第6話

さらに奥へと足を踏み入れると、地下通路の湿度は増し、壁面には微かに発光する苔がへばり付いていた。

 先程の初戦で得た教訓は大きい。新は意識と肉体の「数センチのズレ」を修正するため、歩くたびに魔力循環を微調整し、自分の手足がどこまで伸び、どれほどの出力で地面を蹴るのかを脳内のマップに上書きし続けていた。

 ふと、前方を進んでいた直樹が足を止め、エストックの先で地面を指し示した。


 「……新、見て。落とし物だ」


 そこには、泥にまみれた古びたピッケルが転がっていた。新はその場に屈み、周囲の状況を観察する。壁には鋭い爪痕があり、地面には引きずったような跡が薄く残っている。


 「別の探索者がコボルトに襲われたのか、あるいはパニックになって捨てて逃げたか。……だが、それだけじゃないな」


 新が視線を上げた先、ピッケルが転がっていた付近の壁が、不自然に剥落していた。剥き出しになった岩肌の奥から、鈍い赤みを帯びた金属の光沢が覗いている。


 「……魔銅だ。しかも、かなり純度が高い」


 「本当だ……。この崩れ方、さっきまで探索者が掘りかけていたのかもしれないね」


 直樹の【構造把握】が、壁の奥に眠る鉱脈の広がりをスキャンするように捉えた。


 「よし、予定変更だ。ここで採掘していく。換金効率を考えれば、コボルトの魔石を追うよりずっといい」


 新の判断に、健太が「任せろ」と篭手を外して、捨てられていたピッケルのマシな方を拾い上げた。


 「健太、お前の【剛腕】は採掘にも向いている。ただし、スキルを使うのは岩を砕く一瞬だけだ」


 「了解!」


 健太が壁に向かい、直樹が「そこ、左から三センチ下」と的確に指示を飛ばす。

 カキィィィン!

 静まり返った地下通路に、鋭い金属音が鳴り響いた。

 案の定、その音は「彼ら」にとって最高の合図となった。

 通路の奥から、一つ、また一つと濁った瞳が浮かび上がる。最初は単独、次に二体。採掘の音に釣られたコボルトたちが、獲物を求めて次々と現れる。

 新は剣鉈を構え、迎撃に移った。


 (落ち着け。一歩目は意識より短く……!)


 飛びかかってきたコボルトの爪を、新は最小限の動きで受け流す。一歩目のズレはまだ完全には消えていないが、若すぎる肉体の瞬発力を無理やりねじ伏せて剣鉈を叩き込んだ。

 だが、敵は途切れなかった。「カキンッ!」という健太の採掘音に合わせて、闇の奥から現れる個体が増えていく。三体、四体。美咲を守りながらの戦いは、新一人では手数が足りなくなり始めていた。


 「美咲、光の壁だ! 俺の左側を塞げ!」


 「えっ……あ、はいっ! 【光の加護】……!」


 美咲が必死に杖を突き出すと、新の左側に淡く輝く膜が展開された。

 パリンッ!

 直後、コボルトの体当たりを受けて、壁はあっけなく砕け散った。美咲の魔力レベルでは、物理的な衝突に耐えるだけの強度がまだ備わっていない。


 「健太! 直樹! 中断だ! 応援に来い!」


 新の叫びを聞き、健太がピッケルを放り捨てて叫んだ。

 「待ってましたッ!」


 健太は残った魔力を振り絞り、スキル【剛腕】を一瞬だけ全開にする。直樹もエストックを構え、構造上の弱点を的確に射抜いていく。

 美咲は震えながら、自分の魔力を健太へと流し込む。


 「健太くん、これ……使って! 【魔力譲渡】!」


 美咲の魔力を得た健太の拳が、密集していたコボルトをまとめて壁まで消し飛ばした。

 採掘ポイントの敵を掃討した瞬間、三人のドックタグが熱を帯びた。


 「……レベルが上がった。2だ」

 新が呟く。身体の奥から力が湧き、先程までの疲労が和らぐ。だが、安堵する暇はなかった。


 「鉱石を回収してすぐに引くぞ。音が響きすぎた、囲まれる前に脱出する!」


 健太が魔銅をリュックに詰め込み、四人は急いで元来た道を駆け出した。

 だが、帰り道はさらに過酷な連戦となった。

 通路の至る所から、音に釣られたコボルトの群れが湧き出してくる。


 「邪魔だッ!」


 新は剣鉈を振るい、道を切り開く。レベル2になったことで、肉体のスペックはさらに向上していた。


 (……クソッ、余計にズレやがる……!)


 魔力が増えたことで、一振りの威力が増した半面、制御の難易度がまた少し上がった。踏み込みが深くなりすぎ、敵を斬った後の硬直が長くなる。意識の命令に対し、肉体が過剰に反応してしまうのだ。

 それでも、新はスキル:既視感を総動員し、強引に体勢を立て直しながらコボルトを全滅させていく。健太の拳が敵を粉砕し、直樹のエストックが急所を貫き続けた。

 地上への階段がようやく見えた頃。

 三人のタグが再び激しく明滅し、刻印された数字が『3』へと書き換わった。

 一方で、後方支援に徹した美咲のタグは、無情にも『1』のままだった。


 「……私だけ、変わってない」


 美咲が小さく呟くが、今はそれを慰める余裕すらなかった。

 ダンジョンの外へ出ると、夜の冷気が火照った身体を冷やした。


 「……はぁ、はぁ。レベル3……魔力が溢れてくる感覚だぜ」


 健太が荒い息をつきながらも興奮気味に言ったが、新は厳しい表情のまま、震える自分の手を見つめていた。


 「喜ぶな健太。魔力が上がったせいで、身体強化が効きすぎて制御が難しい。……これほどズレるとはな」


 「えっ、レベルが上がったのにダメなのかよ?」


 「性能が上がっても、操縦が追いついてなきゃ事故るだけだ。このままじゃ次は自滅する。レベルアップの頻度が上がればすぐ慣れるんだろうが俺たちは魔力なんてものが無いとこから来てる。レベル1の状態でも手綱を握れきれていなかったんだ……一度、広い場所でこの身体を慣らし直す必要がある」


 新は、手元に残った数個の魔石と魔銅、そしてコボルトが落とした錆びた短剣を見つめた。


 「……それに、武装だ。レベル3の出力に見合った、より効率的な『攻撃方法』を確立しなきゃならん。美咲、お前のスキルもだ。熟練度を上げれば壁で敵を押し潰したり、ライトを目潰しに応用したりできるはずだが……現状のままじゃリスクが高すぎる」


 新は夜の公園を見据えた。


 「魔力レベルを上げること。武装を見直すこと。そして、この肉体の出力に意識を同期させること。……課題が山積みだな」


 レベル3に到達した三人。そして、取り残されたレベル1。

 初めての探索は、確かな収穫と、変わったことにより感覚を制御しきれていない、そんな重い課題を彼らに突きつけていた。

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