第八章 王手(チェック)
地響きのような雷鳴が館全体を揺さぶり、古いシャンデリアが不気味に鳴る。一階のサロンでは、青白い顔をしたメイドの志保を、老執事の阿久津が必死に庇うように立っていた。そこへ、蓮見が肩で激しく息をしながら、泥に汚れた靴音を響かせて戻ってきた。
「阿久津さん! 地下のワインセラーに隠し通路を見つけました。慎二さんは……あそこへ向かったようです!」
「地下に……隠し通路、ですか!? そんなもの、長年仕えた私も知りませんでした」
「おそらく兼重氏が個人的に作らせた脱出口でしょう。急ぎましょう、まだ慎二さんのぬくもりが残っているかもしれない!」
三人は、湿り気とカビの臭いが立ち込める地下へと降りた。蓮見が指し示したのは、年代物のワイン樽が並ぶ棚の裏側に、巧妙に隠された重い石扉だった。それはわずかに開いており、その先からは荒れ狂う海の、死の香りがする冷たい潮風が吹き込んでいた。
「……待ってください。これは……」
蓮見は、扉のすぐ側の床に落ちていた一通の封筒を、震える手で拾い上げた。その封筒には、九条家の紋章が刻印され、慎二の独特な、右上がりの強い筆跡で『遺言』と記されていた。
阿久津が震える手でそれを受け取り、絶句しながらも、声を絞り出すようにして内容を読み上げる。
『……すべては僕がやった。父さんも、貴広兄さんも、絵里奈姉さんも。二十年前、僕たちは晴希君を殺し、あの海へ捨てたんだ。その罪が、僕を内側から食い破ろうとしている。もう、これ以上は耐えられない。僕は彼と同じ場所へ行く。……黄金のキングは、僕と共に闇に沈むべきだ』
志保が短い悲鳴を上げて泣き崩れ、阿久津もまた、絶望のあまり壁に手をついて顔を覆った。
「慎二様が……そんな……あんなにお優しかった慎二様が、家族を手に掛けるなんて……」
蓮見は沈痛な面持ちを浮かべ、阿久津の震える肩に、慰めるように手を置いた。
「……悲しいことですが、これが極限状態に陥った人間の、最後の決断だったのでしょう。二十年前の呪縛が、彼をここまで追い詰めてしまった。名探偵を自称しながら、彼の心の叫びを救えなかった。……私の敗北です。申し訳ない」
蓮見は二人を励まし、安全な場所である一階のサロンへと連れ戻した。
「もう、追われる心配はありません。犯人は……慎二さんは自ら幕を引いたのです。警察の救助が来るまで、温かいものを飲んで落ち着きましょう。私がついています。夜が明ければ、すべてが終わります」
蓮見は手際よくコーヒーを淹れた。香ばしい香りが立ち込める中、阿久津と志保は、命の恩人を見るような崇拝の眼差しで蓮見を見つめ、差し出されたカップを飲み干した。
数分後。極限の疲労と恐怖から解放された二人の意識は、吸い込まれるように深い眠りへと落ちていった。それを見届けた瞬間、蓮見の表情から、一滴の汗も、一片の苦悩も消え去った。
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