第1章:生存 1-3:第一層




洞窟の中は、思ったよりも明るかった。


壁面に発光するキノコが点々と生えている。青白い光が、薄闇を照らしていた。


「これ、ヒカリダケっていうんだ」


佐野が壁のキノコを指差した。


「ダンジョン特有の植物でさ、魔素を吸って光るんだ。食えないけど、照明代わりにはなる」


「便利ですね」


「だろ?E級ダンジョンは大体こんな感じで、そこまで暗くない。上のランクになると、真っ暗な場所も増えてくるらしいけど」


佐野は歩きながら、いろいろと説明してくれた。


ダンジョンの仕組み、モンスターの種類、素材の価値——


俺は既に雑誌で情報を得ていたが、「初心者」として振る舞う必要がある。頷きながら、熱心に聞いているフリをした。


パーティーの陣形は、佐野が先頭、ゴロウが中央、ユイが後方。俺は最後尾で、荷物を持つ係だ。


背負っているのは、彼らの予備の装備や回復薬、素材回収用の袋など。それなりの重量があるが、俺の強化された肉体にとっては、羽のように軽い。


だが、それを悟られてはいけない。


俺は意識的に、少しだけ重そうな素振りを見せた。


「大丈夫か、レイ?重かったら言えよ」


「いえ、大丈夫です」


「無理すんなよ。初日から潰れたら元も子もないからな」


佐野は気さくに声をかけてくる。


いい奴だ、と俺は思った。


見ず知らずの人間を、こうも自然に受け入れられるのは、一つの才能だろう。


通路は緩やかに下っている。


足元は湿った岩肌で、所々に水たまりがあった。空気は冷たく、カビと土の匂いが混じっている。


俺のセンサーは、自動的に周囲の情報を収集していた。


空気中の魔素濃度。壁面の鉱物組成。足音の反響から推測する通路の構造。温度、湿度、気流の方向——


全てのデータが、脳内に蓄積されていく。


そして——俺は、前方に「何か」の気配を感じ取った。


```

[スキャン結果]

前方30m、左の脇道

生命反応:5体

体温:人間より低い(変温動物の特徴)

体高:約1m

推定:ゴブリン

```


ゴブリンだ。


5体が、左の脇道に潜んでいる。待ち伏せの態勢。俺たちが通り過ぎたところを、背後から襲うつもりだろう。


どうする。


この情報を、どう伝えるべきか。


「普通の人間」には、この距離でゴブリンの存在を察知することはできない。いきなり「前方にゴブリンがいます」と言えば、確実に怪しまれる。


だが、黙っていれば、佐野たちが不意打ちを受ける可能性がある。


俺は数秒で判断を下した。


「——佐野さん」


「ん?」


「前方に、何かいるような気がします」


「気がする?」


佐野が足を止め、振り返る。


「左の脇道のあたり。......なんとなく、嫌な感じがして」


曖昧な言い方を選んだ。「勘」や「予感」として伝えれば、まだ言い訳が立つ。


佐野は怪訝な顔をした。


「嫌な感じ、ねえ......」


「すみません、初心者の勘違いかもしれませんが——」


「いや」


佐野は俺の言葉を遮った。


「ダンジョンでは、勘は大事にした方がいい。変な予感がする時は、大体何かある」


そう言って、佐野は仲間に合図を送った。


「ゴロウ、前頼む。ユイ、構えといて」


「おう」


ゴロウが大盾を構え、前に出る。


ユイが弓に矢をつがえ、臨戦態勢を取る。


佐野も剣に手をかけ、左の脇道を睨む。


緊張が走る。


数秒の沈黙。


そして——


「ギャアアアッ!」


甲高い叫び声と共に、5体のゴブリンが左の脇道から飛び出してきた。


緑色の肌、尖った耳、醜悪な顔。手には粗末な棍棒や短剣を握っている。


「来た!」


佐野が叫ぶ。


「レイ、下がってろ!」


俺は言われた通り、後方に下がった。


戦闘が始まる。


ゴロウが盾でゴブリンの突進を受け止めた。ガキン、という金属音。ゴブリンの棍棒が盾に弾かれる。


「おらあっ!」


ゴロウが盾で押し返し、ゴブリンをよろめかせる。


その隙に、佐野が剣を振るった。


一閃。


ゴブリンの首が飛ぶ。


「一体目!」


だが、残りの4体が次々と襲いかかる。


ゴロウが2体を盾で押さえ、佐野がもう1体と斬り合う。残る1体が、横から回り込もうとしていた。


ユイの矢が飛ぶ。


ヒュン、という風切り音。


——外れた。


矢はゴブリンの横を掠め、壁に刺さった。


「くっ......!」


ユイが焦りの声を上げる。


回り込んだゴブリンが、ユイに向かって突進してきた。


まずい。


ユイは後衛だ。接近戦には向いていない。


俺は——動くべきか。


動けば、俺の能力が露見する可能性がある。


だが、動かなければ、ユイが傷つく。


```

[判断]

優先事項:仲間の安全

許容リスク:能力の一部露見

結論:介入する(ただし、最小限の動きで)

```


判断は一瞬だった。


俺は足元の石を拾い上げ、投げた。


狙いは正確だ。石はゴブリンの後頭部に命中し、その動きを一瞬止めた。


「ギャッ!?」


ゴブリンがよろめく。


その隙に、佐野が駆けつけた。


「ユイ、伏せろ!」


剣が横薙ぎに振るわれる。


ゴブリンの胴体が、真っ二つに裂けた。


「......ふう」


佐野が息をつく。


残りのゴブリンも、ゴロウと佐野の連携で片付けられた。


5体全滅。


戦闘時間、約2分。


「終わったか」


ゴロウが盾を下ろす。


「ユイ、大丈夫か?」


「......うん、大丈夫。ごめん、外しちゃった」


「気にすんな。接近戦は俺たちの仕事だ」


佐野がユイの肩を叩く。


そして、俺の方を見た。


「レイ」


「はい」


「さっき、石投げただろ」


「......はい」


「ナイスだ。あれがなかったら、ユイが危なかった」


佐野が笑顔で親指を立てる。


「お前、投擲の才能あるんじゃないか?」


「......たまたまです」


「たまたまであんな正確に当たるかよ。大したもんだ」


佐野は深く追及しなかった。


助かった。


だが、これは一度きりの言い訳だ。今後も同じことが続けば、確実に怪しまれる。


「それより、お前の勘、当たったな」


「え?」


「ゴブリンがいるって、お前が言っただろ。あれがなかったら、不意打ち食らってたかもしれない」


佐野が真剣な目で俺を見る。


「お前、なんかスキル持ってるんじゃないか?探知系の」


スキル。


ダンジョンに入ることで目覚める、特殊な能力。人口の約5%が保有しているという。


「......分からないです。記憶がないので」


「そうか。まあ、もしスキル持ちなら、ギルドで調べてもらえるぞ。登録の時に検査があるから」


「そうなんですか」


「ああ。探知系スキルは貴重だからな。持ってたら、いろんなパーティーから引っ張りだこだ」


探知系スキル。


それは、俺の能力を説明するのに都合のいい設定だ。


「記憶喪失の影響で、潜在的なスキルが目覚めた」——そういう筋書きなら、不自然さを軽減できるかもしれない。


覚えておこう。


「よし、素材回収するぞ」


佐野の号令で、ゴブリンの死体から素材を剥ぎ取る作業が始まった。


牙、爪、耳——全てが換金可能な「ダンジョン素材」だ。


俺も手伝いながら、内心で考えていた。


最初の戦闘を乗り切った。


だが、これはまだ序の口だ。この先、もっと難しい状況が訪れる可能性がある。


その時、俺は「人間のフリ」を続けられるだろうか。


答えは、まだ分からなかった。

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