第10話:凱旋

 ギルドの重厚なオーク材の扉を開ける。

 蝶番が軋む音と共に、いつもの熱気と喧騒が耳に飛び込んできた。

 受付カウンターには数十人の冒険者が群がり、怒号のような話し声と笑い声、そしてジョッキがぶつかる音が混ざり合っている。汗と酒とタバコの匂い。日常の風景。


 だが、血と埃にまみれ、異様なオーラを纏った四人が足を踏み入れた途端。

 ざわめきが波紋のように静まり、ピタリと止まった。


 視線。

 好奇、畏怖、疑惑。

 無数の視線が矢のように突き刺さる。


「あれ……帰還のポータルで戻ってきた……」

「ボス部屋をクリアしたって、本当なのか……?」

「おい、見ろよ。血だらけじゃねえか。一体何があった……」


 冒険者たちの囁き声が広がる。

 アリサは思わずセリアの背中に隠れそうになった。ボロボロの服。血のこびりついた肌。見られているのが恥ずかしい。

 しかしセリアは堂々と胸を張っていた。片足を引きずりながらも、その背中は今までで一番大きく見えた。


「セリアさん! フローレシアの皆さん!」


 受付嬢のミリアがカウンターを乗り出すようにして声を上げた。顔色が真っ青だ。

「無事だったんですね……本当によかった……! みなさん、その怪我は……!」


「ダンジョンの……ボス部屋で、ヒュドラを討伐した。見ての通り満身創痍だがな」

 セリアが短く答える。声が掠れている。喉が潰れているのだ。


「ヒュドラ……!? とにかく治療を! こちらへ!」

 ミリアがカウンターを飛び出し、四人を奥の休憩スペースへ誘導する。


 ソファに座るのもやっとの状態だった。

 セリアが右腕を押さえて呻く。牙で貫かれた傷口は塞がっているが、まだ熱を持って腫れ上がっている。骨がきしむ音が体内で響く。

 アリサも呼吸をするたびに肋骨が痛む。ルナのヒールで繋がってはいるが、完治には程遠い。肺が圧迫される苦しさ。

 ミオは魔力枯渇で顔色が紙のように白く、小刻みに震えている。歯の根が合わない。ルナも同様だ。


「すぐにポーションと魔力回復薬を持ってきます!」

 ミリアが駆け出していく。


 残された四人は、泥のようにソファに沈み込んだ。革のソファが血と泥で汚れるが、気にする余裕もない。

「生きてる……よな、私たち」

 セリアが天井を見上げて呟く。

「はい……痛いですけど、生きてます」

 アリサが答える。痛みが生きている証拠だ。脈打つ傷跡が、心臓の鼓動とリンクしている。


 ミリアがポーションの瓶を抱えて戻ってきた。

「さあ、飲んでください。傷口にもかけますからね」


 セリアが上級ポーションを一気に煽る。苦い。舌が痺れるような薬草の味。だが、胃に落ちた瞬間、カッと熱くなる。

 ミリアがセリアの腕の傷にポーションをかける。

 ジュワッ。

 肉が焼けるような音がした。

「っ……! くぅ……!」

 セリアが痛みに顔を歪め、ソファの肘掛けを握りしめる。革がミシミシと悲鳴を上げる。

 傷口が泡立ち、肉が盛り上がり、急速に再生していく。細胞が無理やり活性化させられる不快感と、痛みが引いていく快感が同時に襲う。

 額から玉のような汗が噴き出す。


 アリサもポーションを飲む。

 体の中から熱い塊が広がり、肋骨の痛みが和らいでいく。折れた骨が正しい位置に戻ろうとして体内で動く。ゴリ、という感触。

 吐き気がするほどの再生痛。だが、それが収まると深い安堵が訪れた。


 ミオとルナには魔力回復薬が渡された。ドロリとした青い液体。

 飲むと、二人の顔に少しずつ赤みが戻ってきた。干上がった井戸に水が満ちるように、魔力が循環し始める。

 ミオが深呼吸をする。

「はぁ……生き返った……頭が割れるかと思った……」

 ルナも胸を撫で下ろす。

「視界が戻りました……」


「ふぅ……少し落ち着きました」

 ルナが深く息を吐く。


 ポーションの空き瓶がテーブルに並ぶ。

 ミリアが心配そうに四人の顔を覗き込む。

