僕の話

ーー中学3年冬。



「裏から行くか?表から入るか?よし、裏だ裏。あーー、でも階段がヤバいんだよなーー」



 

 妹のための絵馬を奉納してきてくれと、母親から頼まれた僕は國崎くにさき神社へ向かっている。


 手袋をつけてくるのを忘れたせいで、指先がじんじん痛くなってくる。

 ポケットに手を入れたいけれど、大事な絵馬を捨てるわけにはいかないので、左手だけ突っ込むことにする。


 國崎神社には、2ヶ所入り口があって。

 僕は、この日。

 裏門と言われている場所から入ることを決めた。

 裏門は、境内へと真っ直ぐと繋がっている。

 だけど、ビル3階ほどの階段を登らなくちゃならない。

 だから、参拝客のほとんどが表から入って急勾配の坂をあがって行く。


 國崎神社は、少しだけ山手に建てられているから上がるだけでも大変

なのだ。

 それでもたくさんの人が参拝にくるのは、一願岩っていうのが祭られているからだろう。

 

 一つだけ願いを叶えてくれる岩。

 僕の願いは、今年も叶いそうにないけれど。

 妹の書いた絵馬を見つめる。

 僕と違って頭が良い妹の願いは、中学受験の合格らしい。

 しかも、大学まである花澤はなさわ大学の中等部だ。



 絵馬なんか奉納しなくたって、妹の願いは叶うのはわかる。

 みんなが楽しく遊んでいる小学校低学年時代から、ずっと勉強していたのを知っているから。



 もうすぐ着く。

 この角を曲がって。



「キャッーー」



 えっ?

 裏門の入り口に上がる階段の下に何かがゴトッと落ちてきた。



……人だ。

 気づいたのは、2歩近づいた時。





「大丈夫ですか?救急車、救急車」



 僕は駆け寄って話しかける。

 落ちてきた女の人の血に染まった真っ赤な指先が上を指差す。



……えっ?


 その姿を見つめて驚いたのは、彼女の顔が鬼の形相をしていたからだ。

 怒りに満ちた目は、こちらを睨み付け。

 ゆっくりと階段を降りてくる。



「救急車……救急車」



 妹の絵馬を置いて、スマホをポケットから取り出す。

 目の前に倒れている人の息が少しずつ弱くなっていくのがわかる。


 スマホを取り出して、緊急連絡をしようと119を入力し、発信ボタンを押そうとした瞬間だった。




「ほってたら死ぬの」

「な、何言ってんだよ。救急車呼ばなきゃ」

「その必要はないわ」

「離してくれ」

「君が救急車を呼んで、この人が助かったら私は逮捕される」

「えっ?」

「だってそうでしょ?明確な殺意をもって突き落としたんだから」

「突き落とした……嘘だよね?嘘だよね。上里こうざとさん」

「嘘じゃないわ」



 彼女の名前は、上里胡桃こうざとくるみ

 僕の初恋相手だ。



「どうして……こんな酷いこと」

「酷い、私が?」

「そうだよ。突き落とすって。この人って、確か上里さんの」

「叔母よ。よく覚えてたわね。飯沢いいさわ君」

「覚えてるよ」



 覚えてる。

 だって、去年の冬。

 上里さんは、お母さんを亡くした。

 僕は、学年代表で先生達と一緒にお葬式に行ったんだ。


 そしたら、この人が泣いていた。




「無理もないわよね。迫真の演技をしていたものね」

「演技?」

「そう。この人はね。私の母が亡くなって嬉しかったの。どうしてかわかる?」

「そんなはずないだろ」

「あるんだよ。そんな事を知らないなんて。飯沢君は、幸せな世界で生きてるんだね」




 ニヤリと不適な笑みを浮かべて上里さんは、横たわる叔母さんを見つめている。




「この人が私を引き取ったのは、お金のため。母の保険金800万を自分のものにしたかったの。こんな人は、いなくなるべきなのよ。私の母が入院してた時もね。臓器を売る話とかしていたのよ。まだ、生きていたのに……。それにね、意識がない母をたくさんの人に見せて。この人は、お見舞金を取っていたのよ。だから、死んだ方がいいの。わかる?」




