第1章 生存 1-11 決意



翌朝。


俺は、窓から差し込む朝日で目を覚ました。


正確には、「目を開けた」というべきだろう。俺は眠っていたわけではない。意識を落とさず、静かに休息を取っていただけだ。


だが、それでも——朝の光を浴びて起き上がるという行為は、どこか心地よかった。


「ん......んー......」


隣で、佐野がもぞもぞと動いた。


寝袋から顔を出し、大きな欠伸をする。


「ふあぁ......あ、レイ。おはよ」


「おはようございます」


「よく眠れたか?」


「はい、おかげさまで」


嘘ではない。眠ってはいなかったが、休息は十分に取れた。


佐野は寝袋から這い出し、伸びをした。


「よし、今日からまた本格的にダンジョンだな。準備しろよ」


「はい」


俺は布団を畳みながら、傍らの段ボール箱を見た。


昨夜、佐野から譲り受けた配信機材。


カメラ、マイク、バッテリー、ケーブル類——全てがそこにある。


「あ、そうだ」


佐野が思い出したように言った。


「その機材、使い方分かるか?」


「......基本的な操作は、なんとなく」


「なんとなく、ね」


佐野は苦笑した。


「まあ、お前のことだから、すぐ覚えるだろ。分からないことあったら聞けよ」


「ありがとうございます」


俺は段ボール箱から、カメラを取り出した。


小型のアクションカメラ。頭部やヘルメットに装着できるタイプだ。


電源を入れてみる。


起動音が鳴り、小さな液晶画面が点灯した。


バッテリー残量は20%。使う前に充電が必要だ。


俺は自動的に、カメラのスペックを分析していた。


```

[機材分析]

機種:アクションカメラ GoPro Hero 12(推定)

解像度:最大4K/60fps

手ブレ補正:電子式

耐衝撃性能:中程度

バッテリー持続時間:約2時間(4K撮影時)

状態:使用感あり、レンズに小傷、動作良好

