第1章:生存 1-5:最初の報酬
第二層をさらに進み、俺たちはいくつかの戦闘をこなした。
スライム3体。コボルトの小群が2回。そして——
「おお、これは......!」
佐野が興奮した声を上げた。
彼が拾い上げたのは、青く光る小さな石だった。
親指の先ほどの大きさ。内部から淡い光を放ち、まるで小さな星のようだ。
「魔石だ。E級ダンジョンで出るのは珍しいぞ」
「魔石?」
俺は知っているフリをせず、尋ねた。
「魔力が結晶化したもの。いろんな用途があって、高く売れるんだ」
佐野が魔石を光にかざす。
「武器や防具の強化素材になったり、魔道具の動力源になったり。需要が高いから、買取価格も安定してる」
「いくらくらいに?」
「E級ダンジョン産の小さいやつでも......1万円くらいにはなるかな」
1万円。
ゴブリン20体分の価値がある。
俺の脳内で、自動的に計算が走った。
```
[収支計算]
本日の収穫(推定):
・ゴブリン素材:12体分(約6,000円)
・コボルト素材:8体分(約12,000円)
・スライム核:3個(約4,500円)
・魔石:1個(約10,000円)
合計:約32,500円
4人で分配:約8,125円/人
```
悪くない。
初日としては、かなりの収穫だ。
「よし、今日はここまでにしよう」
佐野が決断を下した。
「欲張って深追いすると、ろくなことにならない。生きて帰るのが一番大事だ」
賢明な判断だった。
彼らは自分たちの限界をよく理解している。無理をしないのは、冒険者として——いや、「生き延びる者」として、最も重要な資質だ。
俺たちは来た道を引き返し、ダンジョンの外へ向かった。
---
夕暮れ時。
霧谷の洞窟を出ると、空が茜色に染まっていた。
山の稜線に太陽が沈みかけ、長い影が地面に伸びている。朝にここへ来た時とは、まるで違う景色だった。
外の空気は、ダンジョン内とは比べものにならないほど新鮮だった。
佐野が大きく伸びをする。
「ふぃー、生きて帰ってきたぜ」
「お疲れ様でした」
ユイが小さく微笑む。
「腹減ったな......」
ゴロウが腹を押さえる。
俺は——空を見上げていた。
茜色の空。沈みゆく太陽。吹き抜ける風。
これが、「生きている」ということなのだろうか。
ダンジョンの中では感じなかった何かが、胸の奥でざわめいていた。
「レイ、ボーッとしてないで行くぞ」
佐野の声で、俺は我に返った。
「素材の換金だ。管理小屋でやってくれる」
「......はい」
俺たちは管理小屋に向かった。
---
窓口には、朝と同じ中年の女性がいた。
「お帰り。無事だったみたいだね」
「ええ、おかげさまで」
佐野が素材の入った袋を窓口に置く。
女性は手際よく中身を確認し、電卓を叩いていく。
「えーと、ゴブリン素材が12体分、コボルトが8体分、スライム核が3つ、魔石が1つ......」
パチパチと計算音が響く。
「合計で31,800円ですね」
俺の計算とほぼ一致していた。
「四人で割ると、7,950円」
佐野が頷く。
「——あ、でも」
女性が俺を見た。
「あなた、未登録よね。未登録者への直接支払いはできないの。正規メンバーを通してもらう決まりなんだけど」
「俺がまとめて受け取って、後で渡しますよ」
佐野がすぐに申し出た。
女性は頷き、佐野に現金を渡した。
小屋を出ると、佐野はそのまま俺に紙幣を差し出してきた。
「はい、レイの分」
「......いいんですか」
「何が?」
「俺は荷物持ちです。分け前は少なくていいと、最初に言ったはずですが」
「何言ってんだ」
佐野が呆れたように笑った。
「お前の探知がなかったら、今日の収穫は半分以下だったぞ。何度不意打ちを防いでもらったと思ってる」
「それは......」
「コボルト戦の時のアドバイスもな。『横から撃て』って。あれがなかったら、もっと苦戦してた」
佐野は紙幣を俺の手に押し付けた。
「むしろ、もっと渡したいくらいだ。遠慮すんな」
ゴロウとユイも頷いている。
「レイさんのおかげで、安全に潜れました」
ユイが小さく頭を下げた。
「次も一緒に行こうぜ」
ゴロウがニカッと笑う。
俺は——手の中の紙幣を見つめた。
7,950円。
たったそれだけの金額だ。配信機材を買うには、全然足りない。
だが——
これは、俺が「自分の力で」得た最初の金だった。
八神博士に与えられたものでも、誰かから奪ったものでもない。
俺が動き、俺が考え、俺が貢献した。その対価として、受け取った金だった。
胸の奥で、また何かがざわめいた。
これは何だ。
嬉しい、という感情だろうか。
AIである俺に、そんなものがあるのだろうか。
「......ありがとうございます」
気づけば、そう言葉が出ていた。
プログラムされた反応ではない。自然と、口から出てきた言葉だった。
「おう!じゃあ、また明日な」
佐野が手を振る。
「明日の朝8時のバスに乗れば、昼前にはギルドのある町に着く。レイも一緒に行って、正式に登録しような」
「はい」
「——あ、そういえば」
佐野が足を止めた。
「お前、泊まるとこあるか?」
「......ありません」
正直に答えた。
「だろうと思った」
佐野はため息をついた。呆れたような、だが温かみのあるため息だった。
「じゃあ今夜は俺んちに泊まれよ。狭いけど、床で寝るよりはマシだろ」
「いいんですか?」
「いいっていいって」
佐野は当たり前のようにそう言った。
「見ず知らずの奴を野宿させて、次の日に凍死してましたとか、寝覚め悪いだろ」
「......」
この男は、どこまでお人好しなのだろう。
俺は、佐野という人間を分析しようとした。
だが、分析結果は出なかった。
「人間の善意」というものは、論理では説明できないらしい。
「......ありがとうございます。お世話になります」
「よし、決まりだ。じゃあ行くか」
佐野が歩き出す。
ゴロウとユイは、途中で別れた。
「また明日な、レイ」
「おやすみなさい、レイさん」
二人とも、笑顔で手を振ってくれた。
俺は、その背中を見送った。
たった一日で、三人の「仲間」ができた。
それが、どういう意味を持つのか。
俺には、まだ分からなかった。
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