 わかるって言いそうになった口を固く閉じる。

 僕が上里さんの気持ちに寄り添ったら、ここで横たわるこの人が死ぬんだ。

 自分のせいで、誰かが死ぬなんてあってはならないことだ。




「わからないよ、僕には。だから、救急車を呼ぶよ」

「呼ばせるわけないでしょ。馬鹿じゃないの」

「呼ぶよ。だって、そうじゃなきゃ、人が死ぬんだ」

「そうよ。だって、殺すために突き落としたんだから」

「それは、上里さんの話で。僕の話じゃないだろう。だから、僕は救急車を……」

「残念だね、死んじゃった。じゃあ、警察に通報したら?私が逮捕されるように、証言してくれたらいいよ」




 僕は、たぶん。

 選択を間違えたのかもしれない。

 だって、僕にとってこの横たわる死体はただの他人だ。

 だけど、目の前で鬼の形相をしている上里さんは別。

 上里さんは、僕の初恋相手で。

 優しくて可愛い上里さんがこんな顔をして、誰かを憎んでいたなんて知らなかった。

 



「警察呼んで」

「その前に打ち合わせをしよう」

「打ち合わせ?」

「そう。僕がこの人が落ちてきたのを証言するから。上里さんは、助けようとしたけど間に合わなかったって話すんだよ。わかった?」

「どうして?」



 逮捕される覚悟をしていた上里さんは、驚いた顔をして僕を見つめる。




「僕は、上里さんが逮捕されて欲しくないんだ。だって、僕は上里さんが好きだから……」



 僕の言葉に上里さんは納得したように首を横に振って頷いている。




「どうしたの?」

「わかった。契約でしょ?」

「契約?何の話?」

「このことを黙っている変わりに付き合えってことでしょ?」

「違う、違う。そんな事は言ってなくて……」

「私が捕まらなかったら、付き合うわ」

「いや……そうじゃなくて」



 僕は、ただ普通に上里さんと恋がしたかっただけなんだ。

 だけど、それを上里さんは脅しだと受け取ったようだった。

 



「打ち合わせしましょ」

「あっ、ああ」



 僕と上里さんは、口裏を合わし。

 警察を呼んだ。


 15分後やってきた警察に僕は見たままを話した。

 そして……上里さんも。



「事故ですかね」

「そうだな。目撃証言もあるし。ほら、ヒールの先が折れてるだろ」

「確かに折れてますね」



 防犯カメラもない。

 目撃者は僕だけ。

 上里さんが、突き飛ばした証拠はない。



 上里さんの叔母さんが履いていたピンヒールのかかとが折れたのは偶然だ。

 偶然は、味方した。




……初めての殺人は隠蔽されたのだ。

 警察は、遺体を連れて行った。

 

 さっきまでと違って静まり返る。

 僕と上里さんは、見つめ合っていた。



「絵馬をかけに行くから、じゃあ」

「……ありがとう」

「ううん」

「あっ、連絡先教えとくね」

「うん」



 ずっと聞きたかった上里さんの連絡先をこんな形で教えてもらうとは思わなかった。

 連絡先を交換して、上里さんは帰って行く。

 今、どんな気持ちなのだろうか?



 人が人を殺したいほど憎み。

 その事にエネルギーを使ってきて生きてきた上里さんの肩の荷は少しは軽くなっただろうか?

 


 決めたよ。

 僕はね。

 一生を捧げるよ。

 誰かが傍にいなきゃ。

 誰かが支えてあげなきゃ。

 誰かが守ってあげなきゃ。


 壊れちゃいそうなんだよ。

 上里さんの後ろ姿は、小さくて。

 少し震えているように見えたんだ。



 だから、僕が。

 犯した罪も全部まるごと君を愛するから。

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