第2話:出会い
三人の女性がアリサの前に立った。
一番近くにいるのは黒髪をポニーテールにまとめた剣士。革鎧が鍛えられた体に張り付き腰の剣が存在感を放っている。鋭い目つき。腕を組みアリサを頭から爪先までじっくりと見ている。
その隣には金髪の魔法使い。杖を持ち無邪気な笑顔を浮かべているがローブの胸元が大きく開き白い谷間が露わになっている。
最後は白いローブをまとった聖職者。穏やかな微笑みだがその目は全てを見透かすようだ。
アリサの呼吸が浅くなる。こんなに近い。汗と香油の匂いが鼻を突く。顔の皮膚が熱を持ち心臓が肋骨を裏側から叩く。
「あんた……さっき水晶球を割った子だろ」
黒髪の剣士が低く湿った声で言った。
アリサは喉が詰まりながらも頷く。
「は、はい……そうです……すみません騒がしくしてしまって……」
剣士は腕を組んだまま一歩近づいた。アリサの鼻先をかすめる距離。彼女の視線がアリサの緑色の髪を滑り首筋を通り胸元で止まる。
「私はセリア。このパーティ『フローレシア』のリーダー」
セリアは後ろの二人を親指で指した。
「こっちがミオ。魔法使い」
金髪のミオがアリサの顔を覗き込む。甘い果実の匂いがした。
「よろしくぅ! へえ緑の髪……きれいだねえ。触っていい?」
ミオは返事も待たずにアリサの髪に触れた。指先が髪を梳きうなじの皮膚をなぞる。ぞくりと背筋が震えた。アリサは身動きが取れない。
「それでルナ。ヒーラーよ」
白いローブのルナが一歩進み出る。彼女の視線は柔らかいが絡みつくような粘り気がある。
「はじめましてアリサさん。さっきの光……すごかったわ。身体の中に熱が溜まっているのね」
意味深な言葉にアリサの顔が沸騰する。
ルナの手がアリサの肩に置かれた。冷たい手が熱い皮膚の上を滑る。
「は、はじめまして! アリサ・フェルグリーンです!」
大声を出して誤魔化すしかなかった。
セリアは再びアリサを見た。興味深そうな目だ。
「測定不能ってのは本当か? それとも水晶球が古かっただけか?」
「え、えっと……私にもよく分からなくて……村ではただ木を切っていただけで……」
「木こり?」
セリアの眉が動く。ミオが興味津々で体を寄せてきた。柔らかい胸がアリサの腕に当たる。
「木こりってことは力持ちなの? どのくらい持てるの? アタシのことお姫様抱っこできる?」
「えっと……村の大きな木なら片手で運べますけど……」
三人の動きが止まった。
セリアとルナが無言で視線を交わす。
「片手で……? 大木を?」
「は、はい……これくらい普通だと思ってたんですけど……」
セリアが口の端を吊り上げた。魅力的な笑みだ。
「……ねえアリサ。あんたパーティ探してるんだろ?」
アリサの喉が鳴った。
「え……?」
「私たちのパーティ、ちょうど前衛が欠けててね。あんたの力が本物なら……ウチに来なさいよ」
ウチに来なさい。
その言葉の響きにアリサの下腹が疼いた。
パーティに入る。このきれいな人たちと。毎日一緒にいて一緒に戦って一緒に眠る。
アリサの脳内が白い靄で満たされる。
「ほ、本当ですか!?」
声が裏返った。セリアは満足げに目を細めた。
「試しにね。今日の午後一階層に潜る予定がある。そこで実力を見せてもらう。役に立つなら歓迎するわ」
「は、はい! ぜひお願いします!」
アリサは深く頭を下げた。ミオが嬉しそうに手を叩く。
「やったー! 新しい仲間! アリサちゃんよろしくね!」
「よ、よろしくお願いします!」
ルナも微笑んだ。
「よろしくねアリサちゃん。これから仲良くしましょう」
その言葉にアリサの体温がまた上がる。
セリアはアリサの服をつまんだ。
「じゃあ決まりね。まずはその格好をなんとかしましょう。そんな布切れ一枚じゃ危なっかしいわ」
アリサは自分の服を見下ろした。村から着てきた麻の服。確かに薄汚れている。汗が染みて体に張り付いている。
「え、えっと……でもお金が……」
「先行投資だ。働いて返してくれればいい」
セリアはそっぽを向きながら言った。耳が少し赤い。アリサは胸が締め付けられる。
「ありがとうございます……! セリアさん優しい……!」
「勘違いするな。即戦力になってもらいたいだけだ」
