失恋したその日の夜、自販機前で絶望していたらクラスメイトの美少女が「たすけて」と飛び込んできて、助けたら即「付き合って」宣言されたんだが

譲羽唯月

第1話 失恋した日の夜、俺は新しい出会いを経験する

 如月友春きさらぎ ともはるは、高校二年生の六月に入ったばかりの頃、最も信じていたものから突き落とされた。

 放課後の校舎裏。雑草が伸び放題のコンクリートの隙間で、藤田月美ふじた つきみの声が冷たく響いた。


「アンタとの関係を、今日で終わりにしたいの」


 中学の頃からずっと隣にいた彼女の表情は、まるで別人のようだった。

 明るい茶髪のミディアムが、夕暮れの赤い光に染まっているのに、その瞳には温かみが欠片もなかったのだ。


「私、最近わかったんだよね。派手なグループの中にいる方が、圧倒的に楽しいって。それに、新しい彼氏もできたし……アンタとは、もう用が済んだっていうか。お役御免的な感じ」


 月美から発せられる言葉は刃のように鋭く、友春の胸を深く抉った。

 息を詰まらせ、反論の言葉を探している間に、現実は容赦なく次の打撃を加えてきた。長身で派手なアッシュグレーの髪を揺らし、浅倉蓮司あさくら れんじが姿を現した。月美の新しい恋人だ。


