第十二章 二十五年の意味

砂漠を越えるのに、丸一日かかった。


 日が暮れ、夜が明け、また日が昇る頃——ようやく、砂漠の向こう側が見えてきた。


 オアシスだった。


 緑の木々。青い湖。白い建物が点在している。


「あれが、『砂金の都』です」


 リーゼルが、指さした。


「砂漠の民が暮らす、交易都市。ここに、三柱目と四柱目の『お化け』がいるはずです」


「ほう」


 道明は、馬車を進めた。


 都市の入口には、門番が立っていた。彼らは、道明の馬車を見て、驚いた顔をした。


「な、何だ、この馬車は……!?」


「神聖馬車だ。聖車国の御者、神崎道明。通してくれ」


 門番たちは、顔を見合わせた。


 それから、慌てて道を開けた。


「し、失礼しました! どうぞ、お通りください!」


 道明は、頷いて馬車を進めた。


 都市の中は、活気に満ちていた。


 色とりどりの布が風に揺れ、香辛料の匂いが漂っている。人々は、異国情緒溢れる服装をしている。


「ここは、聖車国とは違う国なのか」


「いいえ、一応は聖車国の領土です。でも、独自の文化を持っています。砂漠の民は、昔から自治を認められてきましたから」


「なるほど」


 道明は、馬車を止めた。


「まずは、情報収集だ。この都市の『お化け』について、知っている者を探す」


「わかりました」


 二人は、馬車を降りて、街を歩き始めた。


 市場を通り、広場を抜け、神殿の前に出た。


 そこには——老婆が座っていた。


 目は閉じられ、杖を持っている。盲目のようだ。


「……来たか、御者よ」


 老婆が、声をかけた。


 道明は、足を止めた。


「俺が来ると、わかっていたのか」


「ああ。砂の精霊が、教えてくれた。——『神の御者』が来ると」


 老婆は、目を閉じたまま、微笑んだ。


「お前が探しているものは、この都市の地下にある」


「地下?」


「そうだ。かつて、この都市を守護していた二柱の神霊——彼らは、地下の神殿に封印されている」


 道明は、老婆を見つめた。


「お前は、何者だ」


「わしか? わしは、ただの占い師だ。砂漠の民に伝わる、古い術を使う」


「その術で、神霊のことを知ったのか」


「いや」


 老婆が、首を振った。


「わしは、千年前から——ここにいる」


 道明の目が、細くなった。


「千年前?」


「そうだ。わしは——かつて、神霊に仕えていた。巫女の一人だった」


「リーゼルと、同じか」


「ああ。リーゼルのことは、よく知っている」


 老婆が、リーゼルの方を向いた。


「久しぶりだな、リーゼル。——千年ぶりか」


 リーゼルが、息を呑んだ。


「あなたは……もしかして……」


「思い出したか。わしは、サラだ。お前の——姉弟子」


「サラ姉様……!?」


 リーゼルが、老婆——サラに駆け寄った。


「生きて、いらしたんですか……!?」


「ああ。長い眠りから覚めてな。——お前が、御者を召喚したと聞いて、ここで待っていた」


 サラは、道明を見た。


「御者よ、地下の神殿に行け。そこで、二柱の神霊が——お前を待っている」


「わかった」


 道明は、頷いた。


「案内してくれるか」


「わしは、ここまでだ。足が——もう、動かぬのでな」


 サラが、苦笑した。


「だが、リーゼルが案内できる。彼女は、かつてこの神殿にも来たことがある」


「リーゼル」


「は、はい」


 リーゼルが、涙を拭いて頷いた。


「案内します。——こちらです」


         ◇


 地下神殿への入口は、市場の裏手にあった。


 古びた石の扉。その表面には、太陽と月の彫刻が施されている。


「この扉を開けるには、御者の力が必要です」


「俺の力?」


「はい。紋章を、かざしてください」


 道明は、右手を扉に向けた。


 紋章が光り——扉が、ゆっくりと開いた。


 中は、暗かった。


 階段が、地下へと続いている。


「行こう」


