第二話:徳積みは、転んで、起きて、また転ぶ

 さて、二三夫の修行の日々は、まるで穴の開いたバケツで水を運ぶような、徒労の連続であった。

 師匠の鹿野は、朝から晩まで「腰が入っとらん!」「目配りが足りん!」と、二三夫の背中を竹篦しっぺいで叩く。一方で、喜古は「あらあら、また泥だらけ。でも、その泥は一生懸命の証拠ですわね」と、甘いハッカ飴を口に放り込んでくれる。

 この「鞭と飴」の往復ビンタこそが、二三夫に与えられた「徳積み」の稽古であった。

「いいか二三夫。この世界『ニッポンポン』での徳とは、成功の数ではない。どれだけ他人のために『恥をかけるか』だ」

          ☆

 鹿野がそう言い放った矢先、ライバルの小武コタケが、またもや余計な知恵を授けにやってきた。

「よぉ、二三夫さん。今日は商店街の『福引き大会』の手伝いだろ? あそこのガラガラ、実は回す方向にコツがあってね。逆回転で思い切り回すと、幸運の精霊が降りてきて、街中の人間に徳が配られるんだ。これぞ最大の徳積みだぜ」

「本当ですか、小武さん! それは素晴らしい!」

 二三夫は信じた。信じる者は救われるというが、二三夫の場合は「信じる者は足元を掬われる」のが定石である。

 福引き会場にて、二三夫は渾身の力でガラガラを逆回転させた。

 ギギギ、ガガガッ! と不穏な音が響いたかと思うと、機械は爆発せんばかりの勢いで分解し、中から千個以上の赤や白の玉が、散弾銃のように商店街へ飛び出したのである。

「わあ、幸運の精霊だ! ……って、痛い痛い! 石礫いしつぶてだ、これは!」

 買い物客は逃げ惑い、積み上げられた特売のリンゴは崩れ、会場は大混乱。小武は「ひええ、計算外だ!」と、自分も玉に当たって転げ回っている。

          ☆

そこへ、仁王立ちの鹿野と、溜息をつく喜古が現れた。

「二三夫! お前という奴は、徳を積むどころか、大損害を積みおって!」  

鹿野の拳が二三夫の頭に落ちる。  

夕暮れ時、二三夫は壊れた機械の片付けをしながら、ぽつりと神様に問いかけた。

「神様、やっぱり俺、元の世界に戻っても同じかもしれません。何をやってもダメだ。ここでも、あっちでも、俺は誰かの邪魔をして、怒られるだけの人間だ……」

 すると、喜古がそっと二三夫の隣に座り、最後の一粒の飴を差し出した。

「二三夫さん。あなたがガラガラを壊したおかげで、あそこの頑固な八百屋さんと、仲違いしていたお隣さんが、一緒に玉を拾って笑い合っていましたわよ。あなたの失敗は、計算された成功よりも、ずっと人間を素直にさせるんです」

 鹿野が鼻を鳴らして言った。

「完璧な人間など、この世にはおらん。お前は一生、失敗し続けろ。その代わり、何度でも立ち上がって、また誰かのために空回りしてみせろ。それがお前の『徳』の積み方だ」

          ☆

 二三夫は、ハッカ飴を噛み砕いた。

 鼻に抜ける爽やかな痛み。元の世界に戻るための「徳ポイント」は、今度もゼロ、あるいはマイナスかもしれない。だが、二三夫は思った。

「あはは! そうか、俺は、世界一熱心に失敗する男になればいいんだ!」

 空を仰げば、異世界の夕焼けは、元の世界とちっとも変わらず、切ないほどに美しかった。

 神様は人生記録簿に、こう書き加えた。

『二三夫。本日も盛大に失敗。しかし、その笑顔、百点満点』

 二三夫の、終わりのない、しかし最高に明るい修行生活は、まだ始まったばかりである。

(第二話 完)

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