「なんだよ、ここにいたのか。そもそもお前さ、なんでこんな陰キャみたいな奴と付き合ってたんだよ?」

「んー、昔のノリ的な? 今はもう全然興味ないし。蓮司くんと一緒にいる方がずっと楽しいもん。ね、行こっか」

「だな。こんなのに絡んでると、こっちまで空気悪くなるわ」


 二人は肩を寄せ合い、嘲るような視線と笑い声を残して去って行った。

 友春はその場に立ち尽くし、膝が笑いそうになるのを必死で堪えた。


 信じていた相手からの裏切りは、想像していたどんな痛みよりも深く、鋭かった。

 頭を抱え、地面の染みをじっと見つめたまま、どれだけ時間が過ぎたかわからない。

 やっと体を動かし、よろよろと校舎の廊下を歩いて、空っぽの教室に戻った。


 開け放たれた教室近くの廊下の窓から友春の元へ、グラウンドで部活動をしている人らの歓声が届く。普段は何気ないその声が、今だけは耐え難いほど耳障りだった。


 友春は通学用のリュックを肩にかけ、学校を後にする。

 帰りの電車は地元の駅まで、いつもと同じ二十分。

 電車内の窓ガラスに映る自分の顔は、ひどく疲弊して見えた。


 地元駅の改札を抜け、住宅街の道を歩いていると、とある曲がり角で妹の声が弾けるように響いた。


「おかえり、お兄ちゃん!」


 妹の如月千波きさらぎ ちなみはスーパーのビニール袋を両手に提げ、満面の笑みで駆け寄ってきた。

 ツインテールがぴょこぴょこと跳ねている。

 同じ高校に通う高校一年生の妹は、兄とは正反対の明るさの持ち主だ。


「……ただいま」


 友春の声は小さく、力がない。

 千波はすぐに異変を察知した。


「ねえ、どうしたの? 顔色悪いよ。それに……さっき、月美さん、他の男の人と一緒に歩いてたよ?」

「……別れた」


 短く告げると、千波の瞳が大きく見開かれた。


「えっ、うそ⁉ 急に⁉ なんで、どうして⁉」


 妹の反応を前に、友春は苦笑いを浮かべ、肩を小さくすくめた。


「高校に入ってからさ、だんだんと月美と感覚がズレ始めてたのは自分でも感じてたよ……いつかこうなる気は薄々感じてたけどさ」

「そんなの……ひどいよ。急に別れ話なんて、ありえないって!」


 千波は頬をぷくっと膨らませ、憤慨した様子で兄の隣を歩き始めた。

 その子供じみた怒り方が、わずかだけ友春の心を軽くした。


「でもさ、お兄ちゃん! 今日は美味しいご飯食べて忘れちゃおう! 私、とんかつ買ってきたの!」

「とんかつか、それは美味しそうだな……ありがとな、千波」


 二人は並んで家に帰った。


 夕食の時間帯。自宅リビングのダイニングテーブル上には分厚いとんかつがいつもより多めに盛られていた。

 千波が“頑張って揚げたんだから”と得意げに言うのを聞きながら、友春は妹と向き合うように座り、箸を進めた。


 心が痛んだせいか、衣のサクサクとした食感も、ソースの濃厚な味わいも、いつもより鮮やかに舌に残った。

 食事が終わり、時計の針が八時を過ぎた頃。友春はソファから立ち上がったのだ。


「ちょっと出てくる」

「え、どこ行くの? もう暗いよ?」


 隣のソファに座っていた千波が首を傾げながら言う。


「ジュース買ってくるだけ」

「じゃあ、オレンジジュースお願い!」

「わかった。すぐに戻ってくるから」


 友春は妹と簡単なやり取りを交わし、玄関を出て、住宅街の細い通りを歩く。


 街灯の橙色の光が頼りなく地面を照らす中、自販機に向かっていると、前方から急ぎ足の音が近づいてきた。

 次の瞬間、暗がりから黒髪の長い髪を乱して、中村真由なかむら まゆが飛び出してきたのだ。

 彼女は同じクラスの美少女。


「あ、き、如月くん? き、如月くんっ、た、たすけて……!」


 息を切らしながら、駆け足で近づいてくる真由は迷わず友春の背後に身を隠した。

 友春は目を丸くする。


「え、何⁉ どうしたんだよ⁉」


 返事の代わりに、さらに奥の路地から重い足音が響く。

 現れたのは、サングラスをかけた大柄な男。

 季節外れのロングコートを羽織り、明らかに只者ではない雰囲気だった。


「おい、その娘を渡せ」


 低い声に、友春の背筋が凍りついた。

 背中で真由が小さく震えているのが伝わる。


「……そ、それは、できない」


 言葉が終わらないうちに、男が拳を振り上げた。

 真由が短く悲鳴を上げる。

 その直後、友春の中で何かが弾けた。


 幼い頃に習った護身術の感覚が体に沁み込んでおり、瞬時的に体を動かす事が出来ていたのだ。

 友春は男の胸倉を掴み、腰を落として体を捻る。巨体がバランスを崩し、地面に大きく仰向けに倒れた。


「……っ⁉」


 男が呆然とする中、友春は冷静に真由を振り返った。


「今すぐ、警察呼んで」

「う、うん……!」


 真由が震える指でスマホを操作する。

 やがて遠くからサイレンが近づき、不審者は警察に連行されたのだ。




 騒ぎが収まった後、友春は自販機で買ったペットボトルのジュースを三本取り出し、その内の一本を真由に差し出した。


「とりあえず、これでも飲んで」

「……ありがとう、如月くん」


 真由は両手で受け取り、俯いたまま小さく呟いた。


「……ごめんね、急に巻き込んじゃって」

「いいよ。俺は気にしてないから」


 刹那、二人の間に静寂が降りる。

 少ししてから、真由がゆっくりと顔を上げた。

 その瞳は、驚くほど澄んでいて、真剣だった。


「……ねえ、如月くん」

「ん?」

「私と——付き合ってくれない?」


 時間が、止まった。


 友春は自分の耳を疑った。

 ほんの数時間前、最も大切に思っていた彼女に突き放されたばかりだというのに。友春の中で驚きが、頭の中を真っ白に塗り潰したのだ。

 だが、真由の瞳は揺るがない。本気だと、静かに、しかし確かに告げていた。


「……え⁉ お、俺と……⁉」


 友春の声は、かすかに震えていた。

 夜の住宅街に、二人の吐息だけが静かに溶けていくのだった。

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失恋したその日の夜、自販機前で絶望していたらクラスメイトの美少女が「たすけて」と飛び込んできて、助けたら即「付き合って」宣言されたんだが 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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