「本当に……無事でよかったです。ダンジョンから帰って来ないので最悪の事態も覚悟していましたから……」

 ミリアの目には涙が浮かんでいる。


「悪い。心配かけたな」

 セリアが謝る。

「いえ、謝らないでください。それが冒険者ですから。でも……ヒュドラを討伐したというのは、本当ですか?」

「ああ」


 セリアが腰に下げていた麻袋を開けた。

 ドサリ。

 テーブルの上に無造作に置かれる物体。


 心臓の欠片。未だにドクン、と脈打つような錯覚を覚える生々しさ。表面に血管が浮き出ている。

 深緑色に輝く巨大な鱗。一枚が大盾ほどもある。切断面が鋭く、テーブルに傷をつける。

 そして魔石。

 紫色に脈打つキマイラの魔石。

 赤黒く濁ったガーゴイルの魔石。

 漆黒の闇を閉じ込めたデスナイトの魔石。


 それらがテーブルに並べられた瞬間、周囲の空気が凍りついた。

 遠巻きに見ていた冒険者たちが息を飲む音が聞こえた。

 放たれる魔力の残滓が濃すぎる。肌がピリピリする。


「これは……ヒュドラの心臓……鱗も本物……それにこの魔石の数……」

 ミリアが口元を押さえる。

「デスナイト、ガーゴイル、キマイラ……全部倒したということですか……?」


「どの階層で遭遇したんですか……?」

「分からない。二階層を探索していた時、床が崩れて落とし穴に落ちて……おそらく二十階層前後だろうな」


 セリアの淡々とした答えに、ミリアの顔から血の気が引く。

 周囲の冒険者たちからも悲鳴のような驚愕の声が上がる。


「二十階層……!? そんな深い場所に……よく、生きて帰ってこれたな……」

「正直、運が良かっただけだ。何度も死にかけた」

 セリアが自嘲気味に笑う。その笑みには、修羅場を潜り抜けた者特有の凄みがあった。


「ギルドマスターに報告しないと……少々お待ちください! そのまま! 絶対に動かないでください!」

 ミリアが再び駆け出していく。


 休憩スペースに残された四人を取り囲む冒険者たちの視線が変わった。

 疑惑から、畏敬へ。

「二十階層だと……? 俺でも十五階層が限界だぞ……」

「Dランクパーティが生還するなんて……奇跡か?」

「見ろよ、あの装備……新品じゃないか。オーラが違う。ボス部屋の報酬か……?」


 様々な声が飛び交う中、アリサはセリアの袖を摘んだ。

「セリアさん……みんな見てます……」

「堂々としてればいいさ。アリサは英雄なんだから」

 セリアがアリサの手を握りしめる。熱い手。ポーションのおかげか、力強さが戻っている。

 その体温が、アリサの不安を溶かしていく。


 数分後、重たい足音とともに一人の男が姿を現した。

 空気がビリビリと震えるような威圧感。

 五十代半ば。筋骨隆々とした巨躯。顔には古傷が走り、隻眼には眼帯。

 元Sランク冒険者、ギルドマスターのゴードン。

 その存在感だけで、騒然としていたギルド内が鎮まり返る。


「君たちが……ヒュドラを討伐したと?」

 低く、腹の底に響く声。


「はい」

 セリアが背筋を伸ばして答える。治療を受けて顔色は良くなったが、その瞳の強さは変わらない。真っ直ぐにゴードンを見据えている。


 ゴードンは心臓の欠片を手に取った。太い指で感触を確かめ、匂いを嗅ぐ。

 沈黙。

 周囲の冒険者たちも固唾を飲んで見守っている。彼の判定が全てだ。


「……本物だな。間違いない。腐敗臭がまだ新しい。強力な再生能力を持っていた個体だ」

 ゴードンが頷いた。

 ドッと安堵の空気が流れる。


「魔石も見せてくれ」

 ゴードンは魔石を一つ一つ光にかざし、魔力の純度を確認していく。

「キマイラ、ガーゴイル、デスナイト……どれも最上級だ。特にこのデスナイトの魔石……変異種か? 魔力が異常に濃い」


 ゴードンが四人を見回す。その隻眼が鋭く光った。

「君たち……部屋に来てくれ。詳しく話を聞きたい。ここでは目立ちすぎる」

 ゴードンが顎で奥をしゃくる。

