第10話
日曜日の朝、俺たちは再び「名もなき廃道」の入り口に立っていた。
昨日の特訓による全身の筋肉痛は、今も重く肉体に張り付いている。この世界にレベルアップによる全回復などという都合の良いものは存在しない。俺たちは入念にストレッチを行い、身体を温めることで、強引に戦える状態へとコンディションを調整した。
「いいか、今日の優先事項は美咲のレベリングだ。俺たちが敵の機動力を削ぎ、隙を作る。美咲、お前は俺たちの合図に合わせて、その新しい槍でトドメを刺せ」
「……。うん、分かった。昨日の練習を無駄にしないように頑張る」
美咲は、穂先の下に透明な魔石が埋め込まれた中古の槍を強く握り直した。その瞳には、昨日までの怯えではなく、パーティの一員としての責任感が宿っている。
ダンジョン内に入ると、昨日よりも深く、冷たい湿気が肌にまとわりついた。
奥へ進むにつれ、コボルトの出現頻度が上がっていく。最初の一体は、通路の角から飛び出してきた。
「健太、行け!」
「応よッ!」
健太が新調した長柄メイスを構え、前に出る。昨日の特訓通り、彼は振り出しの瞬間には魔力を抑え、インパクトの直前にだけ【剛腕】の出力を集中させた。
ゴッ、という重い音と共に、コボルトの左肩が粉砕される。骨が砕ける感触がメイスを通じて伝わっているはずだが、健太の動きに迷いはない。
「今だ、美咲!」
直樹がエストックでコボルトの喉元を牽制し、動きを止める。
美咲は鋭く一歩踏み込み、昨日練習した「突き」を放った。だが、まだ身体強化に不慣れな彼女の突きは、踏み込みの力が逃げ、威力が分散しそうになる。
(……。今だ、美咲。昨日教えたように光の壁を上手くつかえ)
俺が注視する中、美咲は自身のスキルを発動させた。
スキル【光の加護】。
彼女は攻撃対象であるコボルトの背後に、小さな「光の壁」を出現させた。逃げ場を失ったコボルトが壁と槍の間に挟まれる形となり、美咲の不十分な突きを光の壁が背後からしっかりと受け止める。壁に固定されたコボルトの胸を、槍が確実に貫いた。
コボルトは短い悲鳴を上げて、光の塵へと消えていった。
「……刺した時のあの感触、壁が支えになってちゃんと刺せた」
「よし、次だ。一、二体で満足するな。美咲のレベルが3に上がるまで、この『お膳立て』を繰り返すぞ」
俺は剣鉈を抜き、周囲の警戒を強める。
奥へ進むほど、コボルトの個体強度が増し、時には三体、四体の集団で襲いかかってくるようになった。ギルドの規定によれば、このあたりは「新人推奨」の枠を外れ始める難易度だ。だが、今の俺たちには「出力制限」による余裕がある。
俺は躰道の動きを意識し、低い姿勢から独特にうねるような運足でコボルトの懐に潜り込んだ。
(同期しろ。既視感の教えてくる残像をなぞれ)
スキル【既視感】に魔力を注ぎ込み、脳内に理想の軌跡を固定する。コボルトが棍棒を振り下ろすより早く、軸をずらしながら沈み込み、床を蹴る。身体の捻りをバネに変え、斜め下から顎を狙った強烈な蹴り上げを叩き込んだ。
脳が揺れ、仰け反ったコボルトの首筋を、続く流れるような抜刀で斬り裂く。
若すぎる肉体が持つバネを、体全体を使った三次元的な体捌きと打撃が最大限に引き出していた。
数時間の激戦を経て、ついに美咲の全身が淡い光に包まれた。
「……あ、上がった……! レベル3になったよ!」
美咲が弾んだ声を上げる。それと同時に、彼女から発せられる魔力の総量が明らかに増大した。
「よし、全員がレベル3だ。地力は揃ったな。……美咲、感覚はどうだ。昨日教えた槍の取り回し、今の出力で制御できるか?」
「うん、身体が軽くなったみたい。槍の重さも、さっきよりずっと馴染んでる」
「なら予定通りだ。ここからは効率よく稼ぎながら、さらに少しだけ潜る」
俺はマップを確認し、未踏エリアへと視線を向けた。
未踏エリアは、これまでの通路よりも道幅が広く、壁には発光する苔が群生していた。
その空間に足を踏み入れた瞬間、これまでのコボルトとは明らかに違う「圧」が迫ってくる。
「……来るぞ。全員、陣形を維持しろ!」
通路の奥から現れたのは、通常のコボルトよりも一回り大きく、全身が赤い毛に覆われた「レッドコボルト」だった。ギルドの討伐難易度でも、コボルトとは明確にランクが分けられている上位種だ。しかも、一体ではない。三体。
「健太は右、直樹は左を受け持て! 美咲、お前は槍で遊撃だ。俺たちが撃ち漏らした奴を『壁』で足止め!」
戦闘が開始される。レッドコボルトの動きは速く、攻撃も重い。
健太はメイスのリーチを活かして二体を同時に相手取り、重量級の打撃でその機動力を削いでいく。直樹はエストックの精密な刺突で、レッドコボルトの急所を的確に狙う。
俺は中心に位置するリーダー格のレッドコボルトと対峙した。
相手が咆哮と共に棍棒を振り下ろす。俺はそれを螺旋を描くような回避でかわし、そのままの回転を加速させて右足を振り抜く。遠心力を完璧に乗せた後ろ回し蹴りがレッドコボルトの側頭部を捉え、その巨体を大きくたじろがせた。
「美咲、背後を固めろ!」
「……はいっ!」
美咲が槍を突き出しながら、レッドコボルトの背後に即座に光の壁を展開する。後退を許さない強固な光の質量に押し込まれる形で、レッドコボルトは逃げ場を失い、俺と美咲の波状攻撃をその身に受けた。
戦闘が収まると、そこには三つの大きな魔石が転がっていた。
全員が激しい呼吸を繰り返しながらも、その瞳には勝利の確信が満ちている。
「……勝てたね。上位種相手に、こんなに圧倒できるなんて」
直樹が汗を拭いながら微笑む。
「ああ。だが、ここから先はモンスターの密度も格段に上がるはずだ。主(ぬし)が待ち構える最深部ともなれば、さらに難易度が跳ね上がるだろう。……今の俺たちじゃ、まだ入り口を抜けた程度に過ぎない」
俺は魔石を拾い上げ、暗い通路の先を見据えた。そんなに簡単に主の元へ辿り着けるなら、とっくにベテラン冒険者たちに食い尽くされている。主の居室とそれ以外のエリアでは、適正とされる実力の基準がまるで違うのだ。
「今日はここまでだ。深追いはしない。このエリアでの連携を完璧にしてから、次へ進むぞ」
俺の言葉に、不満を漏らす者はいない。むしろ、慎重に自分たちの成長を噛みしめるように、三人は力強く頷いた。
血の臭いと魔力の残滓、そして確かな自信を纏い、俺たちは入り口に向けて引き返し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます