彼女の話

 人が人を殺したい。

 そう思うまでに、どれだけの年月がかかるのだろうか?

 かつての私は、かなりの年月が必要だと考えていた。



 だけど、違う。

 実際は、人が人を殺したいと思うまでにそんなに時間はかからないものだ。


 強烈なほど、強い憎しみを抱けば。


 そう、強烈なほどの。






 母が亡くなり、私は叔母一家の元に引き取られた。



「14歳になったばっかりのあんたを置いて姉さんも死ぬなんてね」



 疫病神のように言われているけれど。

 この人は、母の残したわずかな保険金が目当てなのを私は知っている。



「あんたに渡す部屋なんかないよ。だから、ここで充分だろ」



 10年前、フルローンを組んで建てた叔母の家には3畳の物置がある。

 小さな頃は、いとこと一緒に秘密基地だって喜んで遊んだ場所だ。

 



「お世話になります」



 叔母が玄関を開けると、いとこの恵美ちゃんが玄関で待っていてくれた。

 私は、お辞儀をして家に上がる。




「そのまま行きなさい」

「はい」



 叔母の言葉に2階の階段を上がって行く。



「持つよ」

「いい」

「大丈夫?」

「大丈夫だって!!」



 何も知らない恵美ちゃんに怒りをぶつけてしまう。

 関係ないのはわかっている。

 あの人が。あなたにとって大事な母親ってことも。




「ごめんね、お母さんが」

「別にいいの」



 物置についた私は、子供用のテーブルを取り出した。

 恵美ちゃんが小さな頃につかっていた物達の保管場所になっているから、使えるスペースは1畳半ほどだ。



 成人するまで、後4年。

 たいしたことない。

 4年なんてすぐだ。

 鞄から母の写真を取り出す。

 くも膜下出血で倒れた母は、意識の戻らない状態で2週間入院した。

 



「守れなくてごめんね」



 学校から帰ってきてお見舞いに行くと、そこにはいつも先客がいた。



「姉さんがね、本当に大変なの。みんな、見てあげて」



 毎日、10人ほどの見舞い客を引き連れる叔母。

 母は、観光名所ではない。

 


「すみませんが、3分だけしか会えないですけど。大丈夫ですか?」

「大丈夫です」



 叔母のせいで、私のお見舞い時間は、わずか3分だ。



「お母さん、ごめんね。見せ物みたいにさせてごめんね。私が学校に行かなかったら、こんなことにはならないのに」


 


 だけど、母が悲しむから。

 母は、学校に行っている私の姿を見るのが大好きだった。

 だから、ちゃんと行かなきゃって。

 どんなことがあっても、行かなきゃって。



 入院して1週間目。

 今日は、やけに静かだ。



「上里さん、先生が話したいことがあるんだけど、少しいいですか?」

「はい」



 看護師さんに言われて中に入る。

 

 叔母さん?

 叔母さんは、誰かと一緒で。

 私と看護師さんの横を話ながら通りすぎる。




「臓器はまだ機能しているから、売れますよね?」

「角膜とかも売れると思う」



 怖い話をしている。

 いったいなに?



