それはいつも、ありふれた日常から

「あらぁミラクルちゃん、今日も精が出るわねー!」

「おばさん、こんにちは。そちらは焼肉ですか?」

https://kakuyomu.jp/users/Asuka_Tsubasa/news/822139843392340074

 どこにでもある街の、どこにでもあるスーパー。

 そこでわたしは、どこででも交わされているような言葉を交わしています。

 どこにでもある、いつもの午後、買い物の時間。

 わたしはこういう時間が、大好きです。

 ドキドキワクワクするようなドラマなんて、なくたっていい。

 ただおだやかに、こういう時間を重ねていければ。

 いつもそう思っています。

 ほんとう、ロボットになんか生まれなければよかったのに。

 そう。

 わたしはロボットです。

 ご主人さまマスターはじめ人間のみなさんからは<ミラクル>という名前をいただいています。

 正式には形式番号、製造番号があるんですけど、つまらないのでまたの機会があったらお話しますね。

 今日もこうして、ご主人さまマスターのお世話をするために働いています。

 

 ……でも、そんなふつうのロボットとして役目を終えるはずだったわたしに訪れた、小さな奇跡。

 そのお話を、これからしますね。


(……ねえ、聞きました? あのお寺の噂)

 おばさんたちのひそひそ話を、わたしの音声センサーは逃さずとらえました。

(うちの子も真っ青な顔して、『お化けが出た』って)

(いやあねえ。あそこってほら、戦死した兵隊のお墓がたくさんあって)

(やっぱり、うらみとかたまってるのかしらねえ……)

(お寺と言えば、あそこのまわりの工場も)

(なんかいきなり大きな工場が建って、外人ばっかりたくさん雇って)

(気味が悪いわよねえ。外人って、いつも群れて出歩いてるし)

(バットでも振り回して暴れるとか、そんなことがなきゃいいんだけど)

 おばさんたちのひそひそ話を記憶ストレージにとどめながら、わたしはお買い物をすませました。


「ねえ、どう思う?」

 人気のない細い道に入ったのを確かめて、わたしは声を出しました。誰かが見ていても、ひとりごとにしか見えないでしょうけど。

「お化けというのは、気になるノコ」

 だけどわたしの問いかけに答えて、お買い物袋の中からにゅっと一匹、不思議な生き物が顔を出しました。

 全体は……ヘビに似ているでしょうか?

 でも長さはずっと短くて、胴体は平べったい形をしています。

 こんな生き物のことを、みなさんは聞いたことがあるでしょうか?


 そう。

<ツチノコ>。

 ずっと昔からこの国にいるのいないのと噂になっている、あの生き物なんです。

 その正体はこの国の、いえこの星の生き物ではなく、人間に人間らしい心と暮らしを取り戻させるために、遠い魔法の国からやってきた、妖精さんなんです。

 魔法の国の生き物は、魔法の力を持たない人には姿も見えませんし、声を聞くこともできません。

 それでツチノコたちは、今まで発見されることがなかったんですって。

 だけどわたしには、この子が見えますし、声も聞こえます。

 ということは。

 わたしは、魔法の力を持っているんです。

 それがわたしの、ご主人さまマスターにも言えない秘密。

 わたしはツチノコをお手伝いして、人間に人間らしい心と暮らしを取り戻させるために、やっぱり遠いところにある、悪い魔法の国からやってきた悪者さんと戦っているんです。

 くわしく説明すると、この世界中に散らばった「心のかけら」を、悪者さんたちから取り戻して、人間に返すのが私のお仕事。

 この使命がうまく行くかどうかで、人間たちがこの先ずっと幸せに暮らしていけるのか、それともこの星から一人もいなくなってしまうのかが決まるのですから、責任重大です。


 そんな大変なお仕事を、なんの見返りもなく引き受けたのかって?

 いえ、わたしが得になることも、ちゃんとあります。

「心のかけら」の力はもうひとつ。

 ひとつ集めるたびに、わたしのこの機械の体は、少しずつ生身の人間になっていって、全部集まったその時には、わたしはふつうの人間として生まれ変わることができるんです!

 生まれて、ご主人さまマスターにお仕えして、いつからかわたしのMPUに宿った思い。

 できれば人間に生まれ変わって、|ご主人さまと……♡

「きゃあーっ♡♡♡」

 いつかその願いがかなう時を思うと、わたしはこんなふうに、われを忘れて飛び上がってしまうのです。


「外人への街の人たちの気持ちも、気になるノコ」

 ツチノコの声で、わたしは妄想から引き戻されました。

「……うん、そうだね。これまでどの事件も、こんな感じで」

「人間たちがささいな違いで憎みあい、争うように仕向ける。やつらのいつものやり方だノコ」

「お化けは『心のかけら』に関係あるかもしれなくて、外人さんを嫌う気持ちは悪者さんたちに関係あるかもしれない。ということは」

「うん。この噂、調べてみたほうがいいノコ」


 こうしてまた、わたしの秘密のお仕事が始まったのです。

 だけどこの時、私はまだ思いもしていませんでした。

 今回の事件が、いつもと少しちがう結果になるとは……。

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