冷たい言葉だが声色は甘い。ミオがくすくす笑ってセリアの腕に抱きついた。
「セリアってば照れちゃって〜。本当は気に入ってるくせに〜」
「ミオ! 黙ってろ!」
セリアが顔を赤くする。ルナは静かに笑っている。
「ふふ。賑やかになりそうね。さあ行きましょう」
四人はギルドを出て併設された装備店へ向かった。
店の中は獣の革と油の匂いが充満している。
狭い通路をセリアが先導しアリサはその後ろをついていく。ミオがアリサの腰に手を回しルナが背後を固める。逃げ場はない。
棚には革の胸当てや様々な武器が並んでいる。
セリアが棚からいくつかの革製品を手に取りアリサの体に押し当てた。
「まずは革鎧だな。これで致命傷は防げるぞ」
選ばれたのは黒い革の防具。胸の形を強調するようなデザインだ。
「それからブーツと革手袋に短剣も必要だな」
「わぁ……これ全部私が使うんですか……?」
「当たり前だろ。アタシたちの仲間なんだから最低限の格好はしてもらうぞ」
セリアは店主に代金を支払いアイテムをアリサに手渡した。
「借金は後でいい。そこの試着室で着替えてこい」
アリサは頷いて店の奥にあるカーテンの陰へ入った。
狭い空間。鏡がある。人一人がやっと入れる広さ。
村の服を脱ぐ。肌が空気に晒される。汗ばんだ肌が冷気に触れて粟立つ。
新しい装備を手に取る。革の匂いが強い。
シャツを着て胸当てをつける。バックルが背中にあって届かない。
「……う、届かない……」
もぞもぞと動いているとカーテンがしゃっと開いた。
セリアが立っていた。
「遅い。手伝ってやる」
セリアが入ってきた。狭い試着室がさらに狭くなる。セリアの体温と匂いが一気に充満した。
逃げ場がない。背中にセリアの体が触れる。
「じっとしてろ」
セリアの手が背中に回る。指先が背骨をなぞるように動く。
バックルを締めるたびに革がきしむ音がする。
きつい。胸が締め付けられる。呼吸が浅くなる。
「……いい体をしてるな。無駄な肉がない」
セリアの吐息が耳にかかる。低い声。
手が脇腹から前へと回ってくる。胸当ての位置を直すふりをしてセリアの手のひらが胸の下を掠めた。
「ひゃっ……!」
「動くなと言っただろ」
セリアの声は冷静だが指先が熱い。
胸当ての紐を強く引く。胸が押し上げられる。苦しい。でも心地いい。
「これでいい。……似合ってるぞ」
セリアが鏡越しにアリサと目を合わせた。その瞳が熱っぽく潤んでいる。
アリサは膝が震えて立っていられなくなりそうだった。
外に出るとミオとルナが待っていた。
ミオが口笛を吹く。
「ひゅー! 似合うじゃん! 緑の髪と黒い革、すごくいい感じ!」
ミオが駆け寄ってきてアリサの腰をパンと叩いた。
「お尻のラインもくっきり! エロかっこいい!」
「ミ、ミオちゃん……!」
ルナも目を細めた。ゆっくりと近づいてきてアリサの襟元を直す。
「ええ。肌の白さが際立つわね。とても可愛らしいわ」
ルナの指が鎖骨の上を滑る。冷たい指先。
セリアは腕を組み満足げに頷いた。少し顔が赤い。
「悪くない。少しはマシになったな。じゃあ行くぞ」
四人は店を出て広場へ向かった。
街は午後の日差しに焼かれている。人々の熱気。怒号。笑い声。
アリサは三人の背中を追いかけながら下腹の疼きを感じていた。この人たちについていく。どこまでも一緒に。
広場の先に巨大な石の門が見えた。レグナス大迷宮の入り口だ。
暗い口を開けた門からは冷たい風が漂ってくる。魔物の血とカビの混ざった独特の腐敗臭。
アリサは唾を飲み込んだ。
「ここが……ダンジョン……」
セリアが足を止めた。
「今日は一階層だけだ。ゴブリンが出る。弱いが群れると厄介だ。アリサは後ろから見ていろ。私たちが手本を見せる」
「はい! よろしくお願いします!」
ミオがアリサの背中に体を預けてきた。
「私も後ろから撃つから、前はセリアに任せて二人でイチャイチャしてよっか」
「は、はい!」
背中に当たるミオの柔らかい感触。熱い体温。腰に回された腕。アリサの思考が溶ける。
「だ、大丈夫です……頑張ります……!」
四人は門をくぐった。
中は湿っていた。壁の松明が揺れ影が踊る。石畳の床は濡れていてブーツの音が反響する。
