第8話

土曜日の午前中、俺たちは再びギルドを訪れていた。昨日、あれほどの大金に沸いた空気はもうない。新調する装備のリストと、その代金の見積もりを前に、健太たちの顔には緊張が走っていた。


 「昨日の報酬、二十六万七千円。……悪いが、これは分配しない。全てパーティの共有資金として、装備と消耗品に回す。稼ぎが安定するまではこの方式で行くぞ」


 俺の言葉に、異論を唱える者はいなかった。自分たちの実力が、まだ「自分の取り分」を主張できる域に達していないことを、昨日の戦いで痛感したからだろう。

 ギルドに併設された武器屋の重い扉を潜ると、油と鉄の混じった独特の臭いが鼻を突いた。


 「おい、ここの中古品コーナーから選ぶぞ。新品の魔導武器なんかはまだ高嶺の花だ」


 俺たちは棚を漁り、実用性だけを基準に得物を選別していく。

 健太には、頭部が重厚な鉄塊となった長柄のメイス。直樹には、刀身の細い中古のエストック。そして美咲には、穂先の手前に小さな魔石が埋め込まれた中古の槍を買い与えた。ただの杖ではなく「槍」にしたのは、レベルを上げるために止めを出来るようにと、いざという時に自分を守るためのリーチと、魔法媒体としての機能を両立させるためだ。

 結局、昨日の成果のほとんどがカウンターに消えていった。俺の剣鉈はまだ使えるため、今回は見送った。


 「……。本当に、全部なくなっちゃったね」


 装備を抱え、ギルドを出た美咲がぽつりと呟いた。

 その横顔を見て、俺は少しだけ眉を潜める。彼女は今日、一度も笑っていない。


 (……。無理もないか)


 新調した「槍」の重みが、彼女に現実を突きつけている。ここは、魔物と殺し合うことが日常の世界だ。


 「……美咲?」


 健太が足を止め、心配そうに彼女を覗き込んだ。


 「あ……ううん、大丈夫。……ただ、昨日からずっと、夢を見てるみたいで。……ここ、本当に私のいた世界と同じ場所なのかなって。……怖くなって、我慢してたんだけど」


 美咲の瞳に、薄く涙が膜を張る。

 昨日までは生きるために必死だった。だが、一度落ち着いて「武器」を買い揃えた今、自分が後戻りできない場所にいることを自覚してしまったのだろう。


 「……大丈夫だって! ほら、俺もいるし、新も直樹もいる」


 健太が彼女の肩に大きな手を置いた。柄にもなく、優しい声だった。


 「美咲を一人で戦わせやしない。……俺のこの【剛腕】は、お前を守るためにあるんだからな。なっ?」


 健太が力こぶを作って見せると、美咲は一瞬驚いたように目を見開き、それから少しだけ頬を染めて俯いた。


 「……うん。ありがとう、健太くん」


 そんな二人から少し離れた場所で、直樹が俺の隣に並び、眼鏡を指で直しながら小声で囁いてきた。


 「……新、見たかい? 美咲ちゃん、健太のことをかなり意識してるみたいだけど」


 「そうか」


 「そうかって……いいのかい? 君、美咲ちゃんのこと、なんとも思ってないの?」


 直樹の問いに、俺は少しだけ前世の記憶を反芻した。三十代の男としての精神年齢からすれば、高校生の恋仲など微笑ましい以外の何物でもない。


 「……友人の恋愛事情には興味があるが、上手くいくなら普通に祝福するさ。……というか、今の状況で守るべきものが増えるのは、健太にとって良い発破になるだろうよ」


 俺が淡々と答えると、直樹は毒気を抜かれたような顔をして肩をすくめた。


 「……。相変わらず、達観してるというか、冷めてるというか。……まあ、君がそう言うならそんなもんか」


 直樹は納得したように頷き、前を歩く二人を追って歩き出した。


 「おい、お熱いのはいいが、午後は特訓だぞ。河川敷まで歩くからな!」


 俺の呼びかけに、健太が慌てて「わ、分かってるよ!」と美咲から離れる。


 (……。青春だな)


 そんな感慨に耽る暇はない。

 手にした新しい武器、そして魔力レベル3の身体強化使用の肉体。

 それらを完全に「同期」させなければ、明日からの戦場はさらに過酷なものになる。俺は腰の剣鉈の感触を確かめ、重い一歩を踏み出した。

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