第3話
「えぇっ!? またあの現場(地獄)に行くんですか!?」
社長室に、私の悲鳴が響き渡った。
デスクの向こう側で、神宮寺社長が不敵な笑みを浮かべている。
「人聞きが悪いわね、キララ。地獄じゃなくて『職場』よ。今日はタクミ君が『水没都市』のメンテナンスに行くそうだから、貴女にはそれに同行して密着配信をしてもらうわ」
「み、密着配信……?」
「そう。名目は『普段見られない裏方のお仕事紹介』。でも本当の目的はわかるわよね?」
社長の眼鏡が鋭く光る。
「昨日の動画の検証よ。あれが偶然なのか、それとも彼の実力なのか。……世界中が注目している今、このビッグウェーブに乗らない手はないわ」
「そ、そんなぁ……私、まだ昨日のドラゴンのトラウマが……」
「拒否権はないわ。行ってらっしゃい」
有無を言わせぬ社長の圧力に、私は涙目で頷くしかなかった。
◇
『水没都市ダンジョン』入り口。
そこは、膝下まで浸かる水路が迷宮のように入り組んだ、中級者向けのエリアだ。
「よし、機材チェックOK。キララちゃん、足元滑るから気をつけてね」
今日のタクミさんは、昨日とは違う装備だ。
防水加工された青いつなぎに、背中には巨大なタンクのようなものを背負っている。
そして手には、身の丈ほどもある巨大なパイプレンチ。
どう見ても戦闘職の装備じゃない。完全に『配管工』だ。
(でもあの素材、たしか海竜(リヴァイアサン)の皮で作られた特注品じゃ……?)
「じゃあ、配信始めるよー」
私は震える指で開始ボタンを押した。
**【裏側潜入】ダンジョンのメンテナンス風景をお届けします!**
配信開始と同時に、同接数が爆発的に跳ね上がる。
1万、5万、10万……。
『キターーーーー!』
『昨日の続きか!?』
『タイトル詐欺じゃないことを祈る』
『あ! あの作業員の人だ!』
『本物だ! ヘルメット被ってないけど間違いない!』
『今日は何を壊すんですか?』
コメント欄の熱気がすごい。みんな、昨日の騒動の真相を知りたくて集まっているんだ。
「ど、どうもー、星乃キララです! 今日は特別企画、裏方のタクミさんのお仕事に密着しちゃいます!」
「どうも、裏方のタクミです。今日は排水溝の詰まりを直しに来ました。地味な画(え)になりますが、よろしくお願いします」
タクミさんがカメラに向かってペコリと頭を下げる。
その笑顔はあまりにも爽やかで、とても昨日ドラゴンをワンパンした人物とは思えない。
私たちは水路の奥へと進んでいく。
そして、ダンジョンの最深部にたどり着いた時だった。
ゴボボボボボボッ……!!
水面が激しく泡立ち、巨大な影が浮かび上がってくる。
ぬるりとした質感の触手が何本も飛び出し、水しぶきを上げた。
現れたのは、中層ボス『ジャイアント・クラーケン』。
10メートルはある巨大なイカの化け物だ。
『出たああああああ!』
『詰まりの原因(物理)』
『これメンテナンスの範囲内か?w』
『キララちゃん逃げて!』
私は反射的に杖を構えた。
「タ、タクミさん! ボスです! 戦闘態勢を――」
しかし、タクミさんは全く動じていなかった。
彼はパイプレンチを肩に担ぎ、冷静に水面を見つめる。
「あー、やっぱり。ここ、構造的にゴミが溜まりやすいんですよね。見てください、排水溝にこんなに大量の髪の毛(触手)が絡まってる」
「か、髪の毛……?」
タクミさんは一歩前に出た。
襲いかかってくる巨大な触手。
その一撃は、鉄板すら容易く貫く威力があるはずだ。
「まずは固形物を取り除きますね」
ヒュンッ!
タクミさんがパイプレンチを振るった。
ただの横薙ぎ。
それなのに、空気を切り裂くような音が響く。
ズバァァァァァァァァンッ!!
「ギャアアアアアアッ!?」
クラーケンの触手が、一瞬にして5、6本まとめて切断され、宙を舞った。
「はい、カット完了。これで少しは流れが良くなるかな」
『!?』
『髪の毛(太さ2メートル)』
『パイプレンチって斬撃属性だっけ?』
『切れ味がおかしい』
『冷静にゴミ処理すなwww』
クラーケンが激怒し、残った触手を振り乱す。
そして、その巨大な口から漆黒の液体を吐き出した。
ブワァァァァァッ!!
「タ、タクミさん! 毒霧です! あれに触れると猛毒状態で即死します!」
私は叫んだ。
スミ攻撃。範囲攻撃かつ状態異常付与の厄介な技だ。
しかし、タクミさんは眉一つ動かさない。
「うわ、ヘドロが酷いな。これじゃあ配管が腐食しちゃうよ。――よし、高圧洗浄で一気に流します」
彼は背負っていたタンクに繋がれたノズルを構えた。
先端をクラーケンに向ける。
「水圧最大。行きます」
カチッ。
トリガーが引かれた瞬間。
**ズドドドドドドドドドドドォォォォォォッ!!!**
ノズルから放たれたのは、水ではない。
それはもはや、光の奔流(レーザービーム)だった。
極限まで圧縮された超高圧の水流が、毒のスミを押し返し、そのままクラーケンの本体へと突き刺さる。
「ギ、ギエエエエエエエエエエエッ!?」
断末魔の悲鳴と共に、巨大なイカの身体が水面から浮き上がり――そのままダンジョンの高い高い天井まで吹き飛ばされた。
ズドォォン!!
天井に叩きつけられたクラーケンは、光の粒子となって霧散した。
後に残ったのは、ピカピカに洗い流された綺麗な水路だけ。
「はい、開通。スッキリしましたね」
タクミさんはノズルの先から垂れる水を払い、満足げにタンクを下ろした。
シーン……。
現場も、コメント欄も、一瞬の静寂に包まれる。
そして、爆発的な勢いで文字が流れ始めた。
『開通(昇天)』
『高圧洗浄機(戦略兵器)』
『ケルヒャーもびっくりだわ』
『スミごと本体を洗浄しやがった』
『これもう攻略配信だろwww』
『タクミさん、自分が何してるかわかってる?』
タクミさんはそんなコメントの嵐には気づかず、カメラに向かって爽やかな笑顔を向けた。
「えー、ご覧のように、排水溝の詰まりは放置すると悪臭(毒霧)の原因になります。ご家庭でも、こまめな『パイプ洗浄剤(魔法)』の使用をお勧めします」
視聴者全員が思っただろう。
(((家庭にそんな高火力の洗浄剤あるか!!)))
私は遠い目で、ピカピカになった水路を眺めた。
私の魔法なら、あそこまで綺麗にするのに30分はかかる。
それを彼は、ほんの数秒で……。
「……もう全部、彼一人でいいんじゃないかな」
私の呟きは、誰にも拾われることなく水音にかき消された。
「さて、次は照明の交換(ウィル・オ・ウィスプの駆除)に行きましょうか、キララちゃん」
「……はい。もう何でもいいです、ついていきます……」
こうして、伝説の「メンテナンス配信」は、新たな神話をネットの海に刻み込んだのだった。
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