第5話

金曜日の夕暮れ。放課後の開放感に浮き足立つ街の喧騒を背に、俺たちは「探索者ギルド・支部」での登録を終え、その足で公園の片隅にあるダンジョンへと向かっていた。

 日が落ち始め、長く伸びた影が公園の地面を侵食していく。噴水広場の中央に口を開けた巨大な亀裂――「名もなき廃道」の入り口は、日常のすぐ隣にありながら、そこだけが異界の冷気を吐き出していた。


 「……さて、潜る前に最終確認だ。各自、武装をチェックしろ」


 俺の声に、三人がそれぞれの得物を確認する。

 俺が用意したのは、中古の『剣鉈(けんなた)』だ。洗練された長剣よりも、この湿った地下で振り回すには適度な重みと頑丈さがある。


 健太の腕には、鈍い光沢を放つ鉄製の『篭手(ガントレット)』。彼の【剛腕】から繰り出される衝撃を支え、同時にその拳を武器に変えるための選択だ。


 美咲が握っているのは、ギルドで安くレンタルできた『魔石付きのスタッフ』。先端に埋め込まれた小粒な魔石が、彼女の乏しい魔力を補助してくれる。


 そして直樹の手には、同じくレンタル品である細身の『エストック』。刃のない、突くためだけに特化されたその剣先を、直樹は慎重に検分していた。


「僕の【構造把握】で敵の装甲の隙間や魔力の核を見抜けば、斬る必要はないからね。確実に急所を貫くにはこれが一番だ」


 「よし。直樹、仕入れた情報を頼む」


 「了解。F級・地下型ダンジョン『名もなき廃道』。主なモンスターは『コボルト』。犬顔の人型で、鼻が利くから奇襲の隠密性は低い。設置されている罠は単純な『落とし穴』程度らしいけど、僕の【構造把握】で地面の強度を逐次チェックするよ」


 「ドロップアイテムはどうだ?」


 健太の問いに、直樹は端末の情報を読み上げる。


 「基本は、奴らの心臓付近にある魔石。それと、運が良ければ壁を掘ることで魔鉄や魔銅が手に入る。一応、コボルトが持っている武器もドロップ品として持ち帰れるけど、粗悪品ばかりで二束三文にしかならないらしい。基本は魔石と鉱石を狙うことになるな」


 俺は腰の剣鉈を軽く叩き、内側の熱――魔力に意識を向けた。

 この数日の検証で、スキルを通さない『魔力による身体強化』の存在は確信していた。だが、今の俺たちはまだ、ドックタグに刻印された通り『魔力レベル1』のひよっこだ。

 特に健太の【剛腕】は、スキル回路を通すことで腕力と体幹を劇的に引き上げるが、その分、燃費が悪い。


 「健太、お前のスキルは今のレベルだと、せいぜい一撃ごとに一気に持っていかれるはずだ。スキルは『打撃の瞬間』にだけ合わせろ。移動や防御は素の身体強化で凌ぐ。いいな?」


 「……分かった。一発勝負、集中するぜ」


 階段を下りる。一歩ごとに外光が遠ざかり、魔導松明の青白い燐光が湿った岩肌を照らし出す。

 地下に満ちる高濃度の魔力が、肺の奥を刺激して重苦しさを増していく。


 「……来るぞ。二体だ。角を曲がってすぐ、左右に分かれてる。直樹、床は?」


 「……問題ない。右の個体、肋骨の三番目あたりに魔力の核。そこが急所だよ」


 俺は無言で合図を送り、角へと飛び出した。


 (……一歩目で詰め――ッ!?)


 その瞬間、肉体のレスポンスが予想を遥かに上回った。

 俺の意識にあるのは、三十代の衰え始めた肉体のイメージだ。だが、現実に動いているのは若く、魔力に満ちた十六歳の身体。

 一歩踏み込むつもりが、地面を蹴りすぎて弾丸のように飛び出してしまった。想定よりも数十センチほど「早く」前に出てしまい、攻撃のタイミングに致命的なズレが生じる。


 「ギャウッ!?」


 コボルトも驚愕しているが、俺自身のほうが焦っていた。前のめりになり、重心が崩れかける。


 「……くおっ!」


 【既視感】が教える「正解の動き」を、崩れた体勢から無理やり力尽くでなぞる。

 強引に剣鉈を払い、直樹の指摘した急所を掠めた。急所を完全に捉えきれなかったが、レベル1の魔力を乗せた刃でも、コボルトを霧散させるには十分だった。


 (危ねえ……。イメージより身体が動きすぎる。このギャップは厄介だぞ)


 「次は俺だッ!」


 健太が左側の個体へと突っ込む。

 コボルトの爪を、素の身体強化でギリギリまで引き付けてかわす。

 そして、カウンターの瞬間だけスキル【剛腕】を起動。

 ドゴッ!

 篭手がコボルトの顔面を捉え、歪ませる。吹き飛ばされた個体は壁に激突し、霧へと変わった。その後に残ったのは、米粒ほどの魔石と、錆びついて刃こぼれした、見るからに質の悪い短剣だった。


 「……くそ、腕が痺れる。一発でこれかよ。おまけにこの武器、マジでゴミだな。これじゃ換金しても雀の涙だぜ」


 健太が荒い息をつき、篭手をはめた右腕をさすりながら床に転がった短剣を蹴った。


 「油断するな。今のはかなり浪費したはずだ。……直樹、美咲、周囲を警戒」


 「了解。……新、君の指揮がなければ、今ので健太は魔力切れを起こしてたかもね。でも君も、今の踏み込み……ちょっと危なかったよ?」


 「……ああ。イメージと肉体が噛み合ってない。早急に慣れる必要があるな」


 俺は内心で、あっちの住人たちが絶望して逃げ出した理由を反芻していた。


 (初ダンジョンだが、俺たちでこの疲労。スキルが外れだっただけじゃない。あいつらには、この不自由さを工夫で埋める知恵も、魔力操作のセンスもこれっぽっちもなかったんだ。その上で、現実に抗うだけの精神も弱かった……。ゴミみたいな資質に、ゴミみたいな精神。そりゃ逃げ出したくもなるか)


 残酷な結論だが、それが真実だろう。


 「……美咲、健太くんに少しだけ加護を」


 「……うん。健太くん、動かさないでね」


 美咲が駆け寄り、スタッフを介して淡い光を健太の腕に流す。


 「……はぁ、助かる。……しかし新、これ魔力レベル1ってのは本気で考えものだな。一戦ごとにこれじゃ、奥まで持たねえぞ」


 「全くだね。今の健太のスキル出力じゃ、数で押されたらジリ貧だ」


 直樹も、手にしたエストックの感触を確かめながら同意するように頷く。


 「ああ。だからこそ、今は無理な連戦は避ける。魔力効率を上げるコツを掴みながら進むぞ」


 俺は床に落ちた、小さな魔石を拾い上げた。


 「……これがF級の現実か。よし、進むぞ。無駄を削ぎ落として、効率よく稼ぐぞ」


 俺は魔石をポケットに放り込み、闇の奥へと足を踏み出した。

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