第3話 指先に……

 



 夕暮れの帰り道、わたくしの脳裏にリーシャの姿がリフレインする。

 せっかくハルロ様と二人きりなのに、なかなかお邪魔虫の彼女を思考から追い出しきれない。


 アカデミーからわたくしの過ごす邸宅までは、歩いてもほんの五分程度の道のりしかないのに!

 

 ハルロ様と久しぶりの二人きりなのに……。


 まだ少し肌寒いけれど、もう春の気配はすぐそこまで来ている。

 あと少ししたら、和平成立記念日が訪れて、わたくしたちは結婚する。


 その為の準備でお忙しいのはわかっていても。

 最近少しもゆっくりお話しできないことがもどかしい。


「ハルロ様……あの、よろしければ少し、わたくしの家でお茶でも……」


 だから扉の前で家の者を呼ぶ前に、わたくしは思い切って切り出した。


「ごめんね。せっかく君が誘ってくれたのは嬉しいのだけど……まだいろいろと立て込んでいるんだ。レディ・ルティカ……また今度、次は僕の方からお誘いするよ。……今日は、これで。おやすみ」


 ハルロ様は至極残念そうに目を伏せられ首を横に振った。空はすっかり暗くなって、街灯に照らし出されるお顔は影のよう。

 けれど確かに寂しそうな微笑みが……。


 その顔にキュッと心が掴まれる。


 ふいに、ハルロ様がわたくしの手を取り……その指先に……き、キス!!!!


「は、はゎ…………」


 ◇◇◇


 ハルロ様が邸の呼び鈴を鳴らし、ばぁやが出迎えてくれる間、わたくしはずっと夢うつつで……。

 ちゃんとお見送りできたかしら。

 気付いたらハルロ様は居ないし、わたくしは夕飯も終えてお風呂に入っていたわ。


「………………もう、ハルロ様ったら」


 指先がずっと熱い。

 確かに触れた、ほんの微かな唇の感触。


 あの方と夫婦になったら……わたくしは……


「し、しちゃうんだわ……! き、キス……こ、今度は……く、く、唇……!? きゃぁぁはしたないわルティカ!」


 もう間もなくの将来にドキドキする。


 初めてお会いした時から、ずっと憧れた素敵なお方……。


 あのハルロ様と、わたくしが夫婦になるんだわ。

 神聖なる託宣がそう告げたのだもの。

 わたくしたちは運命の相手同士。

 幸せで、その上両国の絆は深まって、平和も維持されて……。


「はぁ……素敵。ずっとお祈りしたもの、わたくし。……あの方と結婚できますようにって」


 貴族の結婚には、神様の許しが必要だって習ってから……ずっとずっと祈ったの。

 お祈りが通じて……わたくしたちは運命で……


 ハルロ様の口付けを受けた指先を見つめる。

 昨日ばぁやが磨いてくれたばかりのタイミングでよかった……。

 

 指先に、そうっと唇を押し付けてみる。


 指先どころか全身どこもかしこも熱くてほてる。


「ゃ、やだ、このままじゃ……のぼせてしまいそう……」


 長湯は禁物だわ。


「ばぁや、上がるわ!」

「はぁいお嬢様、ただいま参りますぅ」


 ばぁやの広げたふかふかのタオルに包まれて、ナイトドレスに着替え髪を乾かし手入れをして。

 少しずつほてった肌も落ち着いてくる。


「少し長湯でございましたねぇ、ご気分は悪くありませんかお嬢様」

「……もう。そんなに心配しなくともよくってよ」


 ばぁやはとにかく心配性で困ってしまうわ。

 わたくしが以前、一度高熱で三日三晩生死の境を彷徨ったことがあるから仕方ないのだけれど。

 そんなこと忘れてしまっていたくらい、わたくしはすっかり元気なのに。


「ならようございました。今夜はフェルダー先生とのお勉強会がございますから……」

「えっ……!?」


 なんともないなんて言ったのを悔いてしまうわ。

 

「お忘れでございましたか? 今日は水曜日でございますよ」


 毎週水曜日は特別勉強会。

 わたくしのアカデミーでの成績を向上させるためにお父様が決めたこと。

 せっかくハルロ様に送っていただいて良い気分だったのに台無しだわ。


「お嬢様は今後はラトラム王国の公爵令嬢というだけでなく、ラトリーナ王国の王子殿下の奥方になられるのですからね……両国の歴史や様々なことをしっかり学ばれなくてはいけませんよ」

「わかってるわ! わかってるわよ……! ただ……ちょっと忘れていただけよ」


 今日はとびっきり良い夢を見られそうだから、さっさと寝てしまいたかったのに。

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2026年1月17日 20:00
2026年1月18日 10:00
2026年1月19日 08:00

『神託により祝福されたはずの婚姻は、悪夢と同じ結末を迎えました』 @wingsheep

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