第3話 お前は刀から逃げられない

 隣接する街も、対峙する帝国軍も一望できる場所。暗灰の天幕の縁にランスロットの家紋が刺繍されている。


「騎士とは――生き様そのものが、平和オリーブを守る砦だ」


 戦場の地図が展開された作戦卓の向こう側、掲げられたグリフォンの王国旗を仰ぐルカ。


 我らが剣は、平和オリーブのために。

 騎士の常套句がひっそりとルカの口から洩れていた。

 

「ランスロット家は王家の懐刀。我らの振舞は兵たちの質に関わる」

「……」

「先程のロウゾが悪例の一つだ。奴は家柄を鼻にかけ街で横柄を繰り返している」


 入口で跪くヒトキに、冷たい視線が向けられる。


「貴様は奴隷だ。しかしランスロットの所有物だ。その矜持は身に沁み込ませろ」

「はい」

「次に醜態を晒したら斬る。それが俺の責任だ」

「申し訳ございませんでした、ルカ様。今度こそ……薪も、ちゃんと拾ってきます」

「当然だ。ただし戦闘中でなければな」


 意味深な発言だった。

 ヒトキの視線が奥に行くルカへと引きずられる。


「暖を取る方法など幾らでもあるわ。薪如きに貴様の命を使うなと言っている」

「はい、申し訳ございません」


 ぽろりと、自分が人であることを思い出させてくれるような発言。ルカの奴隷で良かった、故にこの人の役に立ちたい。そんな奮起が湧き上がるのも日常茶飯事である。


 奥から戻って来たルカの手には木椀が握られていた。湯気立つそれはルカの食事かと思い、顔を上げる。


「ルカ様、お食事の用意ならば私が……」

「貴様の毒見分だ」


 差し出される木椀。建前はいつも同じだ。


「……ありがとうございます」


 両手で受け取り口に運ぶ。

 美味しい。温かい。

 さっきまで冷たくなっていた心身全てに行き渡る。

 

 これを食べている間だけは、自分が『人斬り』であることを忘れられたような気がした。

 

「なんともありません」

「相分かった。ならば俺も食べよう。貴様も食しておけ。いざという時に空腹で動けぬなど言い訳は聞かんぞ」


 奴隷とは主人の前では食べない。地下房で投げられた餌で食い凌ぐ。主人が食べている間は様々な『使い』を熟す為、ペットのように近くで跪き備えている。

 

 そんな奴隷の常識を、この戦争で改めて知った。けれどルカはヒトキを奴隷として見ていても、生命である事を忘れる様な扱いはしない。寧ろ一緒に同じ時を過ごしてくれている。

 

「……森で帝国の奴らに襲われたか」

 

 例えば食事中、こんな問いかけをしてくれた。


「はい」

「貴様から見て、奴らは如何様な人物だった?」

「怖いと、感じました」

「それは正しい。奴らに攻め込まれた街や村は全て、筆舌に尽くしがたい目にあったのだからな」


 天幕の入口から帝国軍らしき集団が見える。自分たち王国軍の天敵。しかもあの3000人は帝国軍の一部らしい。


「あれを率いるは残虐非道で知られる帝国四天王が一人『竜将』だ。アレがこの拠点を超え王都にまで迫れば、前代未聞の殺戮が吹き荒れるであろう」

「う……」

「しかしそうはさせぬ。それがランスロットの騎士たる役目よ」


 続けてルカは、軍議では見られぬような多弁を見せる。

 例えば帝国軍は技術革新に成功した事。国力も質も帝国軍が上という事。

 20歳の自分が一軍の将であることに、不満を持つ味方も多いという事。

 敵軍を率いる『竜将』は悍ましいほどの実力を兼ね備えている事。

 けれどその『竜将』を倒してこそ王家の懐刀という戦意。


 実際の所ルカが話す内容の半分も分からない。けれどルカが本音を話してくれるこの時間がヒトキは好きだった。


「先程森で帝国の奴らと出くわした時、どう切り抜けた」


 飲み干した木椀を置くと、そんな問いを投げられた。

 

