第3話

 刃を抜いたとき、音はしなかった。


 豪奢な寝室だ。厚い絨毯が血を吸い、足音も、倒れる音も、すべてを曖昧にする。

 父が倒れ、母が続いた。どちらも抵抗はなかった。


 私は刃を離し、二人から距離を取る。

 呼吸は乱れていない。手も震えていない。


 これでいい。


 ───


 扉が開き、誰かが悲鳴を上げた。


 次々と人が集まってくる。

 使用人、護衛、世話役。

 誰も状況を理解できず、ただ血と倒れた二人を見て立ち尽くす。


 やがて、視線が私に集まる。


 誰も近づかない。


「……お嬢様?」


 震えた声が、途中で途切れる。

 呼びかけは、それきり続かなかった。


 誰かが泣き出した。

 別の誰かが床に膝をつき、祈るような仕草をする。


「悪魔が……」

「お嬢様に、悪魔が憑いた……」


 言葉が、恐怖に形を与えていく。


 私は何も言わない。

 訂正もしない。

 弁解する理由もない。


 ───


 理解した。


 これで最低限の箔がついた。

 この屋敷の者は、全員が私を恐れる。


 そして恐怖は、閉じた空間に留まらない。

 噂は漏れ、歪み、誇張される。


 一の殺しは百になる。

 百は千になる。


 私は、もう刃を振るわなくていい。


 泣き崩れる使用人たちを見下ろしながら、静かに納得する。


 素晴らしい。


 恐怖は、最も効率のいい資産だ。




─────────────────────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恐怖で世界を整える裏側の話──勇者も魔王も掌の上に 濃紅 @a22041

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