 アリサたちは顔を見合わせ、ゴードンの後についていった。冒険者たちがモーゼの海割りのように道を開ける。その視線には、明らかな敬意が混じっていた。


     *


 ギルドマスターの部屋は質素だった。書類の山と、壁一面のダンジョンマップ。使い込まれた革張りのソファ。

 四人は腰を下ろす。体が沈み込むと同時に、一気に疲労が押し寄せてきた。緊張の糸が切れそうだ。


「水を飲むか? 顔色が悪いぞ」

 ゴードンが自ら水差しを取り出し、グラスに水を注いでくれる。

「あ、ありがとうございます……」

 冷たい水が乾いた喉を潤していく。細胞の一つ一つに染み渡るようだ。


「まず確認したい。君たちはどうやってそんな深い階層に?」

 ゴードンがデスクに肘をつき、指を組む。圧迫感。Sランクの覇気。


 セリアが経緯を説明した。二階層での落とし穴事故。未知の階層への転落。そこからのサバイバル。

「二十階層……」

 ゴードンが眉間に皺を寄せる。

「普通なら即死だな。運が良かったのか、それとも……」

 ゴードンの視線が四人を値踏みするように動く。ただのDランクではないことを見抜いている目だ。


「途中で遭遇した魔物は?」

「最初にデスナイト一体。次にガーゴイルの群れ。それからキマイラ……そして最後に、ボス部屋でヒュドラです」

「全て討伐したのか……?」

「はい……ただ、戦闘の中心はアリサでした。私たちは……正直なところ、命を繋ぐのが精一杯で」


 セリアが隣のアリサを見る。

 ゴードンの視線がアリサに向けられた。射抜くような眼光。

「君は……どこで戦い方を学んだ?」

「学んでなんか……いません。村で木を切ってただけで……」

 アリサは縮こまりながら答える。

「木を……?」

「はい。斧で木を切る仕事を……毎日、朝から晩まで。一番太い木を……」


 ゴードンは目を細めた。

「なるほど……天性のフィジカルエリートか。だが、それだけでは説明がつかん」

 ゴードンがアリサの手を見る。豆だらけの、武骨な手。ヒュドラを屠った手。

「君には才能がある。戦闘センスだ。あるいは——魔力回路の異常発達か」


「ヒュドラをどうやって倒した? 詳しく」


 セリアが説明する。囮作戦。首切断と焼却。消耗戦。そして最後の特攻。

「そこで……アリサが……」

 セリアが言葉を詰まらせる。思い出すだけで震えが来る光景。

「私が……拳で……」

 アリサが震える声で続ける。

「斧が刃こぼれして……もう武器がなくて……体中の魔力を拳に集めて……ヒュドラの胴体に……」

「それで?」

「風穴が開きました……直径五メートルくらいの……」


 ミオが横から口を挟む。

「中には何も残ってなかったんです……肉も骨も内臓も……全部消えて……」

 ルナも頷く。

「まるで最初からそこに何もなかったみたいに……綺麗な円形の空洞が……」


 ゴードンの表情が変わった。驚きを通り越し、呆れに近い表情。

「それは……『魔力崩壊』に近い現象だ……」

「魔力崩壊……?」

「純粋な魔力を物理的な打撃に乗せて叩き込む。理論上は可能だが、制御を間違えれば自分の腕が吹き飛ぶ。それを無意識にやったのか……」


 ゴードンが深く息を吐く。

「信じられん話だが……君がやってのけた以上、事実だ」


 ゴードンが立ち上がり、窓の外を見た。夕暮れの街並み。

「君たちの実力は……もはやDランクの器ではない」

 振り返り、断言する。

「個人ランクとパーティランクを昇格させる。特例措置だ」


 ゴードンが書類にペンを走らせる。

「まず、パーティランク。フローレシアをDランクからCランクに昇格」

 サラサラというペンの音。重い音。

「次に個人ランク。セリア、ミオ、ルナ……君たちはDランクからCランクに昇格」


「そして……アリサ」

 ゴードンがペンを止める。

「君の戦闘能力は……異常だ。ヒュドラを実質単独で葬れる火力……攻撃力だけならSランクにも匹敵する」

「え……」

