第1章:生存 1-4:第二層
第二層への階段を下りると、空気が変わった。
冷たい。
第一層よりも明らかに気温が低い。吐く息が白くなるほどではないが、肌を刺すような冷気が漂っている。
そして、暗い。
ヒカリダケの数が減り、青白い光はまばらになっていた。視界は10メートル先までがやっと。闇が、濃く深くなっている。
「ここからはコボルトも出る」
佐野が声を潜めて言った。
「ゴブリンより賢くて、連携してくる。あと、スライムも——あいつらは暗がりに潜んでるから、足元に気をつけろ」
「分かりました」
俺は頷きながら、既に周囲のスキャンを完了していた。
```
[スキャン結果]
生命反応:8体
・コボルト:5体(前方60m、右側通路に待機)
・スライム:3体(左側、水たまり内部に潜伏)
推奨ルート:中央通路を直進、各個撃破
```
8体。
第一層より明らかに多い。そして、コボルトはゴブリンより知能が高い。
佐野たちの実力なら対処可能だろうが、正面からやり合えば消耗する。
どうする。
また「勘」で警告するか。だが、それは既に三度使った手だ。四度目となれば、さすがに怪しまれる。
俺は別の方法を考えた。
「佐野さん」
「ん?」
「この先、道が分かれていますか?」
「ああ、少し行くと三叉路がある。右と左と、真ん中。真ん中が一番安全だと言われてるな」
「じゃあ、真ん中を行きましょう」
「おう、そのつもりだ」
自然な会話で、ルートを誘導できた。
真ん中の通路を進めば、右側のコボルトとも、左側のスライムとも遭遇を避けられる可能性がある。
もちろん、完全に回避できるとは限らない。だが、リスクは減らせる。
俺たちは三叉路に到着した。
左の通路からは、かすかに水音が聞こえる。スライムが潜む水たまりだろう。
右の通路は、静まり返っている。だが、俺のセンサーは5体のコボルトの存在を捉えていた。息を潜めて、獲物を待っている。
「真ん中だな」
佐野が中央の通路に足を踏み入れる。
その時——
右の通路から、かすかな物音がした。
「ギィ......」
低い唸り声。
コボルトだ。俺たちの存在に気づいたらしい。
「......っ、来るぞ!」
佐野が剣を抜いた。
「右からだ!ゴロウ!」
「おう!」
ゴロウが盾を構え、右通路の入口を塞ぐように立った。
タイミングを合わせたように、5体のコボルトが飛び出してきた。
コボルトは、犬のような顔をした二足歩行の魔物だ。ゴブリンより一回り大きく、手には錆びた短剣や斧を持っている。
「ガルルッ!」
先頭のコボルトがゴロウに斬りかかる。
ガキン、と金属音。盾で受け止めた。
「こいつら、力が強い......!」
ゴロウが歯を食いしばる。
ゴブリンとは、明らかにパワーが違う。ゴロウの体が、わずかに押されていた。
「佐野、援護!」
「分かってる!」
佐野が横から斬りかかる。
だが、コボルトは反応した。後ろに跳び退き、佐野の剣を回避する。
「くそ、すばしっこい......!」
ゴブリンとの違いを、俺は冷静に分析していた。
```
[分析]
コボルト:
・反応速度:ゴブリンの約1.5倍
・筋力:ゴブリンの約2倍
・知能:連携行動が可能
・弱点:視野が狭い(側面からの攻撃に弱い)
```
弱点は、側面。
犬に似た頭部構造のため、正面以外の視野が狭い。横からの攻撃には反応が遅れる。
この情報を、どう伝えるか——
「ユイさん!」
俺は咄嗟に叫んだ。
「横から!横から撃ってください!」
「え?」
ユイが戸惑う。
「真正面じゃなくて、斜めから!」
理由を説明している暇はない。だが、ユイは俺の言葉を信じてくれた。
位置を移動し、斜め横から矢を放つ。
ヒュン——
今度は、外さなかった。
矢はコボルトの首筋に突き刺さり、悲鳴を上げて倒れた。
「当たった......!」
「ナイス、ユイ!」
佐野が叫ぶ。
残り4体。
だが、流れが変わった。ユイの矢が次々と側面から飛び、コボルトたちの動きを封じていく。
その隙に、佐野とゴロウが斬りかかる。
3分後。
5体のコボルトは、全滅した。
「はあ、はあ......」
佐野が肩で息をしている。
「きつかった......。コボルトは、やっぱりゴブリンとは違うな」
「ああ......」
ゴロウも疲労の色を見せていた。
だが、全員無傷だ。
「レイ」
佐野が俺を見た。
「さっきの、『横から撃て』ってやつ。なんで分かったんだ?」
「......」
来た。
説明を求められている。
「なんとなく、です」
「また『なんとなく』か」
佐野の目が、少しだけ鋭くなった。
「お前の『なんとなく』、当たりすぎじゃないか?」
「......」
俺は答えに詰まった。
「いや、責めてるんじゃないんだ」
佐野は首を振った。
「むしろ感謝してる。お前のおかげで、全員無傷で済んだ。ただ——」
佐野は言葉を切り、俺の目を見つめた。
「お前、本当に何者なんだ?」
静寂が落ちた。
ヒカリダケの青白い光が、俺たちを照らしている。
俺は、何と答えるべきか考えた。
嘘をつくか。それとも——
「......分からないんです」
結局、俺は同じ答えを繰り返した。
「本当に、分からない。ただ、体が勝手に反応する。頭で考えるより先に、答えが浮かぶ。それが何なのか、自分でも分からないんです」
半分は本当だ。
俺はAIとして「作られた」。だから、分析も判断も、自動的に行われる。それが「俺自身」なのか、「プログラム」なのか、俺にも分からない。
佐野は、しばらく俺を見つめていた。
そして——
「......そうか」
それだけ言って、視線を外した。
「まあ、いいさ。理由はどうあれ、お前は俺たちを助けてくれた。それが全てだ」
佐野はニカッと笑った。
「過去のことは、思い出したくなったら教えてくれ。それまでは——お前は『レイ』だ。俺たちの仲間だ」
「......」
仲間。
また、その言葉だ。
俺は、その言葉の意味を、まだ完全には理解できていなかった。
だが——悪い響きではなかった。
「......ありがとうございます」
「礼はいいって。さ、素材回収するぞ。コボルトの素材は、ゴブリンより高く売れるからな」
佐野が動き出し、他の二人もそれに続いた。
俺も、コボルトの死体に向かった。
素材を回収しながら、俺は考えていた。
佐野は、俺を信じてくれた。
理由は分からないが、俺を「仲間」として受け入れてくれた。
その信頼に、どう応えるべきなのか。
答えは、まだ出ていなかった。?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます