田舎から来た緑髪チート少女、街のダンジョンで百合ハーレム始めました

タルタロス

第1話:緑髪の田舎娘

 辺境のクロム村は湿った土と植物の匂いがする。


 北の山脈から吹き下ろす風が森の木々を揺らし葉と葉が擦れ合う音が集落の静けさを撫でていく。魔物も出ないこの土地で村人たちは畑を耕し川で魚を釣り昨日と同じ今日を繰り返していた。変わらないことが正義とされる閉じた世界。


 この村の時間は腐りかけた水たまりだ。どこへも流れていかない。


 その淀みの中でアリサ・フェルグリーンだけが浮いていた。


 今年で二十歳になる彼女の髪は煮詰めたような深い緑色をしている。濡れた葉先そのものの色は古老たちに言わせれば「神の祝福」だったがアリサにとってはただの目印だ。自分だけがこの村の「普通」から外れているという残酷な事実でしかない。


 彼女には誰にも言えない秘密がある。


 女性の事が好きなのだ。


 幼い頃から視線は勝手に同性を追った。

 井戸端で水を汲む少女の無防備に晒された白いうなじ。畑仕事で汗ばんだ友人の麻シャツが胸の膨らみに張り付いて乳首の形が透ける様子。ふとした瞬間に触れ合う指先の温かさ。