 アリサの口が開く。Sランク。雲の上の存在。英雄と呼ばれる領域。


「だが、経験値と判断力はまだ素人だ。だから今回は——」

 ゴードンが力強くサインする。

「君をEランクからBランクに昇格させる。三段階の飛び級だ」


「Bランク……!?」

 セリアが椅子から腰を浮かす。

「アリサちゃんが……Bランク……」

 ミオが目を丸くする。

「すごい……私たちを追い越して……」

 ルナが感嘆の声を漏らす。


「異例中の異例だが……君の実力なら文句は出まい。むしろ安すぎるくらいだ」

 ゴードンがアリサを指差す。

「ただし……これは君の『力』に対する評価だ。冒険者としての『技』はまだ未熟。慢心すれば死ぬぞ」

「は、はい……!」

 アリサは深く頷いた。


「それと——セリア」

 ゴードンがセリアを見る。優しい目だ。

「君はリーダーとしてよくやった。絶望的な状況で冷静に判断し、部下を信じ、全員を生還させた。その統率力は高く評価する」

「ありがとうございます……!」

 セリアが涙ぐむ。張り詰めていた糸が切れたのだ。


「さて……ここからが本題だ。買取の査定だが……」


 ゴードンが算盤を引き寄せる。商人の顔になる。

「ヒュドラの心臓……これは王国の研究機関や宮廷魔術師が喉から手が出るほど欲しがる。希少価値は計り知れない」

 パチパチと珠を弾く音。

「金貨一万枚だ」


 空気が固まった。

 呼吸が止まる。


「え……」

「一万枚……?」


 四人の思考が停止する。脳が数字を処理しきれない。


「砕けているが……鮮度は抜群だ。これほどの逸品は十年……いや百年に一度出るか出ないかだ」

 ゴードンが淡々と続ける。

「次に鱗。一枚金貨百枚。二十枚あるから……金貨二千枚だな」

「二千枚……」

 セリアが夢遊病者のように復唱する。手が震えている。


「デスナイトの魔石は金貨五十枚。ガーゴイルは一個金貨五十枚で金貨二百五十枚だな。キマイラの魔石は……質がいいな。金貨百五十枚だ」


 ゴードンが合計額を紙に書き出す。

「締めて、金貨一万二千四百五十枚だ」


 沈黙。

 圧倒的な沈黙。

 部屋の空気が重くなる。金貨の重み。


「四人で均等に分けるなら……一人金貨三千百十二枚だな」


「三千万……」

 ミオが泣き崩れた。

「そんな……一生遊んで暮らせる……」

 ルナも震えている。杖を握る手が白くなっている。

「信じられない……」


 アリサは自分の手を見た。豆だらけの手。血の跡が残る手。

 この手で掴んだ金額。

 村の借金なんて一瞬で返せる。両親に楽をさせてあげられる。新しい家だって建てられる。

 現実味が湧かない。でも、震えが止まらない。


「君たちは……それだけのことをやってのけたんだ」

 ゴードンが重々しく告げる。

「誇っていい。命の対価だ」


「ありがとうございます……」

 四人が震える声で礼を言う。


「あと……その装備だが」

 ゴードンがアリサたちの新品の武器を見る。

「ボス部屋の宝箱か?」

「はい」

「なら君たちのものだ。ギルドは関与しない。だが……」

 ゴードンの目が鋭くなる。

「伝説級の装備だ。一目見ればプロには分かる。狙われるぞ。特に悪徳な冒険者や闇ギルドの連中に」

「はい……」

 セリアが表情を引き締める。


「宿を変えろ。セキュリティの高い高級宿に。金はあるんだ。ケチるな」

「わかりました」


「鑑定士に見てもらうといい。一階にいるじいさんだ。私の紹介だと言えばボラれることはない」

 ゴードンが紹介状を書いてくれる。


「報酬は全額ギルドの金庫に預けておけ。必要な分だけ引き出せ。いいな?」

「はい。お願いします」


 手続きを終え、四人は部屋を出た。

 外に出ると、ギルドホールは立錐の余地もないほどの人だかりになっていた。

 扉が開いた瞬間、全員の視線が集中する。

 熱気。


「どうだった?」

「ランクは?」


 セリアが深呼吸をして、新しい青色のギルドカードを掲げた。手が少し震えているが、誇らしげだ。

「パーティランクC! 個人ランクC!」


 そしてアリサの肩を抱き寄せ、緑色のカードを掲げさせる。

「そしてアリサは……Bランクよ!」


 一瞬の静寂の後、ホールが揺れるほどの歓声が爆発した。

「うおおおおおお!」

「マジかよ! 飛び級か!」

「すげえ! 新たな英雄の誕生だ!」


 拍手喝采。口笛。祝福の嵐。

 音の波が押し寄せてくる。

 アリサは顔を真っ赤にして縮こまった。でも悪い気はしない。

 セリアが誇らしげにアリサの頭を撫でてくれる。

 ミオとルナも泣き笑いのような顔で手を振っている。


「アリサ、ちょっといいか?」

 一人の男性冒険者が近づいてくる。Aランクのバッジをつけている。歴戦の強者のオーラ。

「は、はい……」

「俺はバルトス。Aランク冒険者だ。もし良かったら、今度一緒に依頼を受けないか? Bランク冒険者なら、俺のパーティに加わる資格がある」


「え、でも……私、フローレシアの一員で……」

 アリサが戸惑う。セリアがサッと前に出た。

「悪いけど、ウチのエースを引き抜かないでくれる?」

 セリアが睨む。バルトスは苦笑して手を挙げた。

「冗談だ。……いや、半分本気だがな。困ったら声をかけてくれ」

 バルトスが名刺を渡してくる。


 人波をかき分け、一階の鑑定所へ向かう。

 そこにいたのは偏屈そうな老人だった。薄暗い部屋。薬草と古い紙の匂い。

 だが、装備を見た瞬間、老人の目の色が変わった。濁っていた瞳が鷲のように鋭くなる。


「……こいつはすげえ」

 老人が震える手で剣を撫でる。

「『炎帝の剣』……炎属性の最上位武器だ。攻撃力三倍、炎魔法増幅。触れるだけで火傷しそうな魔力だ」

「三倍……」

 セリアが剣を見つめる。自分の手がそんな危険なものを握っているという事実に喉が鳴る。


「『賢者の杖』……魔力消費半減、威力二倍。魔法使いの至宝だ。これがあれば、魔力切れなど起きんぞ」

 ミオが杖を抱きしめる。頬ずりしている。


「『聖女の首飾り』……魔力自動回復機能付き。致命傷を無効化する。死神を遠ざけるお守りだ」

 ルナが胸元のネックレスを握りしめる。


「そしてこれ……」

 老人がアリサの斧を恐る恐る手に取る。

「『破壊の戦斧デストロイヤー』……物理防御無視。硬いものほどよく切れる。使い手の魔力に応じて重量と威力が可変する……化け物じみた武器だ。古代のドワーフ王が使っていたという伝説がある」


 老人がアリサを見る。

「お嬢ちゃん……こいつに見合う腕力があるのか?」

「はい……たぶん」

 アリサが斧を受け取る。

 ずっしりと重い。だが魔力を込めると、フワリと軽くなった。体の一部になったようだ。

「……なるほど。選ばれたか」


「大切にしろよ。国宝級だ。売れば国が買えるぞ」


 鑑定所を出ると、外は夕暮れだった。

 茜色の空。涼しい風。

 生きて帰ってきた実感が湧いてくる。

 街の灯りが一つ、また一つと灯り始める。


「ねえ……お腹空いたね」

 ミオがお腹をさする。緊張が解けて空腹感が襲ってきたのだ。

「そうだな……死ぬほど空腹だ」

 セリアも笑う。


「行くか『銀の薔薇亭』へ。一番高いコース料理を食べに!」

「賛成!」


 四人は肩を寄せ合い、夕暮れの街へ歩き出した。

 ボロボロの服。血の匂い。すれ違う人々が驚いて道を空ける。

 でも心は晴れやかだった。

 アリサはセリアの手をそっと握った。

 セリアが握り返してくれる。強く、温かく。

 ミオが反対側の腕に抱きつく。ルナが背中を支えてくれる。

 四人の体温が混ざり合う。


 (生きててよかった)


 アリサは心からそう思った。

 この温もりがある限り、どんな地獄でも戦える。

 冒険はまだ始まったばかりだ。

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