました。

「昔は魔法とか奇跡とかの話がよくあったのに、今はほとんどないのも同じ理由ノコ。昔の人は大人になっても色々な不思議をほんとうに信じていたから、魔法の力を持ったままの人がけっこういたノコ。今の人間はそういうことを信じなくなったから、魔法の力はなくなってしまったノコ」

 ツチノコは昔に〇、今に×の印をつけると、幻をすべて消しました。

(それじゃあ、この噂を確かめるには)

 わたしの確認に、ツチノコもうなずき返しました。

「大人に話を聞いても事件は解決しないノコ。魔法の力を持ってるかもしれない、子供たちに話を聞くのが近道ノコ」


「困ったな。子供たちに話を聞くと言っても」

 とりあえず近所の学校の通学路を歩きながら、わたしはほんとうのひとり言をつぶやきました。

 困ったことに、わたしはロボットなんです。

 生まれた時にはもう大人で、学校にも通っていません。

 つまり、これまでに子供と接するチャンスがあまりないんです。

 魔法の事件というのは、ツチノコが解説してくれたとおり子供が関わっていることがほとんどですから、『心のかけら』を集めるようになってから、これには毎回困っています。

 ただ道を歩いているだけでは、どうにもきっかけが……。

「ガイジーン、ガイジン出てけー!」

 この先のことで悩んでいたわたしの音声センサーに、ただならぬ子供の声が聞こえてきました。

「これって、いじめ?」

「たぶんそうノコ」

 ツチノコはきらりと目を光らせて、私にだけ聞こえる言葉を続けました。

「お化けの噂には共通点があるノコ。子供たちがいじめをしてると、お化けが出てくるノコ」

「じゃあこの先に行ってみれば、なにかヒントが見つかるかも!」

 言うが早いか、わたしの足は子供たちの声のするほうへかけ出していました。

 角を曲がって、少し走ると……。

「ビンボー国民は一生ビンボー!」

 いました。子供たちが群がって、真ん中にいるらしい一人の子をいじめています。

「あなたたち、いじめはいけません!」

 わたしの叫びに、子供たちはびっくりして振りかえって……少しののあと、こちらをバカにしたように笑いました。

「なんだよービックリさせやがってー。ロボットじゃねーか」

「おれ知ってるぜ。ロボットは人間を叩いたりできないしくみになってるって」

「じゃあこれ見てもなんにもできねーよな。分かったらあっち行けロボット」

 完全にわたしをバカにしたいじめっ子たち相手に、わたしはわざと怖い表情を作って、逆にていねいすぎるくらいの言葉を返しました。

「承知いたしました。ではそちらのお子様たちの学校に連絡させていただきます。先生をお呼びしましょう」

 言うなりわたしは、通話機能で近所の学校に連絡しました。スピーカーをオープンにして、わざとコール音を子供たちに聞かせます。

「ゲッ、そう来たか! ズルいぞー!」

 いじめっ子たちは文句を返しつつも、もう逃げ腰になっています。

”はい、こちら〇△×小学校”

 回線がつながって先生の応答が聞こえてくるなり、いじめっ子たちはちりぢりに逃げ出していきました。

 あとに残されたのは、いじめられていた子供。

 肌の色も、顔の作りも、日本人とは明らかに違います。

「ありがとうゴザイましタ」

 涙をぬぐいながら、その子はわたしにぺこりとおじぎしました。

「大丈夫ですか? お宅に連絡して、お父さんかお母さんを……」

「イエ、家にはなにも言わナイでくだサイ。パパとママを心配させたくアリまセン」

 その子はふるふると首を振りました。

「パパもママも、毎日一生けんめい働いてマス。デモお給料も安くテ、遅くまで働いテ、お休みもあんまりアリまセン。ボクのコトで心配させたくナイ」

 外人の子はそれだけ言うと、もう一回ぺこりと頭を下げて、ちょっと足を引きずりながら家に帰って行きました。

「あの子にはツチノコは見えてないようだノコ」

 後ろ姿を見ながら、ツチノコがそう言いました。

「あの子だけじゃないノコ。いじめっ子たちの中にも、ツチノコが見えてる子はいなかったようだノコ」

「と、いうことは」

 わたしの確認に、ツチノコは残念そうに首を振りました。

「あの子たちに魔法の力はなかったノコ。だからお化けを見ることもできないノコ。今回はハズレだノコ」

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