ーーコンコン


 看護師さんがノックをすると中から「どうぞ」と声がした。



「急にごめんね、座ってくれるかな」



 先生に言われて座ると目の前に紙を置かれた。



「朝から、叔母さんがやってきて臓器提供の話をしているんだけれど。臓器提供をするのかな?」

「いえ、しません」

「そうなんだね。叔母さんがずっと臓器提供の話をしていたから。てっきりする事になったのかと思ってね」

「いえ、しません。絶対にしません」

「そうか、そうか。わかった、わかった。こちらとしても同意書にサインをもらっていない患者さんの臓器を提供したりはしないから安心していいよ」

「はい……ありがとうございます」

「私がお母さんを見ている時に、叔母さんが臓器提供の話をしていたら、臓器提供はしないって伝えておくから心配しなくて大丈夫だよ」

「ありがとうございます」



 おじいさんの先生は、私の目を見つめて優しく微笑んでくれる。

 先生の言葉通り、母の臓器は売られることも提供されることもなく灰になった。


 叔母は、きっと。

 臓器を売る事が出来なかったから、私を恨んでいるのだろう。


 焼かれた母の骨はすぐに墓にいれた。

 骨を持ち歩いて叔母に何かされたらどうしようと思っていたから。

 すぐに上里の墓に入って安心している。

 叔母のことだ、骨まで売りかねない。



ーー物置小屋を見渡しながら考えるのは、お金のこと。


 母の保険金である800万がどこにいくのかだ。

 受取人は、未成年である私は無理だった。

 祖母は痴呆がひどくなり入院しているので、たぶん叔母か伯父に入るのではないだろうか。

 


「そんな事言って。私は、あの子を見てるのよ。ええ、何。あーー、その手があったわね」



 階段を下りる私の耳に叔母の声が響く。




「あら、降りてきたの」

「お手洗いを借りたくて」

「えっ?ああ、勝手にすれば。あっ、そうだ。通帳持ってきた?」

「通帳ですか?」

「そう。遺族年金が入るだろ?それを私に払いな!だって、居候しているわけだし。食費だってばかになんないんだからさ」

「確かに、そうですね。ただ、今は、通帳がどこにあるかわからないので探してみます。もし、見つかりましたら月いくら払えばよろしいでしょうか?」

「はあ?あんたね。そんなものは、全額私に渡すに決まってるでしょ」

「どういう理屈で決まっているのでしょうか?」



 私の言葉にイライラした叔母は、「トイレは使わないでくれる」と笑ってリビングへ消えていった。


 母が残したお金を全額取るつもりだ。

 急いで階段をかけあがり、斜めがけのバックに通帳や必要なものを突っ込んで家を出る。


 トイレ、トイレ。

 近くのコンビニで、トイレを借りた。

 このお金を取られるわけにはいかない。

 コンビニで、保冷袋とハサミを買ってから近所の公園に行く。

 カードは使われないようにハサミで真っ二つにして、通帳と共に保冷袋へ。

 印鑑も忘れずにいれとこう。


 幹の太い木を見つけ、素手とハサミで一生懸命掘る。

 掘って、掘って。

 埋めた。

 

 これで、もう大丈夫。

 大丈夫。

 そう思っていたんだ。

 あの日が来るまでは。




ーー殺害当日の朝


「あんたのお金、いつになったら持ってくんの」

「通帳を再発行するにも印鑑が見つからなくて」

「印鑑なんて新しく作ればいいでしょ!もう随分貯まってるはずよね」



 叔母は伯父から200万のお金をわけてもらったらしい。

 とりあえず、それで私の面倒をみるとかなんとか話していた。

 その200万も底をついたのだろう。

 印鑑と通帳をなくしたという私の言葉に絶句しながらも、この日を待っていたのだろう。

 こういうことに関しては、頭は悪くないのだろう。

 叔母なりに、いろいろと調べたのがわかる。



「そうですね。じゃあ、今日印鑑を作りに行きましょう。その前に神社に寄って行きたいんです」

「何しに?」

「私の合格祈願の絵馬を書きたいんです」

「合格祈願?あんた、居候の分際で高校に行けると思ってんの」

 


 この言葉を聞かなかったら、たぶん。

 私は、まだ思い止まっていただろう。



「母の保険金が」

「あるわけないだろ。兄さんが、息子夫婦に建てる家の頭金にしたんだから。あんたね、無償化って言ったってタダじゃないんだよ。だから、あんたは卒業したら働くの」



 叔母は苛立ちながら煙草に火をつける。

 その火のように、私の怒りも燃え上がったのを感じた。

 やっぱり殺そう。

 あの日思ったことを実行しよう。



「それなら恵美ちゃんの祈願をしましょう」

「恵美?恵美の祈願なら私もするわ」

「じゃあ、行きましょう。叔母さん」



 死ねばいい。

 あんたなんかいなくなればいい。

 この先、生きてたら。

 私のお金を当てにする。

 あの通帳に入っているお金がなくなったら、私を脅迫する。

 この女なら、絶対にする。

 だから……。

 

  

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