第3話 牙の包囲網



 低い唸り声が、

駐車場跡の通路に

反響していた。


 荒神龍斗は、

短剣を構えたまま、

ゆっくりと足を運ぶ。


 床に残る血痕。

先ほど倒した

グロウルラットのものだ。


 だが、

臭いが違う。


 鉄の匂いに混じって、

獣臭が濃い。


「……まだいる」


 そう思った瞬間、

右手の壁が、

砕け散った。


 コンクリート片が

飛び散る。


「っ!」


 反射的に後退。


 壁の向こうから

飛び出してきたのは、

さらに大きな個体だった。


 体高は胸ほど。

筋肉が隆起し、

牙は不自然なほど

長く伸びている。


 ――上位個体。


 初心者向けダンジョンには

滅多に出ないはずの存在。


「……冗談だろ」


 喉が、

ひくりと鳴る。


 だが、

魔物は待ってくれない。


「ギィィィッ!」


 咆哮と同時に、

突進。


 速い。

先ほどの比ではない。


 龍斗は、

横に転がり、

床を蹴った。


 牙が、

頬をかすめる。


 熱い痛み。


「くっ……!」


 血が、

一筋垂れた。


 怒りが、

胸に広がる。


 逃げるな。

引くな。


 そんな声が、

頭の奥で

囁いた。


 龍斗は、

地面を踏みしめ、

正面から向き直る。


「来い……!」


 上位個体は、

再び跳んだ。


 今度は、

噛みつくのではなく、

体当たり。


 龍斗は、

短剣を逆手に持ち、

すれ違いざまに

腹部を切り裂いた。


「ギャッ!」


 鈍い手応え。


 だが、

致命傷ではない。


 魔物は着地し、

振り返る。


 その背後。


 通路の奥から、

さらに二体。


 包囲された。


「……三体」


 呼吸が、

浅くなる。


 普通なら、

ここで終わりだ。


 だが――。


     ◆


 龍斗の視界が、

一瞬だけ

歪んだ。


 色が、

鮮明になる。


 音が、

遅れて聞こえる。


 魔物の動きが、

はっきりと

見える。


「……遅い」


 口から、

自然と

言葉が漏れた。


 自分の声とは

思えないほど、

冷えている。


 一体目が

飛びかかる。


 龍斗は、

一歩前に出て、

顎の下に

短剣を突き立てた。


 骨を貫く感触。


 刃を捻り、

引き抜く。


 二体目が、

横から噛みつく。


 龍斗は、

腕で牙を受け止め、

そのまま

喉元へ刃を滑らせた。


 血が噴き出す。


 三体目――

最初の上位個体。


 怒り狂ったように、

突進してくる。


 龍斗は、

真正面から

迎え撃った。


「――吼えろ」


 誰に向けた言葉か、

わからない。


 だが、

その瞬間。


 空気が、

震えた。


 低く、

重い圧。


 見えない何かが、

通路を満たす。


 上位個体の動きが、

一瞬止まる。


 怯え。


 その隙を、

龍斗は逃さなかった。


 短剣を、

全力で

突き出す。


 額から、

脳へ。


 魔物は、

痙攣し、

崩れ落ちた。


     ◆


 静寂。


 血の匂い。


 龍斗は、

その場に立ち尽くした。


 息が、

荒い。


 腕も、

脚も、

震えている。


 だが、

不思議と

恐怖はなかった。


「……なんだ、

今の」


 胸の奥が、

じんわりと

熱い。


 まるで、

巨大な何かが、

眠りながら

こちらを見ているような。


 足元で、

魔石が光る。


 倒した証。


 龍斗は、

それを拾い上げ、

拳を握りしめた。


 ――無スキル。


 そう判定された少年が、

本来あり得ない戦いを

生き延びた。


 その事実を、

まだ誰も知らない。


 竜神の力は、

目覚めていない。


 だが、

確実に――

目を開けつつあった。


 ダンジョンの奥で、

何かが

彼を待っている。


 荒神龍斗は、

再び歩き出した。


 血に染まった床の上を、

迷いなく。

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