第3話
「勇気の結果」
結局、二学期になった。
何かが大きく変わったわけでもない。
有本との関係が進展したとも言えない。
ただ、時間だけが妙にきれいに過ぎていった。
壊れたものはない。
けれど、前に進んだ実感もない。
その「何も起きなかった感じ」が、いちばん胸に残った。
――でも。
千代田から、いろいろ話を聞いた。
あれは忠告であり、後押しであり、たぶん励ましだった。
少しだけ、勇気をもらった気がする。
勇気っていうのは、
怖さが消えることじゃなくて、
怖いままでも一歩踏み出せることなんだろう。
そう思いながら、家に帰り、夕飯を食べ終え、
風呂の順番待ちで自分の部屋に戻った。
スマホを手に取る。
――今なら、行けるか?
既読がつくかどうか。
それだけで心拍数が変わる自分が、情けなくて笑えた。
それでも、指は止まらなかった。
またあのショッピングモール行かない?
今度の週末とか……。
特に用事はないだろうけど。
送信。
もう取り消せない。
あとは、返事を待つだけだ。
少しして、画面が光った。
「……なにそれ、ちょっと回りくどい言い方」
思わず息を詰める。
「『特に用事はないだろうけど』って前置きするの、中村っぽいけどさ。
まぁ、嫌いじゃないけど」
その一文で、肩の力が抜けた。
「今度の週末ね。
土曜は用事あるけど、日曜の午後なら空いてるかな。
前みたいにプレゼント目的とかじゃなくてもいいなら」
――ダメじゃない。
それだけで、今日は少し報われた気がした。
勢いで、余計な一言を打ってしまう。
じゃぁ、デートって事でいいのかな?なんて。
「……もう、そういう言い方するんだから」
少し間が空いて、続く。
「うーん。
デートってことでいいよ。
誰に言い訳するでもないし。
ママにもそんな事言われたし」
デート。
その単語が、画面越しに妙な現実味を帯びる。
「ただし条件。
今度はちゃんとスイーツも食べようね」
思わず苦笑いする。
またドタキャンされたらなー、なんて言うかねー。
わかるよねー?
「なっ……今それ言う?」
慌てたような返事。
「ほんとに用事できたんだって。
逃げたとか、そういうのじゃないからね」
そして、少しだけ真面目な文。
「ちゃんと説明しないで帰ったのは、ちょっと悪かったかなって思ってる。
だから今回は、ちゃんと行く。約束」
――疑わない番。
そう言われて、胸の奥が少し締まった。
デートって事は……いや、なんでもない……。
「……なに?
そこで止めるの、ずるくない?」
言いたい。
でも今言ったら、この関係が変わってしまいそうで怖かった。
なんでもないよ、気にしないで。
「それは通らないでしょ」
「まぁ、言いたいことはだいたい想像つくけどさ」
――想像、ついてるんだ。
それが、少しだけ救いだった。
「重く考えなくていいよ。
今は一緒に出かけるってだけでいいじゃん」
「続きは、日曜にでも聞いてあげる。
その方が、ちょっと楽しいでしょ?」
その言葉に、喉が詰まる。
勢いで通話を提案しかけて、結局やめた。
今じゃない。
逃げたけど、自分で選んだ逃げだ。
日曜日に、ちゃんと顔を見て。
――もう逃げない。
そう決めた。
⸻
そして、約束の日は、あっという間に来た。
服を選び、鏡の前で何度も立ち位置を変える。
笑顔の練習なんて、普段なら絶対にしない。
玄関を出た瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
楽しみと不安が、同じ重さで押し寄せる。
モール前。
人が多い。
いつもの場所なのに、今日は少し違って見えた。
「あ」
「あ、中村。早いね」
――いた。
それだけで、全部報われた気がした。
並んで歩く。
肩と肩の距離が、思ったより近い。
ゲームの話をして、ショップを覗いて、
いつも通りのやり取りなのに、どこか特別だった。
そして、約束のスイーツ。
甘い匂いの中で、
千代田の言葉がふっと頭をよぎる。
――今だ。
食べ終わって、何気ない話の流れで、
気づけば口が動いていた。
「……僕のことは、どうなのかな」
心臓の音が、やけにうるさい。
少しの沈黙。
「嫌いだったら、今日ここに来てないよ」
それだけで、胸が軽くなる。
「一緒にいて楽しいし、安心するし……
だから、好きだよ」
ちゃんと言ってくれた。
でも。
「その『好き』が、今すぐ恋かって言われると……
まだ自信がない」
否定じゃない。
考えてくれている。
「今はね、
もう少し一緒に時間を重ねたいっていう『好き』」
それで、だめ?
胸の奥が、じんわり温かくなる。
「……それで、いい」
そう答えた自分の声は、思ったより落ち着いていた。
拒まれなかった。
決定打でもない。
でも、これはきっと――
ちゃんと前に進んでいる。
そう信じたかった。
……帰ったら、千代田に聞いてみようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます