第二十三章 最後の一走り

神霊解放から、一か月が経った。


 世界は——確実に、変わっていた。


 荒れた土地に、草が生え始めた。枯れていた川に、水が戻り始めた。病で苦しんでいた人々が、回復し始めた。


 神霊たちの力が——世界に、染み渡っていく。


 道明は、その変化を——走りながら、見ていた。


「道明さん、次はどこに行きますか?」


 リーゼルが、尋ねた。


「南の村から、依頼が来てる。病人を、聖都の医療院まで運んでほしいって」


「わかりました。——行きましょう」


 天輪号が、南へ向かって走り出した。


         ◇


 南の村は、小さな農村だった。


 道明が到着すると、村人たちが駆け寄ってきた。


「御者様、来てくださった——!」


「病人は、どこだ」


「こちらです——!」


 案内されたのは、小さな家だった。


 中には、老婆が横たわっていた。


 顔色は青白く、呼吸は浅い。


「三日前から、熱が下がらないんです……」


 家族が、涙声で言った。


「わかった。乗せろ」


 道明は、老婆を天輪号に乗せた。


「聖都まで、飛ばす。しっかり捕まっていろ」


 馬車が、走り出した。


         ◇


 聖都の医療院に着いたのは、三時間後だった。


 老婆は、すぐに医師たちの手に渡された。


「道明さん、また来てくれたんですね」


 医師の一人が、声をかけてきた。


「ああ。——どうだ、彼女は」


「命に別状はありません。すぐに回復するでしょう」


「そうか。——よかった」


 道明は、医療院を出た。


 外では、リーゼルが待っていた。


「お疲れ様でした、道明さん」


「ああ」


 道明は、空を見上げた。


 夕日が、聖都を照らしている。


「もう一件、行くか」


「え?」


「さっき、別の依頼が入った。東の港町から、緊急の連絡を届けてほしいって」


「……道明さん、休んでください。今日は——」


「大丈夫だ」


 道明は、笑った。


「俺は——走るのが、仕事だからな」


 リーゼルは、しばらく道明を見つめていた。


 それから——小さく、笑った。


「……わかりました。じゃあ、行きましょう」


 天輪号が、再び走り出した。


         ◇


 夜になっても、道明は走り続けていた。


 東の港町への連絡を届け、帰路につく。


 月明かりが、道を照らしている。


「道明さん」


 リーゼルが、声をかけた。


「何だ」


「楽しそうですね」


「え?」


「走っているとき——道明さん、いつも楽しそうです」


 道明は、少し考えた。


「……そうかもな」


「どうしてですか?」


「わからん。ただ——」


 道明は、前を見つめた。


「客を乗せて、目的地まで送り届ける。——それが、俺の仕事だ。そして——」


「そして?」


「仕事をしているとき——俺は、俺らしくいられる。それが——楽しいんだと思う」


 リーゼルは、しばらく黙っていた。


 それから、言った。


「私も——同じです」


「何?」


「道明さんの隣にいるとき——私は、私らしくいられます。それが——」


 リーゼルが、照れくさそうに笑った。


「——楽しいんです」


 道明は、リーゼルを見た。


 彼女の横顔が、月明かりに照らされている。


「……そうか」


 道明も、笑った。


「じゃあ——これからも、一緒に走るか」


「はい。——ずっと、一緒に」


 天輪号が、聖都に向かって走り続けた。


 月明かりの下、二人を乗せて。

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