 それらを見るたびアリサの眼球は固定され動かなくなる。下腹の奥が重く熱くなり指先が痺れる。もっと見たい。触りたい。その柔らかい肉に顔を埋めて息を吸いたい。

 けれどこの村は狭すぎた。女たちは適齢期になれば男と結ばれ腹を痛めて子供を産み家庭に入っていく。それが正解でそれ以外は間違いだった。

 二十歳の少女が抱えるこの性的な興奮を理解する人間などここには一人もいない。


 だから彼女は森へ向かう。

 内側に溜まった熱を別の何かへぶつけるために。


 朝靄が立ち込める森の奥。太い樫の木の前にアリサは立っていた。

 柄の磨り減った斧を握る。掌に食い込む木の感触と鉄の冷たさ。肺いっぱいに冷気を吸い込む。

 構える。まだ成長途中の華奢な身体の全身の筋肉が収縮する。

 吐く息と共に一振り。


 どぉん。


 腹に響く音がした。

 男たちが数人がかりで切るような巨木がたった一人の少女の一撃で繊維を引きちぎられ悲鳴を上げて傾いでいく。

 地響きと共に木が倒れる。舞い上がった土埃の匂いが鼻の奥に詰まる。


「……ふぅ」


 乱れた呼吸を整える。額に浮いた汗を手の甲で拭い倒れた木に手をかけた。そのまま持ち上げる。

 ミシリと繊維が鳴る。

 自分の体重の何倍もある丸太を肩に担ぎアリサは村へと歩き出す。その足取りは罪悪感と全能感が混ざった奇妙なものだった。


 道すがら畑仕事をしていた中年女性が手を止めた。


「まあアリサちゃん。また一人でそんな……」

「おはようございますおばさん。ちょっと運動がてらに」


 アリサは口角を上げて愛想よく笑う。完璧な「良い子」の顔を作る。

 だがその目は一瞬女性の襟元から覗く汗ばんだ鎖骨を見ていた。大人の女性特有のふくよかな乳の匂いと泥の匂いが混じった体臭が鼻をくすぐる。


「本当にすごい力だねぇ。神様の贈り物だわ」


 村人たちは彼女の怪力を褒める。だがその目の奥には恐怖があることをアリサは知っていた。

 化け物。そう呼ばれないのは彼女が村の役に立っているからに過ぎない。


 そんな日々が死ぬまで続くと思っていた。

 あの日一人の「迷い人」が現れるまでは。


 村の酒場に現れたのは旅の女冒険者だった。

 三十代半ばだろうか。使い込まれた革鎧は彼女の体に吸い付くように張り付いていた。鍛えられた太腿の肉感。重い剣を支える腰のくびれ。意思の強そうな目。

 アリサの心臓が早くなった。

 村の女たちのような守られるだけの柔らかさではない。戦う女の硬くて危険な体だ。

 酒場の薄暗がりの中で彼女がグラスを傾けるたび首筋の筋肉が動くのが見えた。

 汗と鉄そして雨の匂いがするその女性にアリサは近づいた。


「……あの」


 声が上ずった。

 女性冒険者は琥珀色の酒が入ったグラスを揺らしながらこちらを見た。


「ん? なんだいお嬢ちゃん」


 お嬢ちゃん。子供扱いするその声が二十歳のアリサの鼓膜を甘く震わせる。


「冒険者……なんですよね。外の世界の」

「ああ。ダンジョンに潜り魔物を斬り日銭を稼ぐ。泥臭い商売さ」


 自嘲気味に笑う唇の動きに目が釘付けになる。

 彼女は語った。迷宮都市レグナスにある巨大迷宮のこと。生きるか死ぬかの毎日。そして仲間との絆。


「仲間……」

「そうさ。一人は気楽だが夜は寒い。背中を預けられる相手がいるってのは悪くないよ」


 女性は酒を飲み干しふと思い出したように付け加えた。


「アタシも昔は女だけのパーティを組んでたんだけどね」


 その言葉を聞いた瞬間アリサの太腿の内側がぎゅっと締まった。


「お、女だけの……パーティ……?」

「ああ。男より女同士の方が気兼ねなくていい。同じテントで眠り同じ釜の飯を食い……肌を寄せ合って傷を治し合う。そういう関係もある種の救いだよ」


 肌を寄せ合う。

 その言葉の響きにアリサの体温が上がる。

 想像した。狭いテントの中。互いの体温を感じながら眠る夜。血と汗に塗れた体を拭き合い抱き合う瞬間。

 そこにはアリサが求めてやまない「場所」がある。


「……行きます」


 口から言葉が漏れた。


「私行きます。街へ」


 その夜アリサは興奮して眠れなかった。シーツを足で蹴り何度も寝返りを打つ。

 見知らぬ街。見知らぬ女たち。そこで繰り広げられる生活。

 少女の夢はもはや牧歌的なものではなかった。それは自分の欲望を満たしたいというはっきりとした目的だった。


 