```


古いモデルだが、配信には十分使える。


「充電器もあるから、持っていけよ」


佐野が充電器とケーブルを渡してくれた。


「ありがとうございます」


俺は機材を丁寧に箱に戻した。


この機材で、俺は配信を始める。


だが、今日ではない。


まずは、冒険者として実績を積む必要がある。


---


朝食を済ませ、俺たちは霧谷の洞窟に向かった。


昨日と同じバスに乗り、山間の道を進む。


車窓から見える景色は、昨日と変わらない。緑の山々、田園風景、「ダンジョン注意」の標識。


だが、俺の心境は昨日とは違っていた。


昨日は、「生き延びるため」にダンジョンに向かった。


今日は——「目標を達成するため」に向かっている。


配信者になる。


この世界で成り上がる。


そのための第一歩を、今日から踏み出す。


「なあ、レイ」


佐野が話しかけてきた。


「ん?」


「今日は、ゴロウとユイも合流する予定だ。4人パーティーで、第三層まで行こうと思ってる」


「第三層......」


「ああ。お前の探知能力があれば、いけると思うんだ」


佐野の目には、期待の色があった。


「第三層には、もっと希少な素材が出る。上手くいけば、今日だけで5万円以上稼げるかもしれない」


5万円。


それだけあれば、最低限の装備を揃えられる。短剣と革鎧、回復薬——冒険者としての基本装備。


「やりましょう」


俺は頷いた。


「おう、頼りにしてるぜ」


佐野がニカッと笑った。


---


霧谷の洞窟に到着すると、ゴロウとユイが既に待っていた。


「おう、レイ!昨日ぶり」


ゴロウが大きな手を振る。


「おはようございます、レイさん」


ユイが小さく頭を下げた。


「おはようございます」


俺も挨拶を返した。


たった2日前に会ったばかりなのに、彼らの顔を見ると——どこか安心する自分がいた。


これが「仲間」という感覚なのかもしれない。


「よし、今日は第三層を目指すぞ」


佐野がパーティーを見回した。


「レイの探知能力があれば、いけるはずだ。みんな、気合い入れていこう」


「おう!」


「はい」


ゴロウとユイが頷く。


俺も、静かに頷いた。


管理小屋で入場手続きを済ませ、俺たちはダンジョンに足を踏み入れた。


---


第一層は、昨日と同じ光景だった。


ヒカリダケが照らす薄暗い通路。湿った空気。かすかな魔素の匂い。


だが、俺の感覚は昨日より鋭くなっていた。


環境に適応し始めているのだ。


ダンジョンの空気、温度、魔素濃度——全てのデータが、より正確に把握できる。


「レイ、何か感じるか?」


佐野が尋ねた。


俺は周囲をスキャンした。


```

[スキャン結果]

第一層:生命反応なし(半径100m以内)

推定原因:昨日の探索で、周辺のモンスターを駆除済み

安全度:高

```


「この辺りには、モンスターはいません」


「マジか。ラッキーだな」


「昨日、俺たちが狩った影響かもしれません」


「なるほど。じゃあ、さっさと第二層に行くか」


佐野の判断は正しかった。


俺たちは第一層を素早く通過し、第二層への階段を下りた。


---


第二層も、比較的スムーズに進めた。


コボルトの群れが2回、スライムが数体。


だが、俺の探知で全て事前に察知し、有利な状況で戦闘に臨めた。


「レイの探知、マジでチートだな」


ゴロウが感心したように言った。


「こんなに楽に進めたの、初めてだぜ」


「いつもはもっと苦労するんですか?」


「ああ。不意打ちされることも多いし、逃げ場のない場所で囲まれることもある」


「探知スキル持ちがいると、全然違うんだな」


佐野が頷いた。


俺は黙って歩きながら、考えていた。


俺の能力は、確かに有用だ。


パーティーの安全を守り、効率的な探索を可能にする。


だが——これは、俺の「本当の力」のほんの一部に過ぎない。


もし俺が本気を出せば、このダンジョンを一人で攻略できる。


だが、それはできない。


「普通の人間」として振る舞う必要がある。


この制約は、俺が生きていく上で、常につきまとうものだ。


---


第二層の奥で、階段を見つけた。


「あれが、第三層への入口だ」


佐野が指差した。


階段の入口は、第一層や第二層よりも狭く、暗かった。


冷たい空気が、下から吹き上げてくる。


「ここから先は、俺たちも初めてだ」


佐野が真剣な表情で言った。


「E級冒険者が入っていいギリギリのラインだ。気を引き締めていこう」


「おう」


「はい」


ゴロウとユイが頷く。


俺は、階段の先をスキャンした。


```

[スキャン結果]

第三層:生命反応多数(詳細不明)

魔素濃度:第二層の約1.5倍

温度:第二層より約5℃低下

危険度:中〜高

推奨行動:慎重に探索、撤退ルートを常に確保

```


危険度が上がっている。


だが——不可能ではない。


「行けます」


俺は言った。


「この先にモンスターはいますが、今のところ、こちらには気づいていません。慎重に進めば、大丈夫です」


「よし、信じるぜ」


佐野が頷いた。


俺たちは、第三層への階段を下り始めた。


---


第三層は、これまでとは明らかに違った。


空気が重い。冷たい。


ヒカリダケの光も弱く、ほとんど闇に包まれている。


そして——魔素の濃度が、肌で感じられるほど高かった。


「うわ、寒いな......」


ゴロウが腕をさすった。


「これが第三層か。噂には聞いてたけど、実際に来ると違うな」


「静かにしろ。モンスターに気づかれる」


佐野が小声で注意した。


俺は、周囲の探索を続けていた。


```

[スキャン結果]

前方50m:生命反応4体(コボルト上位種と推定)

右側通路:生命反応なし

左側通路:生命反応2体(不明)

推奨ルート:右側通路を迂回

