第六章 沈黙

三階にある蓮見の自室は、あたかも外界から切り離された静止画のような静寂に包まれていた。デスクの上で唯一の光源となっているスタンドライトが、円形に白光を落とし、その中心には小さなチェスボードが鎮座している。

 蓮見は背筋を伸ばして椅子に座り、指先で顎をなぞりながら盤面を見つめていた。彼の眼鏡の奥にある瞳は、事件の核心を射抜こうとする探偵特有の鋭い光を湛えている。

 これまでに三人が死んだ。

 主人の兼重、長男の貴広、そして長女の絵里奈。

 現場に残された「駒」の意味、そして二十年前の少年・瀬戸晴希の失踪。それらすべてのミッシングリンクが、この嵐の館のどこかに隠されているはずだった。蓮見は手元の手帳に、これまでのアリバイと現場状況を緻密に書き出していく。

「……動機、機会、そしてこの見立て。すべてが私を挑発しているようだ」

 彼は低く呟いた。その声には、依頼人を救えなかった無念さと、見えない犯人に対する静かな怒りが混じっている。彼は白のナイトを手に取り、盤上に置いた。それは、この狂気の中に残された最後の希望である「正義」の象徴のように見えた。

 コンコン、とドアが叩かれた。入ってきたのは老執事の阿久津だ。

「先生……志保の様子が落ち着きました。ですが、館の空気に耐えきれず、怯え続けています。先生、本当にこれは……復讐なのでしょうか」

 蓮見は立ち上がり、阿久津の側に寄って、その震える肩を優しく、しかし力強く掴んだ。

「阿久津さん、顔を上げてください。亡霊は実体を持ちません。凶器を振るい、命を奪うのは常に血の通った人間です。私は探偵として、これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。……今、最も心配なのは、部屋に閉じこもっている慎二さんです」

 蓮見は眼鏡を押し上げ、決意に満ちた表情で言葉を続けた。

「彼は何かを恐れている。それが犯人に対する恐怖なのか、あるいは自分自身の記憶に対するものなのかは分かりません。ですが、私はこれから彼と一対一で対話をしてきます。彼を孤独にしてはいけない。それが、この連鎖を止める唯一の鍵になるはずです」

 阿久津は不安げながらも、蓮見の揺るぎない瞳を見て深く頷いた。

「先生……どうか、慎二様を救ってください。お願いします」

「約束します。阿久津さんは志保さんのそばに。決して、そこを動かないでください」

 阿久津が去った後、蓮見は深くため息をつき、自室の電気を消した。暗闇の中、窓を叩く雨音だけが激しく響く。彼はコートを羽織り、懐中電灯を手に取った。

 廊下に出ると、古い館特有の冷気が肌を刺す。一歩歩くごとに床板が悲鳴を上げる中、蓮見は慎二の部屋がある西棟へと向かった。その足取りは、一刻も早く次の惨劇を阻止しようとする、正義の執行者そのものだった。

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