 数日後。

 両親との別れはあっさりしたものだった。

 涙を流す母と無言で頷く父。彼らもまた感じていたのかもしれない。この狭い村に娘はもう収まりきらないのだと。

 振り返れば緑の森が遠ざかる。

 寂しさはなかった。あるのはこれから出会う未知への期待だけ。


 そしてアリサは立った。

 迷宮都市レグナス。

 大陸全土から富と名声そして死を求める者たちが集まる欲望の街。

 巨大な城壁をくぐり抜けた瞬間圧倒的な「熱」と「音」が彼女を叩いた。

 石畳を叩く馬の音。鉄を打つ音。怪しげな薬を売る商人の声。香辛料と安酒そして乾いた魔物の血の匂いが混ざり合った独特の空気が肺を満たす。


 街の中心には天を突き刺すように巨大な「穴」とそれに続く塔がそびえ立っていた。レグナス大迷宮。地下深く続く未踏の場所。


「すごい……本当にこんな場所があったんだ……」


 アリサは呆然と立ち尽くした。人の多さ。建物の大きさ。すべてが圧倒的だった。

 だが何よりも彼女の目を奪ったのは——。


「あ……」


 視界を埋め尽くすたくさんの女性たちだ。

 村では見たこともないような肌を大きく出したローブを着た魔術師が通り過ぎる。その切れ目から覗く白い脚をアリサは目で追った。

 重装備の女騎士が歩く。兜の下から覗く横顔。戦うために鍛えられた肉体の厚み。

 軽装の盗賊風の少女がしなやかな足取りで屋根を駆けていく。


 ここは楽園だ。

 アリサは自分の心臓が痛いほど肋骨を叩くのを感じた。息が荒くなる。頬が熱い。


「すごい……こんなにたくさん……」


 すれ違うたび誰かの汗と香油の匂いがする。袖が触れ合う距離。

 誰もが自信を持ち武器を持ち自分の足で立っている。

 アリサは自分の胸元を握りしめた。ここにいたい。この空気の中に混ざり誰かの特別な「一人」になりたい。


 目指すは冒険者ギルド。

 すべての冒険者が最初に訪れる場所。

 大通りを抜け石と木でできた大きな建物が見えてきた。入り口には剣と杖が交差した看板。

 『冒険者ギルド・レグナス支部』

 その看板を見上げた時アリサの中で何かが切り替わった。

 ただの田舎娘はここまでだ。扉を開ければ私は「狩る側」になる。


 意を決して分厚い扉を押し開ける。


 熱気。

 男たちの汗臭さに混じって甘い香油や鉄錆の匂いが漂っている。

 広いホールはうるさかった。壁一面に貼られた依頼書。昼間から酒を飲む荒くれ者たち。

 だがアリサの目は正確に「それ」を見つけた。


 ホールの隅。丸テーブルを囲む三人の女たち。

 一人は黒い髪を束ねた剣士。冷たい目をし足を組んだ革ズボンのラインが太腿の肉感を強調している。

 隣には豊満な体を際どいローブで包んだ金髪の魔術師。頬杖をつき杖の先を指でなぞっている。

 そして正面には聖職者の服を着た銀髪の女性。優しそうな顔をしているがその目の奥は暗い。


 三人は地図を囲んで何かを囁き合っている。

 膝が触れ合う距離。誰も入り込めない女たちだけの空間。


「っ……」


 アリサは息を飲んだ。

 きれいだ。そして魅力的だ。

 あの中に入りたい。あの視線のやり取りの中に自分の居場所を見つけたい。

 見惚れていたことに気づいたのか黒髪の剣士が顔を上げこちらを見た。

 射抜くような視線。

 アリサは心臓を掴まれたような衝撃を受け慌てて目を逸らした。顔が沸騰しそうだ。


「ま、まずは登録……登録しなきゃ……」


 逃げるようにカウンターへ向かう。

 受付に立っていたのは穏やかな雰囲気の茶髪の女性だった。

 名札には『ミリア』。彼女が顔を上げアリサを見てふわりと微笑んだ。


「いらっしゃいませ。あら……随分と可愛らしいお嬢さん」


 ミリアは興味深そうに目を細めた。彼女から見れば二十歳のアリサはまだ子供にしか見えないのだろう。その「見下ろされる」感覚にアリサの背筋がぞくりとした。


「ぼ、冒険者の……登録をお願いします」

「ええ歓迎しますよ。初めてですね? 緊張しなくて大丈夫。手取り足取り教えますから」


 言葉の端々に滲む甘さにアリサはたじろぐ。都会の女性はみんなこうなのだろうか。

 書類への記入を終えるとミリアはそれを丁寧に確認し唇を綻ばせた。


「アリサ・フェルグリーンさん。二十歳……まだお若いのに立派ね。それにこの髪色」


 ミリアの指先がカウンター越しに伸びてくる。アリサの緑髪を一房すくい上げた。

 大人の女性の指の感触。首筋に近い。


「神様からの贈り物かしら。それとも森の妖精の悪戯?」

「……生まれつきです」

「ふふ素敵よ。……さてでは能力を見せていただきましょうか」


 ミリアが取り出したのは掌ほどの水晶球。

 

「ここに手を置いて。あなたの全てがこれで分かります」


 全て。その言葉にアリサは体が強張った。自分の内側にある汚い欲望まで見透かされるのではないか。

 恐る恐る水晶に触れる。ひやりとした冷たさ。

 次の瞬間。


 カッ!


 水晶球が爆発したかのように光った。

 激しい閃光。ギルド内の喧騒が一瞬にして消える。

 エメラルドグリーンの光が渦を巻きカウンターをミリアをそしてホール全体を染め上げた。

 パキパキパキッ。

 水晶の表面にヒビが入る。許容量を超えた魔力の暴走。それはアリサが十八年間押し殺してきた感情の爆発そのものだった。


「ひゃっ……!?」


 ミリアが短く悲鳴を上げ後ずさる。

 光が収まった後水晶球の上には焼き付いたような文字が浮かんでいた。


【名前:アリサ・フェルグリーン】

【魔力:測定不能】

【身体能力:Sランク相当】

【適性属性:全属性・極】

【総合評価:規格外】


 静寂。

 誰かが息を飲む音が聞こえる。

 やがてざわめきが広がっていった。


「おい見たか……?」

「水晶にヒビが入ったぞ……」

「あんな子供がSランク……?」


 アリサは呆然と自分の手を見つめていた。

 これが私? ただ木を切っていただけの私が?


「あ、アリサさん……」


 ミリアの声が震えている。彼女は頬を赤くし潤んだ瞳でアリサを見上げていた。それは恐怖ではなく珍しい宝石を見つけた時のような熱っぽい視線だった。


「あなた……何者なの? こんな数値ギルド長クラスでも見たことないわ」

「ご、ごめんなさい! 壊すつもりじゃ……!」

「いいえいいの。……すごいわ。本当にすごい」


 ミリアは熱に浮かされたように震える手で新しい冒険者証——本来なら新人が持つはずのない鈍い銀色に輝くプレート——を取り出した。


「特例でEランクからのスタートにします。……いえ本来ならもっと上だけど形式上ね。でも気をつけて。これだけの力誰も放っておかないわ」


 ミリアの意味深な忠告。

 その言葉の意味を理解するより早くアリサは背中に突き刺さる強い視線を感じた。

 振り返る。

 

 先ほどの三人の女性たち。

 彼女たちは立ち上がりゆっくりとこちらへ歩み寄ってきていた。

 黒髪の剣士の目は獲物を定める狩人の目だった。

 金髪の魔術師の唇には新しいおもちゃを見つけたような笑みがある。

 銀髪の聖職者の眼差しには全てを包み込み飲み込もうとする慈愛があった。


 カツカツカツ。

 ブーツの音がアリサの心臓のリズムと重なる。

 逃げ場はない。

 

「……見つけた」


 誰かが小さく呟いた。

 その声は二十歳の少女の耳を甘く震わせ彼女の「新しい人生」の幕開けを告げていた。

 それは冒険ではない。もっと濃密で逃れられない運命の始まり。


 アリサの膝が期待と恐怖で微かに震えた。

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