「奴らは持っていただろう。あの憎き魔術小銃マジックマスケットを。なのにどうやって……」

「よくわかっておりません。訳も分からず逃げていたら……」


 声が凍り付いた。ルカからの凝視が、明らかに裏へ隠している秘密へと向けられている


 しかし言えるはずがない。

 100年の歴史に埋もれた刀を拾ったなんて。

 戦えない筈の自分が二人を断頭していたなんて。

 『人斬り』に、なったかもしれないなんて。


「その、ルカ様。質問をしてもよいでしょうか」


 咄嗟に話題を転換する。


「珍しいな。許す」

「……もし『刀』のようなものを、帝国が作ったとしたら――」

「それは言ってはならぬ名だぞ」


 低い声で咎められ、小さく頭を下げる事しか出来なかった。


「当時は『人斬り』を飼いならし、戦争で使おうという考えもあったそうだ。戦争の根幹を揺るがす程の実力を有していたからな。実利を重んじるあの帝国が愚行に至るも一理はある」

「それほどまでに『人斬り』とは」

「……しかし皆須らく、亡国の憂き目にあった」

「……」

「そして刀を握った者は、全員が『人斬り』に成り果てた」


 100年前、幾つもの国が滅んだ。

 人斬りを制御する事は何人たりとて叶わなかった。

 『刀』を律し、人間で居られた者がいないように。

 

 その歴史をルカに語られると、手汗が溢れて仕方ない。


「有り得ぬ仮定ではあるが、もし仮に帝国が『刀』を古びた伝説から引っ張り出したとしよう」


 傍らから宝剣を掴むルカ。一見威厳を植え付ける絢爛な宝剣には、戦場で付いた数多の傷が付いていた。


「だがやることは変わらぬ。敵が古の天災であろうと、鍛え抜いたこの宝剣で斬り倒すまで――我らが剣は平和オリーブのために」


 刀の伝説を耳にしても、ルカの貌に漣は断たない。

 深く根を下ろした大樹の如く、人斬りの影を静かに見据えていた。


 何か言おうとしたヒトキの後ろ、天幕の入口に数名の甲冑を纏った兵が佇んでいた。

 

「休息中に申し訳ございません。ルカ様、物見から報告が……」

「分かった。外で聞こう」


 一人天幕に取り残されたヒトキは、徐々に自分の不吉な未来が鮮明になっていくのを感じた。

 

 ……ルカに斬られる。ランスロットの矜持を忘れた『人斬り』として、斬られる。

 

 死ぬのが怖い。けれどもこのまま自分が自分でなくなるくらいなら、ルカに引導を渡された方がいいのかもしれない。

 

 ――斬れ。

 

 ……現にルカの視界は鮮血に彩られた天幕と、黒羽織を着た『人斬り』の自分しか見えなくなっていたのだから。

 

 だが刀は置いてきた。もう自分が人斬りになる事は無い筈だ。

 

 ルカに切られることも無い筈だ。

 

 だからもう何も無い筈――。

 

 

「…………………………どうして」



 呼吸が断たれる。

 時間が断たれる。

 思考が断たれる。

 

 両断された希望から、絶望が顔を出す。

 

「あ、あ」


 『刀』が。

 森に捨ててきた筈の、人斬りの証左が。

 ルカの天幕で、静かに横たわっている。


◆◇


「不穏な動きがあるらしい。武器の準備は出来ているかヒトキ、今すぐ身支度を――」


 天幕に戻って来たルカを待ち受けていたのは、空白。

 そこには誰もいない。


「ヒトキ?」


 突如浚われたようにスープが零れている。それくらいしか変わったところはなかった。

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2026年1月19日 19:00
2026年1月20日 00:03
2026年1月20日 18:01

人斬り、怪刀嵐魔を断つ~神具『呪われし刀』を拾った奴隷が、それでも『英雄騎士』へ至る叙事詩~ かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中 @nonumbernoname0

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