第4話
「相談の意味は」
有本に告白した夜だった。
返事は、確かにもらった。
拒絶ではなかったし、傷つくような言葉でもなかった。
それなのに――中村の頭の中では、会話が何度も何度も再生されていた。
(あの時、ああ言えばよかったんじゃないか)
(いや、あれはまずかったかもしれない)
考え始めると、止まらない。
胸の奥が、落ち着きどころを失っている。
「……わからないな」
独り言が、暗い部屋に落ちる。
このまま一人で考えても、答えは出ない気がした。
中村はスマホを手に取り、千代田の名前を探す。
迷った末に送った短いメッセージ。
――今、ちょっといい?
返事はすぐに返ってきた。
《ん?》
《今度はデート後相談?顔に書いてあるんだけど》
「なんでわかるんだよ……」
画面に向かって苦笑する。
文字を打つ手が、頭の回転に追いつかない。
――通話でいい?
《別にいいよ》
画面が切り替わり、呼び出し音のあと、千代田の声が耳に届いた。
「こんばんは。で?」
その声だけで、少しだけ肩の力が抜ける。
「……もう言った後の顔だよね。中村、ちゃんと告白したでしょ」
図星だった。
「うん。有本に、告白してみた」
一瞬の沈黙のあと、弾けるような声が返ってくる。
「えっ、本当に!? 今日!? すごいじゃん……勇気出したんだね」
その反応に、胸の奥がじんわり温かくなる。
「で、有本の反応は?」
中村は、言葉を選びながら答えた。
「嫌いではない、って感じだった。好きって断言はされなかったけど」
「なるほどね」
千代田は、すぐに状況を飲み込んだらしい。
「でもそれ、結構前向きだよ。友達の延長線上ってことは、伸ばせる位置にいるってことだし」
理屈では、わかる。
でも、気持ちは追いつかない。
「有本さ、『恋って自然にそう思うようになるもの』って言ってた」
「あー、それ、有本らしい」
即答だった。
「決めるものじゃなくて、気づいたらそうなってる、って考え方。だから今すぐ恋人じゃなくても、大丈夫」
優しい言葉だった。
でも、中村の中には、どうしても残る違和感がある。
「でもさ……受け取り方によっては、やんわり断られてるよね」
「そう見える人もいるかもね。でも、断られてるわけじゃないよ」
千代田の声は、落ち着いていて、揺らがない。
「もし本当に嫌なら、あんな言い方しないし、一緒にいたいなんて言わない。だから安心して」
安心、という言葉に、胸が少し緩む。
「……なんで千代田には、こんなに普通に話せるんだろ」
ふと、そんな疑問が口をついて出た。
千代田は、少し笑ってから言った。
「それはね、中村が私に遠慮してないから」
言われて、はっとする。
確かに、有本の前では、ずっと自分をチェックしている。
変なことを言っていないか、間が悪くなかったか。
でも、今は違う。
「素のままでいられる相手がいるって、悪いことじゃないよ。むしろ、心を休ませてる状態」
「……休ませてくれてるんだね」
その言葉に、千代田は少し照れたように笑った。
「だから、有本の前で今すぐ同じようにできなくてもいい。本気だから緊張するんでしょ」
「本気だよ。こんなの、初めてかもしれない」
そう言った瞬間、自分でも驚くほど、言葉は素直だった。
しばらく話して、呼吸が落ち着いてきた頃。
中村は、冗談めかして言ってしまう。
「……千代田を好きになったら、楽だったのかな」
一瞬、空気が止まった。
「……もう。そういう冗談、ずるいんだけど」
でも、すぐに続けて、千代田はきちんと答えた。
「それは、安心と好意を混同しかけただけだよ。全然おかしくない」
安心できる。否定されない。弱いところを出せる。
だから、楽そうに見えただけ。
「中村が本当に欲しいのは、ドキドキも含めた関係でしょ」
その言葉に、何も言い返せなかった。
通話は、やがて終わった。
「今日はもう、十分がんばったよ。おやすみ」
「……ありがとう。おやすみ」
通話が切れ、部屋に静寂が戻る。
⸻
千代田は、スマホを胸に置いたまま、天井を見つめていた。
(なんで、私にそんなこと聞くんだよ)
自分は脇役だ。
見て、聞いて、支えるだけ。
気になっている人から連絡が来たら嬉しい。
でも同時に、苦しい。
マンガの中だけの感情だと思っていた。
こんな気持ちが、本当にあるなんて。
(……もう、あのマンガ読めない)
苦しくて、でも、少し幸せで。
(進むのは、私の方なのかもしれないな)
眠れない夜。
もう一度話したい気持ちを、必死で抑える。
もし話したら、
自分の気持ちを、抑えきれる自信がなかった。
LINEの通知音が鳴る。
(お願い……今日は、このまま眠らせて)
画面を伏せ、千代田は小さく呟いた。
「……おやすみ、中村」
答えのない夜が、静かに更けていった。
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