 道明が、先に立って階段を下りた。


 リーゼルが、後に続く。


 階段は、長かった。


 どこまでも、下へ、下へと続いている。


 やがて——広い空間に出た。


 地下神殿だ。


 天井から、かすかな光が差し込んでいる。おそらく、地上から光を取り込む仕掛けがあるのだろう。


 そして、神殿の中央には——


 二つの石像があった。


 一つは、太陽を象った男の像。もう一つは、月を象った女の像。


 どちらも、目を閉じている。眠っているようだ。


「あれが、三柱目と四柱目の神霊——太陽のラーと、月のセレナです」


「眠っているのか」


「はい。千年間、ずっと——」


 道明は、石像に近づいた。


「起きろ」


 声をかけた。


 だが、石像は動かない。


「……声だけじゃ、駄目か」


『御者よ』


 アウルスの声が、響いた。


『神霊を起こすには、功徳が必要だ。お前の功徳を、彼らに分け与えるのだ』


「功徳を、分ける?」


『そうだ。手を、石像に触れろ。そして、心の中で——彼らを呼べ』


 道明は、太陽の石像に手を置いた。


 目を閉じる。


 心の中で——呼びかける。


 ——起きてくれ。俺は、お前を乗せたい。


 しばらく、沈黙が続いた。


 そして——


『……誰だ』


 声が、聞こえた。


 頭の中に、直接響く声。


『誰だ、わしを起こすのは……』


「俺は、神崎道明。神の御者だ」


『御者……? 御者は、もういないはずだ……百年前に……』


「俺は、異世界から来た。新しい御者だ」


 沈黙。


 それから——


『……異世界から、か』


 声に、興味が混じった。


『面白い。——お前は、何のために走る?』


「客を、目的地まで送り届けるためだ」


『客?』


「ああ。困っている人を、助けるためだ。——それが、俺の仕事だ」


 また、沈黙。


 長い、長い沈黙。


 そして——


『……いいだろう』


 石像が、光り始めた。


『お前を、信じよう。御者よ——わしを、乗せろ』


 光が、道明の身体に流れ込んでくる。


 熱い。太陽のように、熱い。


 だが、心地よい熱さだ。


 そして——隣の石像も、光り始めた。


『私も、乗せてください』


 女の声。月のセレナだ。


『千年間、ずっと——待っていました。本当の御者を』


 銀色の光が、道明の身体に流れ込んでくる。


 冷たい。月のように、冷たい。


 だが、心地よい冷たさだ。


 二つの光が、道明の中で混じり合う。


 熱さと冷たさ。太陽と月。


 相反するものが——調和していく。


「……四柱目、か」


『ああ。あと八柱だ』


 アウルスの声が、響いた。


『お前の功徳は、大幅に増えた。もはや、百年前の御者たちをも超えている』


「まだ、半分も行ってない」


『そうだ。だが——』


「だが?」


『お前は、確実に——世界を救う力を、身につけつつある』


 道明は、自分の手を見た。


 紋章は、以前よりもさらに明るく輝いている。


 四柱の神霊の力。


 それが、今、自分の中にある。


「……行くぞ、リーゼル」


「はい」


 二人は、地下神殿を後にした。


 地上に戻ると、夕日が街を照らしていた。


 サラが、まだ同じ場所に座っていた。


「終わったか、御者よ」


「ああ。——ありがとう」


「礼には及ばぬ。わしは、ただ——千年前の約束を、果たしただけだ」


「約束?」


「リーゼルとの、約束だ。——『御者が来たら、必ず助ける』と」


 サラが、微笑んだ。


「行け、御者よ。世界は——お前を待っている」


 道明は、頷いた。


 天輪号が、光と共に現れる。


 二人は、馬車に乗り込んだ。


「次は、西の森林だ」


「はい」


 馬車が、走り出した。


 砂金の都を後にして、西へ。


 神崎道明の旅は、続いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る