第5話 牙は連鎖する



 ストーンハウンドの死骸が、

淡い光となって霧散した。


 残ったのは、

砕けた床と、

転がる魔石だけ。


 荒神龍斗は、

短剣を下げたまま、

その場に立ち尽くしていた。


 耳鳴りがする。

心臓の鼓動が、

胸を強く叩く。


「……終わった、のか」


 誰に言うでもなく、

呟いた瞬間だった。


 ダンジョン全体が、

きしむように

低く唸った。


 ――ゴォ……。


「っ、

まだだ!」


 探索者の男が叫ぶ。


「この反応、

群れが来るぞ!」


 その言葉に、

龍斗の背筋が凍った。


 次の瞬間、

通路の奥、

左右、

背後。


 闇の中で、

無数の赤い光が灯る。


「……増援」


 グロウルラット。

だが、

数が違う。


 十。

いや、

それ以上。


「包囲されてる……!」


 女探索者が、

息を呑む。


 通路は狭い。

逃げ道は、

ほぼない。


「防御陣形だ!

後衛は魔法準備!」


 男の指示が飛ぶ。


 だが、

龍斗の視線は、

魔物ではなく――

ダンジョンの奥を

見ていた。


 胸の奥が、

ざわつく。


 嫌な予感。


     ◆


 最初に動いたのは、

右側の群れだった。


「ギィィッ!」


 甲高い鳴き声と共に、

一斉突進。


「来るぞ!」


 探索者の盾が、

前に出る。


 衝突。


 衝撃音。


 牙が、

盾を叩く。


「くっ……!」


 一体、

二体。


 龍斗は、

隙間から

飛び出した。


 短剣が、

閃く。


 喉。

目。

関節。


 考える前に、

体が動く。


 血が、

飛び散る。


 床が、

赤く染まる。


 だが――

数が減らない。


「キリがない……!」


 女探索者の火球が、

通路を照らす。


 焼け焦げる魔物。


 それでも、

後ろから

次が来る。


 その時だった。


 奥の闇が、

割れた。


 巨大な影。


 天井すれすれの

体躯。


 背中には、

無数の骨棘。


 ――グロウルラット・

アルファ。


 群れを統率する

指揮個体。


「……最悪だ」


 男の声が、

震える。


「こいつがいる限り、

雑魚は

止まらない」


 アルファが、

低く吼えた。


 その瞬間、

群れの動きが

鋭くなる。


     ◆


 龍斗の胸が、

強く脈打った。


 ――知っている。


 理由はわからない。

だが、

確信だけがある。


「あれを、

倒せばいい」


「は?」


 男が、

驚いたように

振り向く。


「無茶だ!

あれは――」


「俺が行きます」


 龍斗は、

前に出た。


 魔物の群れが、

一斉に

牙を向ける。


 だが、

足は止まらない。


 恐怖より、

衝動が勝る。


 アルファが、

跳んだ。


 圧倒的な質量。


 龍斗は、

床を蹴り、

柱を使って

跳躍。


 爪が、

足元を

かすめる。


 着地と同時に、

短剣を投げた。


 狙いは、

目。


「ギィッ!」


 一瞬の怯み。


 龍斗は、

その隙に

懐へ。


 だが――

硬い。


 刃が、

通らない。


「……なら」


 胸の奥が、

熱を帯びる。


 鼓動が、

早くなる。


 視界が、

冴える。


 ――壊せ。


 また、

その声。


 龍斗は、

短剣を

両手で握り、

一点に

突き立てた。


 一度。

二度。

三度。


 骨棘の隙間。


 四度目。


 刃が、

沈んだ。


「ギャアアアッ!」


 咆哮。


 龍斗は、

そのまま

体を密着させ、

刃を捻る。


 内部で、

何かが

砕けた。


 アルファの体が、

大きく

揺れる。


 次の瞬間、

崩れ落ちた。


     ◆


 群れが、

止まった。


 赤い光が、

一斉に消える。


 静寂。


 血の匂い。


 龍斗は、

その場に

膝をついた。


 息が、

荒い。


 視界が、

揺れる。


「……倒した、のか」


 探索者たちは、

言葉を失っていた。


「……あり得ねえ」


「さっきから、

何なんだ、

あの動き……」


 男が、

龍斗を見る。


 恐怖と、

敬意が

混じった視線。


 その時、

ダンジョンの奥で、

低く、

確かな鼓動が

響いた。


 ――ドクン。


 竜神の心臓。


 まだ眠りながら、

確かに

目を覚まし始めている。


 荒神龍斗は、

それを知らない。


 だが、

世界はもう、

無視できなくなっていた。


 少年が、

ただの探索者では

ないことを。

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