第7話
夜の帳が降りた街を、泥と血の匂いを薄く纏った四人が歩く。
向かう先は、二十四時間営業しているギルドの換金受付だ。金曜日の夜ということもあり、店内は仕事を終えた荒くれ者や、疲れ果てた表情の探索者たちで混み合っていた。
俺たちは列に並び、自分たちの順番を待つ。背後では、屈強な男たちが「今日はオークの群れに当たって死にかけた」だの「ポーション代で赤字だ」だのと気炎を吐いている。
やがて俺たちの番が来ると、受付の女性は学生服を着た俺たちを見て、少しだけ眉を上げた。
「はい、お疲れ様です。……新人さんですね。査定品をトレイに出してください」
俺たちは指示通り、二十数個の小さな魔石と、コボルトが落とした錆びた短剣や鉄屑、そして健太のリュックを占領していた魔銅の原石をカウンターに並べた。
「……。魔石は二十六個。短剣は三本……これは鉄屑扱いですね。……おや?」
女性の手が、赤みを帯びた重厚な鉱石――魔銅の原石で止まった。彼女はそれを手慣れた手つきで鑑定機にかけ、表示された数値を見て少しだけ目を丸くした。
「……魔銅、ですね。しかもこれ、純度がかなり高い。F級の『名もなき廃道』でこれが採れるのは珍しいわ。運がよかったのかしら」
彼女は手早く計算機を叩き、査定額の明細を表示させた。
「本日の査定額です。魔石が二万六千円。鉄屑が千五百円。そして魔銅……純度八十パーセント超えが九キロ。こちら、一キロ三万円での買取となりますので、二十七万円。合計で二十九万七千五百円になります。……ギルド手数料を差し引いて、二十六万七千七百五十円。こちらでよろしいですか?」
「っ……!?」
健太が変な声を上げた。直樹は眼鏡を指で押し上げながら、数字を二度見している。美咲に至っては、聞いたこともない金額にただ呆然としていた。
「……ああ、それで頼む」
俺だけが平静を装い、ギルドカードに報酬をチャージさせた。
ギルドを出た後、近くのファミレスに逃げ込むように入り、四人でテーブルを囲んだ。
「……おい、新。二十六万だぞ。一人六万五千円……。放課後の数時間で、俺たちの小遣い一年分以上を稼いじまったぞ……!」
健太が声を殺しながらも興奮を隠せずに身を乗り出す。だが、俺は冷めた紅茶を一口飲み、冷徹な現実を口にした。
「……浮かれるな。この金で何ができるか考えてみろ」
俺はテーブルにギルドカードを置き、三人の顔を順番に見据えた。
「まず、美咲と直樹。お前らの武装はレンタルだ。借り物は自分の手足にはならないし、いつまでも他人の基準で戦わされるのは効率が悪すぎる。まずは自分専用の得物を買う。……それから健太、お前もだ」
「えっ、俺か? 俺は篭手があるし、これ結構しっくりきてるぜ?」
「甘い。今日、数に押された時のことを思い出せ。お前の【剛腕】を乗せた拳は確かに強力だが、所詮は一対一の『点の攻撃』だ。一体を粉砕する間に他の奴らに詰め寄られる。その篭手はあくまで補助だ。次からは、リーチを活かして複数をなぎ払える長柄の『メイス』を併用しろ」
「メイス……? 殴る棒か?」
「ああ。重量のある長柄武器なら、お前の膂力を『面』の破壊力に変えられる。開けた場所でコボルトの群れをまとめて叩き潰すにはそれが最適だ。……もっとも、廃道のような狭い通路じゃ振り回す空間がない。そこでは今まで通り拳メインになるだろうが、状況に応じて使い分けられないのは致命的だぞ」
俺はため息をつき、自分の剣鉈を軽く叩いた。
「俺のこれも、所詮はつなぎの中古の安物だ。今は良くても、すぐにどこかで買い換えることになる。……六万なんて金、まともな武器を一振り買えば消えてなくなる端金だ。装備の買い替えにポーション代の積み立て……浮かれている余裕なんてどこにもない」
「……そうか。武器を揃えるだけで、もう赤字寸前なんだな」
健太がようやく落ち着きを取り戻し、真剣な表情で頷いた。
「それに、問題は金だけじゃない。レベルが上がって器が大きくなった結果、俺たちの出力は向上したが、同時に肉体の制御との『ズレ』も深刻になった。……いいか、魔力による身体強化は、本来は俺たちが持ち得ない異質な感覚だ。レベルが上がって強化の度合いが強まりすぎたせいで、自分の感覚以上に身体が動きすぎている」
(……おまけに俺の場合は、三十代の鈍った感覚のまま十六歳の肉体に入った弊害もある。この肉体の若さゆえのキレに、意識の置き所が追いついていないんだ)
口には出せないが、この肉体のギャップこそが最大の懸念だった。
「今の俺は、一歩踏み込むたびにブレーキの効きが悪い車に乗っているような気分だ。……だが、絶望的な話じゃない。魔力レベルが上がる頻度を増やし、身体強化の状態を日常的に維持できるようになれば、この異質な感覚にも脳がすぐ適応できるはずだ。要は、今の出力に慣れるための場数が足りない」
「……美咲ちゃんもレベル1のままだ。彼女をどうやって戦闘に組み込んで場数を踏ませるかも、装備の見直しとセットで考えないとね」
直樹の言葉に、俺は頷く。
「明日の土曜日は、この金を持って装備を新調するぞ。……いいか、俺たちはまだスタートラインの砂を蹴ったばかりだ。満足して足を止める奴は、ここから先、一緒に隣を歩けない」
俺の冷徹な言葉に、仲間たちは静かに、しかし決意の籠もった瞳で頷いた。
夜のファミレス、ドリンクバーの安っぽい喧騒の中で、俺たちは現実という名の重い鎖を、自らの意志で繋ぎ直していた。
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