```


「右に行きましょう」


俺は小声で言った。


「前方と左に敵がいます。右なら、避けられます」


「分かった。みんな、右だ」


佐野の指示で、パーティーは右側の通路に入った。


慎重に、足音を殺しながら進む。


俺は常にスキャンを続け、敵の位置を把握していた。


10分ほど進んだところで——


「待ってください」


俺は足を止めた。


「どうした?」


「前方に......何かいます」


スキャン結果を確認する。


```

[警告]

前方30m:生命反応1体

サイズ:大型(推定2m以上)

魔力反応:高

分類:不明

危険度:高

```


これまでのモンスターとは、明らかに違う反応だった。


「大型のモンスターです。これまでの相手とは、レベルが違います」


「大型......?」


佐野の顔が強張った。


「まさか、中ボスか......?」


「中ボス?」


「ダンジョンの各層には、たまに『中ボス』と呼ばれる強力なモンスターがいるんだ。倒せば希少な素材が手に入るが、E級パーティーが相手にするには危険すぎる」


佐野は判断を迫られていた。


進むか、退くか。


「......どうする、レイ。いけそうか?」


その質問を、俺に投げてきた。


俺は考えた。


俺の能力を使えば、中ボスを倒すことは可能だろう。


だが、それをすれば——俺の「異常さ」が露見する可能性が高い。


「撤退を推奨します」


俺は冷静に答えた。


「今の俺たちの装備と経験では、リスクが高すぎます。無理をする必要はありません」


「......そうだな」


佐野は頷いた。


「欲張って死んだら元も子もない。今日は引き返そう」


「おう、賛成だ」


ゴロウも同意した。


「また来ればいいさ。今日の収穫でも、十分だろ」


俺たちは来た道を引き返し、第三層を後にした。


---


ダンジョンを出た時、太陽は西に傾いていた。


「いやー、疲れたな」


佐野が伸びをした。


「でも、第三層に足を踏み入れただけでも収穫だ。次はもっと準備して挑もう」


「そうですね」


今日の探索で得た情報は、貴重だった。


第三層の環境、魔素濃度、モンスターの配置——全てが、俺のデータベースに蓄積されている。


次に来る時は、より効率的に動けるはずだ。


素材を換金すると、今日の収穫は一人あたり約1万2000円だった。


昨日の約8000円と合わせて、約2万円。


佐野から借りた1万円を返しても、1万円が手元に残る。


「佐野さん、これ」


俺は1万円札を差し出した。


「借りていた分です。返します」


「え、もういいのか?」


「はい。おかげで、今日も稼げましたから」


佐野は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。


「律儀な奴だな。まあ、受け取っておくよ。また困ったら言えよ」


「ありがとうございます」


俺は頭を下げた。


これで、借りは返した。


だが——佐野への「恩」は、まだ返せていない。


出会ってくれたこと。仲間にしてくれたこと。配信機材を譲ってくれたこと。


それらの恩を返すには、俺が「成功」するしかない。


配信者として成り上がり、佐野の信頼に応える。


それが、俺の「決意」だった。


---


その夜。


俺は佐野のアパートで、配信機材の点検をしていた。


カメラを充電し、マイクの動作を確認し、各種ケーブルの接続をテストする。


全て、問題なく動作した。


「準備は整った」


俺は小声で呟いた。


明日から、さらに金を稼ぐ。


装備を揃え、冒険者としてのランクを上げる。


そして——準備が整ったら、配信を始める。


俺の分析力を武器に、この世界に名乗りを上げる。


窓の外では、星が瞬いていた。


俺は、その光を見つめながら、決意を新たにした。


必ず、成功してみせる。


八神博士の願いを叶えるために。


佐野の信頼に応えるために。


そして——俺自身の「価値」を証明するために。


「......見ていてください」


小さく呟いた。


夜空の星は、何も答えない。


だが、俺の決意は——確かに、そこにあった。


---

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