第二章 動揺
8 母として
「うむ。……。そうか。……。わかった」
リンド皇国皇帝陛下は、目をつむり、ゆっくりと返事をした。
「父上。その方が宜しいと私も判断いたします。ですが、少し厳しい事は事実です」
フェイスが尋ねる。
「わかっている。世ひとりが『うん』と言って済む話ではないことはな」
「それでも、……」
「うむ。それでもだ。アクス殿、プレア殿。そして、モイラ殿。この方達が決断し、受け継いだことだ。我々に、拒むことは出来まい」
リンド皇国皇帝は、フェイスに答える。
「だ、そうなんだけども。どうかな?
フェイスが私達に尋ねて来た。
「えっと。そうですね。僕も子供を育てた事ないですが、その役目を受けたいと思います」
「リリィは、どうかな?」
「……」
しばし、沈黙の時が過ぎた。
皆が、私の答えを待っているようだ。
「う――ん。私。嫌です!」
私は、吐き捨てる様に言った。
「え?」
「え?」
ローズやシャトレーヌ婦人がビックリして声を上げる。
皇帝陛下と皇后陛下は、静かな目を向けていた。
「ちょっと待ちなさいリリィちゃん、よく考えて返事したの?」
ローズが慌てる。
「う――ん。だって、……」
「だって?」
「子育てしたことないもん」
と私は答える。
ローズは、口をパクパクさせていた。
「そ、そ、それは、
目を丸くするローズ。
「そうかもしれないけど、……」
と、私。
「リリィちゃん。色々考えての上での返事でしょうけれども。リリィちゃんは、戦いの中に生きて来たからピンと来ないのかもしれないけど、……」
シャトレーヌ婦人が優しく
「うん」
ずっと、戦いの中で。しかも、暗殺の世界で生きて来た。
その私が、子供を預かって、そして育てるなんて。
使命を伝えたモイラは焦っているかと思ったら、微笑みを浮かべえて私の会話を見守っていた。
「何故モイラ。あなたはそんな顔してられるの? 一番困るのは、あなたじゃないの?」
私はモイラに言った。
「申し訳ございません、リリィ様。リリィ様の反応が、プレア様と似ておりまして。それが懐かしく思い、つい」
「え? 似てる? あ、そう」
私は、軽く返す。
「プレア様も神官になりなさいと言われた時に、『自分は神官にふさわしくない』と御返事なさったのですよ」
私の母のプレアと言う人も、大概な人だったんだなと想像がついた。
「世間からみたら親の仇でもあり、”前の国”を倒し、リンド皇国まで侵略しようとした皇帝の子を連れ戻してどうするの?」
皆、わかっているであろうことを、私は尋ねた。
「その子が将来手向かって来てたら、返り討ちにしてやるから私は構わないけど」
「リリィ」
本当は、本当は。ただの暗殺者として生きて来た私に、その子を育てる自覚と覚悟が無いのだけなのだけれども。
「リリィ殿。リンド皇国としての意見を。いいえ、皇后としての意見を言って良いでしょうか?」
皇后陛下は、皇帝に礼をした後、私に言って来た。
「何でしょう?」
「もし皇国への配慮があるのならば、それはリリィ殿が気にされなくてもよろしいです。陛下も同じ気持ちと思います。その御子の母は、正確にはわからないようですが、人の子の母としての意見を述べさせていただくなら、どうか育てていただきたいと思います。将来、周りの者が何か言う事もあるでしょう。それで曲がってしまうようなら、それまでの子です。その時は、陛下が適切な御判断をされることでしょう。今は心配しなくて良いです。まあ、リリィ殿のことでしょうから、それほど気にされてはいないでしょうが」
そう言うと、皇后陛下は優しく微笑んだ。
「もし、暗殺者として生きてたから避けているのが理由であるならば、それも必要ありません」
そして、キッとした顔に戻って私に言う。
「もしそうなら、私もサーフェイスを授かって産み育てる資格がなくなるでしょう。ですが、リンド皇国としては、それでは困る」
皇后陛下も、過去に何かあったのだろうか?
「そう。ですか」
「リリィ殿。本来なら、あなたは大神官として今ここに居たかもしれません。その様な覚悟の上で、御判断なさい。それでも、リリィ殿は
「……」
そこまで考えて嫌だと言ったわけでは無かった。
そして、その立場でと言われても、私に大神官の気持ちなど、想像もできない。
「預かって育てなさい。リリィ殿。その子を、永遠に閉じ込めるのは良くない事です。プレア様の時は、プレア様が頼って良い人が周りに居なかったのでしょう。ですが、今は違います。こうして、皆がいるのです。それに、”前の国再建”は、
「もしその子が、親と同じ事をするのならば。その時は、私も陛下に打ち倒すように進言いたします」
「そう。ですか」
皇后陛下は、そこまで覚悟しているのか?
「皇后陛下。ありがとうございます」
ローズが、私の代わりに礼を述べてくれた。
「リリィちゃん。私も、ちゃんと見てあげるから。私もまだ子供いないけど」
とローズ。
「リリィ殿。”前の国”のあの状況で、誰一人傷つけず、手を血で汚すことなく、王の座に近い立場でいる者は存在しない。自らの過去に捕らわれているとしたら、それでは何も先に進めぬ」
口を開いたかと思ったら、ガルドが偉そうに真面目な事を言った。
「別に恥じてはいない。悔やんでもいないぞ」
私は、悔し紛れに答えた。
「リリィよ。人の親になるのも、悪くはないのではないか?」
と、親方様が締めくくる様におっしゃった。
私は、親方様とシャトレーヌ婦人の二人を見た。
そうか、私が変に
親方様が、それを気にして言たわけじゃないと思うけど。
しかし、親方様としても、私を大神官の娘として育てられなかったことを、心の底では悔いているのかもしれない。
「畏まりました」
私は、決意した。
「連れて来て。……。私、育てます」
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