第二十二章 最後の一柱

黒沢を救出してから、一週間が経った。


 道明たちは、聖都アルカディアに戻っていた。


 十二柱全ての神霊を乗せた道明の力は、想像を超えるものになっていた。紋章は常に金色に輝き、天輪号は以前の何倍もの速度で走れるようになった。


 だが——まだ、終わりではない。


「道明さん」


 リーゼルが、声をかけた。


「何だ」


「十二柱の神霊を——解放する儀式の準備が、整いました」


「儀式?」


「はい。神霊たちを——世界に、還すための儀式です」


 道明は、リーゼルを見た。


「還す、ってことは——」


「はい。神霊たちは——道明さんの中から、出ていきます。そして、世界の各地に——散らばります」


「……そうか」


 道明は、自分の手を見た。


 紋章が、輝いている。


 この輝きも——消えるのだろうか。


「道明さん」


 リーゼルが、心配そうに言った。


「大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だ」


 道明は、笑った。


「神霊たちは——借り物だ。いつかは、返さなきゃならない。——それは、最初からわかっていた」


「……」


「行こう、リーゼル。儀式の場所へ」


         ◇


 儀式の場所は、聖都の中心にある「神聖広場」だった。


 かつて、神聖馬車が出陣する際に——祝福を受けた場所。百年間、使われていなかった場所。


 今、その広場には——多くの人々が、集まっていた。


 聖車国の国民たち。国王。貴族たち。兵士たち。


 そして——黒沢。


「よう、神崎さん」


 黒沢が、声をかけてきた。


「黒沢、お前も来たのか」


「ああ。——見届けようと思ってな」


 黒沢の顔には、穏やかな表情が浮かんでいた。


 一週間前とは、まるで別人のようだ。


「お前、変わったな」


「そうか?」


「ああ。——いい顔してる」


 黒沢が、少し照れくさそうに笑った。


「……あんたのせいだぜ。——こんな顔になったのは」


「そうか」


 道明も、笑った。


「道明さん、準備ができました」


 リーゼルが、呼びに来た。


「わかった」


 道明は、広場の中央へ歩いていった。


 そこには——天輪号が、停まっていた。


 道明は、御者台に乗った。


 周囲を、見回す。


 多くの人々が、自分を見つめている。


 期待の目。希望の目。


 そして——感謝の目。


「……行くぞ」


 道明は、呟いた。


 紋章が——光り始めた。


 そして——


 十二柱の神霊が——道明の身体から、飛び出していった。


 金色の光。銀色の光。赤い光。青い光。


 さまざまな色の光が——空へと、舞い上がっていく。


 それは——壮大な光景だった。


 まるで、無数の星が——天に昇っていくかのような。


『御者よ』


 声が、響いた。


 十二柱の神霊たちの声だ。


『ありがとう』


『お前のおかげで——我らは、自由になれた』


『この世界を——守り続けることができる』


「……礼は、いらない」


 道明は、空を見上げた。


「俺は——ただ、お前たちを目的地まで送り届けただけだ」


『それが——御者の仕事だ』


『お前は——本物の御者だった』


『さらばだ、神崎道明』


『またいつか——会おう』


 光が——空高く昇っていき——


 そして、世界中に——散らばっていった。


 広場に、静寂が訪れた。


 人々は——空を見上げたまま、動けずにいた。


 やがて——誰かが、拍手を始めた。


 それが、連鎖していく。


 一人、また一人と——拍手が、広がっていく。


 やがて、広場全体が——拍手と歓声に包まれた。


「御者様——!」


「ありがとうございます——!」


「世界を、救ってくれた——!」


 道明は、御者台に座ったまま——その歓声を、聞いていた。


 手の甲を、見る。


 紋章は——まだ、そこにあった。


 薄くなっているが——消えてはいない。


「……まだ、消えないのか」


『当然だ』


 アウルスの声が、響いた。


『お前は、十二柱全ての神霊を乗せた御者だ。——その力は、永遠にお前の中にある』


「そうか」


 道明は、笑った。


「じゃあ——まだ、走れるってことだな」


『ああ。——いつまでも、走れる』


「よし」


 道明は、立ち上がった。


 広場の人々に、手を振った。


「皆、ありがとう——!」


 歓声が、さらに大きくなった。


 道明は——その歓声を背に、天輪号を走らせた。

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