第三話:看板娘と、恋の逆転満塁ホームラン?
二三夫の修行は、ドブさらいから「接客」へと昇進(?)した。
舞台は商店街の入り口に鎮座する、古びた、しかし品格のある和菓子屋「喜古堂」。そう、喜古師匠の本業は、この街で一番の菓子職人だったのである。
「いいですか、二三夫さん。お菓子を売るということは、夢を売るということ。お客様が一口召し上がった瞬間に、天国が見えるような、そんな言葉を添えて差し出すのですわ」
喜古師匠はいつもの微笑みで、二三夫に店頭に立つよう命じた。
☆
そこへ、例によって小武がひょっこりと顔を出した。
「よぉ、二三夫さん。和菓子売りとは、また地味な修行だねぇ。いいか、この街の連中は、普通に売ったって見向きもしない。もっと『刺激』が必要なんだよ」
「刺激、ですか?」
「そうさ。この大福は、食べると若返って魔法が使えるようになる『魔力大福』だと言って売るんだ。嘘も方便、それこそが客を喜ばせる『徳』ってなもんよ」
二三夫はまたもや「なるほど!」と感銘を受けてしまった。
☆
折しも、商店街の看板娘、クリーニング屋のハナちゃんが通りかかる。二三夫は彼女に密かな憧れを抱いていた。
「ハナさん! この大福を食べてください! これを食べれば、空だって飛べるようになりますし、嫌なアイロンがけも一瞬で終わる魔法が身につきますよ!」
もちろん、そんな魔法が発動するはずもない。
ハナちゃんは不思議そうな顔をしながら大福を一口食べたが、魔法どころか、あまりの甘さにむせてしまった。そこへ、運悪く(あるいは二三夫の人生においては「首尾よく」運悪く)、鹿野師匠が通りがかった。
☆
「……二三夫。お前、今なんと言ってうちの商品を売った?」
鹿野の背後から立ち上がる黒いオーラ。そして、店の奥から喜古師匠が、氷のように冷たい微笑みを浮かべて現れた。
「あらあら、二三夫さん。魔法ですって? うちの菓子は、職人が魂を込めた『現実の味』。それをそんな嘘八百で汚すなんて……」
喜古師匠が手に持っていたのは、飴ではなく、巨大な
「ひえええっ!」
二三夫は逃げ出した。小武は「俺は知らないよーん」と早々に退散している。
追い詰められた二三夫は、ハナちゃんの前で必死に弁明した。
「違うんです、ハナさん! 魔法なんて嘘です! でも、この大福を作った喜古師匠の気持ちは本物で、それを伝えたかった僕はバカで、とにかく……ええい、僕が代わりにアイロンをかけます!」
☆
その夜、二三夫はクリーニング屋の裏で、山のようなシャツにアイロンをかけていた。 もちろん、二三夫のアイロンがけが「首尾よく」いくはずがない。シャツに焦げ跡を作り、指を火傷し、挙句の果てにはスチームで自分の顔を蒸してしまった。
だが、その不器用な姿を見て、ハナちゃんは声を立てて笑った。
「二三夫さん、あなた本当に面白いわね。魔法なんて使えなくても、なんだか元気が出ちゃった」
ボロボロになった二三夫の元へ、鹿野と喜古がやってきた。
「バカ野郎。アイロンの熱より、お前の頭を冷やせ」
鹿野はそう言いながら、二三夫の火傷に無造作に薬を塗った。
「でも二三夫さん、嘘をつかずに一生懸命恥をかいた今のあなたは、少しだけ『菓子職人』の端くれに見えましたわ」
喜古師匠が差し出したのは、今日一番の出来だという、真っ白な大福だった。
一口食べると、二三夫の目から涙がこぼれた。
魔法なんてかからない。若返りもしない。ただ、ひどく甘くて、今日一日の失敗がすべて溶けていくような、そんな「現実の味」がした。
「師匠、俺、やっぱり魔法使いにはなれそうにありません……」
「当たり前だ。お前はただの二三夫だ。それでいいんだよ」
二三夫の頭上には、相変わらずどこかから流れてきた雨雲が小さく浮かんでいたが、今の二三夫には、それが自分を守る日傘のようにさえ感じられるのであった。
(第三話 完)
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