第11話

日曜日の夕暮れ時、俺たちは泥と汗にまみれた姿でギルドの門を潜った。

 休日のこの時間は、朝から潜っていた冒険者たちが一斉に戻ってくる。受付カウンターの前には列ができ、酒場の方からは既に出来上がった連中の騒がしい声が聞こえてくる。俺たちはその喧騒を横目に、買取カウンターへと向かった。


 「次の方、どうぞ」


 事務的な呼び出しに応じ、俺たちはトレイに魔石の袋を置いた。ジャラリ、とぶちまけられた石の中に、通常のコボルトのものより一回り大きく、赤みを帯びた三つの塊が混じる。


 「……確認いたしました。通常のコボルト魔石が三十二個、一つ五千円。レッドコボルトの魔石が三個、こちらは一つ一万円になります。本日の買取価格、合計で十九万円になります」


 提示された金額に、健太が「また、一気に入ったな」と興奮した様子で肩を揺らした。十九万。学生の小遣い稼ぎの域を完全に超えた額だ。俺は現金の束と明細を掴むと、まだ落ち着かない様子の三人に向き直った。


 「……金の話は、場所を変えてからだ。ここでは目立ちすぎる」


 ギルドを出た俺たちは、昨日と同じファミレスのボックス席に落ち着いた。

 十九万円という現金がテーブルの端に置かれているが、三人の表情は昨日ほど浮ついてはいない。実戦、それも上位種との遭遇が、彼らの意識を「遊び」から引き剥がしつつあった。


 「……。まず、今日の反省会を始めるぞ」


 俺の言葉に、三人の表情が引き締まる。


 「まずは俺からだ。躰道の動きを実戦に組み込んだことで、確かに踏み込みや死角への潜り込みは格段に良くなった。レッドコボルトの攻撃をかわしてカウンターに繋げるのも、この肉体のバネなら可能だ。だが……問題は消耗だ。躰道の運足は全身をバネのように使い、常に軸を回転させ続ける。魔力による身体強化を併用してこれをやると、想像以上に体力を削られる。……俺は、今は体力があんまりないからな長期戦や連戦になった場合、今のままだと息切れする。もっと動きを省エネにする必要がある」


 スキル【既視感】で理想の動きを追える分、肉体にかかる負荷を見落としがちになる。動きそのものを、もっと合理的でハイコストにならない形へシフトしなければならない。


 「次は健太。お前は今日メイスの重さに助けられたな。【剛腕】の出力をインパクトに集中させるのは良くなってきたが、一撃を外した後の戻りが遅すぎる。レッドコボルトの爪なら、あの程度の隙があればお前の脇腹を深く引き裂くには十分だ。パワーに頼るな。武器に振り回されるな」


 「直樹は冷静すぎて手数が少ない。お前のエストックは隙間を縫うための武器だ。健太が崩して俺が潜る間、お前が牽制の刺突をもっと細かく入れていれば、さらに早く戦闘を終わらせられたはずだ」


 二人がそれぞれ自分の課題を噛みしめるように頷くのを見届け、最後に美咲へ視線を向けた。


 「最後、美咲。光の壁を背後に置く戦術は、咄嗟にあれができるのはお前の強みだ。及第点だよ」


 「……。新くん……」


 「ただ、トドメを刺す瞬間に槍を持つ手が少し震えていた。怖いのは当然だ。だが、壁で敵を固定している以上、お前が刺し損じると敵の反撃を一番近い距離で受けることになる。それは俺も避けたい。次はもっと俺たちを信じて、思い切りよく突いてみてくれ。……大丈夫だ、打ち漏らしても俺が必ずフォローするから」


 俺が少しトーンを落として伝えると、美咲は驚いたように顔を上げ、それから小さく、確かな足取りで頷いた。


 「……さて、次に今後の装備とパーティ構成の相談だ。俺はもっと動きをコンパクトにして、魔力に頼りすぎない形にする。そのための補助武器として『スタンバトン』の導入を考えている。魔力消費を抑えつつ、確実に物理的な隙を作れる道具が必要だ」


 「それと、もう一つ。……魔法系の攻撃スキルを持ったメンバーを一人、探すべきじゃないかと思ってる。物理に偏りすぎている今の構成だと、いずれ詰むからな」


 健太が「でも、誰か入れるにしても俺たちの特訓とか、バレてもいいのか?」と尋ねてくる。


 「練習内容……魔力の制御や効率を突き詰める手法自体は、見られても構わない。死にたくなければ誰だって同じような試行錯誤することだしな。ただ、俺がこういう立ち回りに詳しい理由を説明するのが面倒なんだ。俺たちがいた世界にはダンジョンなんてなかったし、俺がやってるのはファンタジー系のゲームなんかで培った知識や理論を、こっちの現実に落とし込んでるだけだからな。下手に説明しても『そんなゲームあったか?妄想も控えるように』ってバカにされるのがオチだ。だから、新しいメンバーを入れるなら、俺の指示を『そういうもの』として偏見なく受け入れて、余計な詮索をしない奴じゃないとダメだ」


 「なるほどね。効率重視のオタク理論についてこれる、柔軟な魔法使いか」


 直樹が納得したように頷く。

 十九万円を四人で均等に分ければ四万七千五百円。学生にとっては大金だが、消耗品の補充や次の装備への積立を考えれば、決して十分ではない。


 「……。よし、食おう。明日は月曜日、学校だ」


 日常の皮を被った非日常が、また明日から始まる。俺たちが今、こうしてファミレスで呑気にハンバーグを突っついていること自体が、実は最も贅沢なことなのかもしれない。

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禊新の二度目の謳歌 〜絶望して逃げ出した「俺」に代わって、平行世界で成り上がる お粥のぶぶ漬け @DAI1918

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