奥から獣の臭いがした。
少し進むと通路を塞ぐ影があった。
緑色の肌をした小柄な魔物。ゴブリンが三匹。棍棒を持ってこちらを睨んでいる。濁った黄色の目。涎を垂らしている。
セリアが剣を抜いた。金属が擦れる音が響く。
「来たぞ。アリサ、ちゃんと見てるんだぞ」
セリアが踏み込もうとした瞬間アリサの体が勝手に動いた。
思考よりも先に本能が弾けた。体の中の熱を吐き出したいという衝動。
「あ、あの……私も行きます!」
アリサは地面を蹴った。石畳が砕ける音がした。
一足飛びにゴブリンの懐へ入る。獣の悪臭が鼻を突く。
振り下ろされる棍棒。遅い。止まって見える。
アリサは左手で棍棒を受け止めた。
バキリ。
乾いた音がしてゴブリンの腕が折れる。
悲鳴を上げる暇も与えずアリサは右の掌底をゴブリンの顔面に叩き込んだ。
グシャリという嫌な音。頭蓋が砕ける感触が手に伝わる。構わず振り抜くとゴブリンは容易く吹き飛び壁に叩きつけられる。
回転しながらもう一匹を蹴り飛ばし、最後の一匹の首を鷲掴みにする。
太い血管が脈打っているのが分かる。
そのまま力任せに締め上げる。うめき声を上げるがすぐに首の骨が折れてこと切れた。
一瞬の静寂。
ゴブリンの死体が転がる音だけが響く。
アリサは荒い息を吐いた。手が震えている。恐怖ではない。興奮だ。
セリアとミオが口を開けたまま固まっていた。
「アリサちゃん……マジ……?」
ミオが呟く。セリアは剣を下ろした。切っ先が震えている。
「嘘でしょ……今の動き、目で追えなかった……」
アリサは我に返った。手が熱い。心臓がうるさい。
照れ笑いを浮かべて振り返る。
「えへへ、そんな大したことないですよ……昔から力持ちなんです。でも、みんなを守れてよかったです!」
三人が無言で近づいてきた。
空気が変わった。
獲物を見る目じゃない。もっと濃密で粘着質な視線。
ミオがアリサの腕に抱きつき顔を擦り付ける。汗ばんだ頬が腕に吸い付く。
「すごいよアリサちゃん! 最強の用心棒ゲット! ねえ、今のパンチ見せて! ここ触っていい?」
ミオの手がアリサの二の腕の筋肉を揉む。興奮している。
ルナがアリサの手を取った。ゴブリンを屠った拳を、愛おしげに撫でる。
「本当に頼もしいわ。素晴らしい力。……熱いわね」
ルナがアリサの手のひらを自分の頬に当てた。冷たい頬と熱い手のひら。
セリアがアリサの前に立った。その瞳には興奮の色が宿っている。頬が紅潮し呼吸が少し荒い。
彼女の手が伸びてきてアリサの頭を撫でた。
「……合格だ。よくやったな」
頭を撫でられる感触。指が髪に絡む。
セリアの手が下がり首筋に触れた。脈拍を確かめるように指が止まる。
「ゾクゾクしたぞ。お前の戦い方」
耳元で囁かれる。
アリサの膝が震えた。褒められた。認められた。
快感が背骨を駆け上がる。
「えへへ……お役に立てて、嬉しいです……!」
夕方。
ギルドに戻った四人は報酬を受け取った。
セリアが銀貨の入った袋をアリサの胸元に押し込む。指先がわざとらしく胸に触れた。革鎧越しではない柔らかい感触。
「これが今日の手当だ。頑張ったな」
「ありがとうございます……!」
アリサは涙目で見上げた。セリアは口元を歪めて笑った。肉食獣の笑み。
「それで……アリサ。正式にウチのパーティに入る気はあるか?」
その言葉にアリサの胸が高鳴った。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。お前の力は本物だ。それに……」
セリアは顔を寄せ耳元で囁いた。唇が耳たぶに触れそうだ。
「私の好みだからな」
その一言でアリサの理性が吹き飛んだ。
ミオが後ろから抱きついてくる。背中に胸の圧迫感。
「やったー! 今日から四人で一緒だね! ベッド狭くなるけどいいよね!」
ルナも微笑んでいる。
「よろしくねアリサちゃん。これから仲良くしましょう」
アリサは期待と興奮で震えながら深く頷いた。
「はい! よろしくお願いします!」
こうしてアリサの冒険者生活が——本当の意味で始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます