第2章 配信者への道 2-3



配信を終えたのは、午後三時過ぎだった。


ダンジョンを出て、管理ゲート前のベンチに座り、俺は配信の結果を確認していた。


配信時間:3時間42分

最大同時視聴者数:23人

総視聴者数:89人

コメント数:147件

フォロワー増加数:31人


数字としては、微々たるものだ。


トップ配信者の氷室レイジは、配信を始めれば数万人が同時視聴する。俺の23人など、誤差のようなものだ。


だが、俺は満足していた。


ゼロから始めて、31人がフォローしてくれた。147件のコメントが寄せられた。俺の配信を「見たい」と思ってくれた人間が、確かに存在する。


『どうだった?』


佐野が隣に座り、缶コーヒーを差し出してきた。


『悪くない。初配信としては、上出来だと思う』


『そっか。よかったな』


佐野は自分の缶コーヒーを開けながら、安堵したように笑った。


『正直、ちょっと心配だったんだ。配信って、最初は誰にも見てもらえないって聞くし。俺も昔やった時、三日で心折れたからな』


『三日?』


『ああ。視聴者ゼロが続いてさ。虚しくなってやめた』


佐野の言葉に、俺は考え込んだ。


視聴者ゼロ。それは確かに、精神的に堪えるだろう。人間は社会的な生き物だ。誰にも認識されない状態は、存在しないも同然だ。


俺も、もし今日視聴者がゼロのままだったら——


いや。


俺は首を振った。


仮定の話をしても意味がない。現実として、俺の配信には視聴者がついた。その事実だけが重要だ。


『佐野。今日は協力してくれて、ありがとう』


『いいって。俺も楽しかったし。なんか、昔を思い出したよ』


佐野は遠い目をしていた。


『昔?』


『ああ。配信やってた頃。あの時は、こんな風に仲間と一緒にダンジョン入って、あーだこーだ言いながら……楽しかったんだよな』


『なぜ、やめたんだ?』


『……母さんが倒れてさ』


佐野の声が、少し沈んだ。


『治療費がかかるようになって、配信どころじゃなくなった。稼がなきゃいけなくなって、効率重視で回すようになって。気づいたら、楽しいとか言ってる余裕がなくなってた』


俺は黙って聞いていた。


佐野の母親の病気。昨夜、少しだけ聞いた話だ。詳細は聞いていないが、治療費がかかることだけは理解していた。


『でもさ』


佐野が顔を上げた。


『今日、久しぶりに楽しかった。お前の配信見ながら、「あ、こういう感じだったな」って思い出した。ありがとな、零』


『……俺の方こそ、礼を言うべきだ。機材も、パーティーも、全部佐野のおかげだ』


『おう。じゃあ、お互い様ってことで』


佐野が笑う。


俺も、笑おうとした。


---


帰りのバスの中で、俺は配信のコメントを読み返していた。


【石投げの精度やばくね?】

【仲間守るのかっこいい】

【指示出しうまい】

【声いいね】

【解説分かりやすい】

【もっと見たい】

【次の配信いつ?】


ポジティブなコメントが多い。


だが、俺が注目したのは別のコメントだった。


【動きが妙に正確じゃね?】

【探知スキルってレベルじゃないような】

【顔隠してるのなんで?】


少数だが、俺の「不自然さ」に気づいている視聴者がいる。


これは警戒すべきサインだ。


俺の能力を完全に隠すことは、おそらく不可能だ。どれだけ抑えても、「普通の新人冒険者」には見えない部分がある。石投げの精度、状況判断の速さ、的確な指示。それらは俺の本質的な能力であり、完全に隠すことは難しい。


だとすれば、別のアプローチが必要だ。


「隠す」のではなく、「説明する」。


記憶喪失という設定を利用して、「過去に何かしていたらしい」という曖昧な説明で濁す。視聴者の疑問を、ミステリーとしてコンテンツ化する。


【この人、何者なんだ?】


その疑問自体を、視聴者を引きつける要素に変える。


俺は脳内で戦略を組み立てていた。


配信者として成功するためには、単に「面白いコンテンツ」を作るだけでは不十分だ。視聴者の興味を持続させる「謎」が必要だ。継続的に視聴したいと思わせる「フック」が必要だ。


俺自身の正体。


それが、最大のフックになり得る。


危険な賭けだ。正体への興味が高まりすぎれば、本当に調べ始める人間が出てくるかもしれない。だが、リスクを取らなければリターンもない。


俺は決断した。


「謎の新人配信者」というブランディングで行く。


顔を隠し、過去を語らず、時折見せる異常な能力で視聴者の興味を引く。その「謎」を長期的に引っ張りながら、少しずつファンを増やしていく。


これが、俺の配信戦略だ。


---


アパートに戻ると、俺は早速次の配信の準備を始めた。


まず、今日の配信映像を確認する。


三時間四十二分の映像を、俺の脳は十五分で分析した。問題点をリストアップする。


一、画角の問題。胸元固定では、戦闘シーンの臨場感が不足している。


二、音声の問題。ダンジョン内の反響で、声が聞き取りにくい部分がある。


三、照明の問題。第二層の暗所で、映像が粗くなっている。


四、俺の動きの問題。数カ所、「速すぎる」シーンがある。編集で調整する必要がある。


特に四番目が重要だ。


俺は映像編集ソフトを起動した。佐野のパソコンを借りている。古い型だが、基本的な編集には十分だ。


問題のシーンを確認する。


スライムからユイを守った場面。俺の移動速度が、一般的な人間の限界をわずかに超えている。具体的には、約1.3倍。訓練を受けた兵士なら可能かもしれないが、「記憶喪失の新人冒険者」としては不自然だ。


俺は映像の再生速度をわずかに落とし、動きを自然に見せる編集を施した。


これで、フルバージョンのアーカイブは問題ない。


次に、切り抜き用のハイライトを作成する。


配信の切り抜きは、新規視聴者を獲得する重要なツールだ。印象的なシーンを短くまとめ、SNSで拡散させる。それを見た人間が、本配信に興味を持つ。


俺は三つのハイライトを作成した。


一、「六体の敵に囲まれた! 新人パーティーの逆転劇」——最も盛り上がった戦闘シーン。


二、「探知スキル? 謎の新人配信者、敵の位置を完璧に予測」——俺の能力をアピールするシーン。


三、「仲間を守れ! 身を挺してスライムの攻撃を防ぐ」——俺がユイを守るシーン。


各ハイライトは三十秒から一分程度。テンポよく、インパクトのある編集を心がけた。


サムネイル画像も作成する。俺の顔は映せないので、戦闘シーンのスクリーンショットに、キャッチーなテキストを重ねた。


【顔出しNG】新人なのに強すぎる? 謎の配信者、ダンジョンに挑む


これで、準備は整った。


俺はハイライト動画をSNSに投稿し、次回配信の告知を行った。


【明日14時から配信します。E級ダンジョン「霧谷の洞窟」第三層に挑戦予定。よろしくお願いします】


投稿を終え、俺はスマートフォンを置いた。


『お、やってるな』


佐野が部屋に入ってきた。コンビニの袋を持っている。


『夕飯、買ってきたぞ。弁当でいいか?』


『ああ。ありがとう』


佐野から弁当を受け取り、俺は食べ始めた。


味覚センサーが、鮭弁当の成分を分析しようとする。俺は意識的にその機能を抑え、単純に「味わう」ことに集中した。


美味い。


そう感じる。それが本当の感覚なのか、プログラムされた反応なのかは分からない。だが、今はそれでいい。


『なあ、零』


佐野が弁当を食べながら聞いてきた。


『明日、第三層に行くんだろ? 大丈夫か?』


『大丈夫だ。第三層といっても、E級ダンジョンの範囲内だ。極端に難易度が上がるわけではない』


『そうか。まあ、お前がそう言うなら大丈夫だろうけど……無理すんなよ』


『ああ』


俺は頷いた。


第三層。


そこには、E級ダンジョンの中ボスが出現する可能性がある。今日のような通常のモンスターとは、格が違う。


だが、俺にとっては問題ない。


問題があるとすれば、それは戦闘の難易度ではなく、「どこまで能力を見せるか」という判断だ。


中ボス戦では、今日よりも激しい戦闘になる。俺の能力を、より多く見せる必要があるかもしれない。


それは、チャンスでもあり、リスクでもある。


俺は考えた。


明日の配信で、どこまで「自分」を見せるべきか。


視聴者を増やすためには、インパクトが必要だ。だが、インパクトを求めすぎれば、正体がバレるリスクが高まる。


バランス。


常に、そのバランスを取り続ける必要がある。


俺は弁当を食べ終え、窓の外を見た。


夕暮れの空が、オレンジ色に染まっている。


明日、俺はまた配信をする。視聴者の前で、「普通の人間」を演じながら、ダンジョンに挑む。


その繰り返しの中で、俺は少しずつ成り上がっていく。


配信者として。


冒険者として。


そして——「人間」として。


八神博士。


俺は今日、最初の一歩を踏み出しました。


明日は、二歩目を踏み出します。


あなたが望んだ「価値の証明」が何なのか、俺にはまだ分かりません。


でも、俺は進み続けます。


立ち止まることは、許されないから。

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「【悲報】国家機密のAI搭載の改造人間、うっかり人気配信者になってしまう」 @saijiiiji

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