第4話 壮麗な訪問者・降臨
深夜のコンビニ「サニーマート」に、一人の客が入ってきた。
その瞬間、店内の空気が一変した。……正確には、店内にいた「霊的な感性を持つ存在」にとっての空気が、だ。
自動ドアが開くと同時に、アリス(ベリアル)はレジで硬直した。
視界がホワイトアウトするほどの聖なる輝き。純白の翼が何対も重なり、因果を統べる天界の旋律が店内に響き渡る。
「(……ミ、ミカエル!? 天軍の総司令官がなぜここに!?)」
しかし、バイトリーダーの佐藤や、お酒を選んでいた会社員たちの目に見えているのは、全く別の姿だった。
そこに立っていたのは、身体のラインを完璧に引き立てるスリーピースのスーツを着こなし、上質な革手袋をはめた、モデル顔負けの「中性的な超絶美形」である。
「うわ、あの人かっこいい……」
「宝塚のスターかな? 男性……いや、女性? どっちにしても素敵すぎる」
店内の客が男女問わず頬を染め、溜息をつく。ミカエルはそんな視線を慣れた様子で受け流し、レジに立つアリスへ向かって、片目を軽く瞑ってみせた。
「やあ、ベリアル。……おっと、今は『有栖ちゃん』かな? 名札が合っているなら。そのエプロン、意外と似合っているじゃないか」
「な……ッ! ミカエル、貴様、何をしに来た! 最終戦争(ハルマゲドン)の宣戦布告か!?」
アリスがレジカウンターの下で魔力を練り上げようとしたその時、背後から佐藤がひょいと顔を出した。
「あ、ミカエルさん。ちわっす! 今日はいつものホットサンド、まだ残ってますよ」
「ありがとう、サトー。君の薦めるものはいつも美味しいからね」
ミカエルは優雅な所作で手袋を直し、微笑んだ。その笑顔に、店内の女性客が数人、尊さのあまり崩れ落ちそうになっている。
佐藤がホットサンドを取りにバックヤードへ向かうと、アリスは低い声で詰め寄った。
「……納得がいかん。なぜこの男も、周りの人間どもも、私の放つ魔力や、貴様の放つ狂おしいほどの神威(しんい)に平然としていられるのだ。本来なら魂が焼かれてもおかしくないほどの力だぞ」
ミカエルは、棚に並んだガムを眺めながら、事もなげに答えた。
「それが『器(うつわ)』の限界というやつさ。アリス、君は太陽のもつ力を理解しているかい?」
「……それと何の関係がある」
「人間の多くは星の輝きを『ただの明るさ』としてしか認識していない。その内部で起きている凄まじい反応や、宇宙を焼き尽くすエネルギーの奔流を直接には受け取らない。彼らが日常的に『処理可能な情報』にまで落とし込んで受け取っているんだよ」
ミカエルは、自分の長い指先を見つめた。
「僕たちの力(エネルギー)も同じさ。彼らには僕たちがどれほど『凄まじい存在』であっても、『雰囲気のある人』程度にしか見ようとしないんだよ」
ミカエルはクスクスと楽しそうに笑った。
「地上はいいよね。天界じゃ、僕がちょっと深呼吸しただけで下級天使が震え上がるけど、ここでは佐藤君みたいに『今日もスーツ決まってますね!』なんて気軽に声をかけてくれる。この『軽い扱い』が、僕たちにとっては一番の癒やしだと思わないかい?」
「お待たせしました、ホットサンド! あと、新商品のカフェラテもサービスしときますよ」
佐藤が戻ってきて、屈託のない笑顔で商品を差し出した。
「おや、嬉しいな。ありがとう、サトー」
「いいんすよ。……あ、アリス、お前もいつまで固まってんだ。ほら、ちゃんと『ありがとうございました』って言えよ」
佐藤に背中をパシッと叩かれ、アリスは思わず「あぅっ」と情けない声を上げた。魔界公爵の威厳もへったくれもない。
「……あ、ありがとうございました。……また、お越しくださいませ……」
蚊の鳴くような声で挨拶するアリスに、ミカエルは満足そうに頷き、ホットサンドを手に店を出ていった。
静かになった店内で、アリスは自分の手を見た。
確かに、ここでは自分は「深淵の公爵」ではなく、ただの「ちょっと手際が悪い新人バイト」だ。
「……ふん。感度が低いとは、救いようのない生き物だな、人間は」
「ん? なんか言ったか?」
「何でもない! ほら、サトウ、床の清掃の時間だ。早くモップを持ってこい!」
「はいはい。お前、最近口調は相変わらずだけど、仕事は早くなったよな」
「だ、黙れ! 貴様に褒められる筋合いはない!」
顔を赤くして怒鳴るアリスの背後で、彼女の周りの影がわずかに蠢いた。それはミカエルの霊力とベリアルの魔力の残滓だったが、佐藤の目には、ただの蛍光灯のちらつきにしか見えていなかった。
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