第3話 深淵の更生者

深夜三時。静まり返ったサニーマートの自動ドアが開くと、下卑た笑い声とガムを噛む不快な音が店内に響き渡った。

「おい、また来やがった……」

レジの陰で、佐藤が小さく溜息をついた。入ってきたのは奇抜な髪色に刺青、絵に描いたような「ガラの悪い三人組」だ。彼らは陳列棚を蹴り、商品をわざと床に落としながら奥へと進んでいく。

佐藤の目には、彼らはただの「近所の迷惑な不良」に見えていた。しかし、その正体は幽界の裂け目から現世に遊びに来た、掃き溜めのような下級悪魔たちであった。


「ヒャハハ! この世界じゃ好き勝手に出来て最高だぜ。なあ、あのレジのガキから魂でも……」

先頭の男がレジに歩み寄った瞬間、その言葉が物理的に凍りついた。品出しを終えたアリスが、ゆっくりとカウンターの奥から顔を出したからだ。

下級悪魔たちの視界――霊視において、それは「バイトの女子」などではなかった。銀河を飲み込むほどの漆黒の魔力を全身から立ち昇らせ、冷徹な瞳で自分たちを睥睨する、絶対的強者。魔界公爵ベリアルその人がそこにいた。

「(な、ななな……なあああああッ!?)」

悪魔たちは声も出せず、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。あまりの霊圧の差に、彼らの角(隠された真の姿)が恐怖でガタガタと震え始める。

アリスは、彼らが自分と同じ「魔力でものを見る側」の住人であることに即座に気づいた。彼女はカウンターに肘をつき、骨の髄まで響くような低い声で告げた。

「……ここで騒ぐな。……いいな?」

「ッ!! は、はいいいいいっ!!」

悪魔たちは脱兎のごとく店を飛び出していった。それを見ていた佐藤は、呆気にとられた表情で呟く。

「……すげえな、アリス。あいつら、お前の顔を見ただけで逃げてったぞ」

佐藤の中で、ある疑念が生まれた。(アリスは……裏社会の有名人だったんじゃないか?)

(あのふざけた奴らを一目で黙らせるほどの立場だったのに……。きっと何か事情があって足を洗い、ここで更生して生活をやり直そうと頑張ってるんじゃ……。よし、俺もしっかりサポートしてやらなきゃな!)

「おいサトウ、何をひとりで頷いている。早くカウンターを拭け、奴らのせいで汚れているぞ」

「わかってるって! 任せとけ、アリス!」


その後、佐藤が備品の補充のためにバックヤードへ引っ込むと、入れ替わりで一人の男が店内に飛び込んできた。

「おい! 出せ! 金を出せえええッ!」

血走った目をした強盗が、アリスの鼻先に鋭いナイフを突きつけた。アリスは、無機質な表情でその銀色の刃を眺めた。

「……貴様、この私に命令しているのか?」

「うるせえ! ぶっ刺されたくなきゃレジを開けろッ!」

アリスは落ち着いたまま考えた。ここでこの男の首を飛ばすことさえ容易いが、そうなれば佐藤に「血の掃除」という無駄な労働をさせることになる。それは不本意だった。

「……よかろう。お前に相応しい『場所』へ送ってやる」

アリスが指をパチンと鳴らした瞬間。

強盗の足元に影の沼が広がり、彼は叫び声を上げる間もなく、虚空へと吸い込まれて消えた。


『……おーい、アリス。今なんか、怒鳴り声しなかったか?』

のんびりとした声と共に、佐藤がバックヤードから顔を出した。レジの前には、平然と爪の手入れをしているアリスが一人いるだけだ。

「誰か来てたか? 変な奴がいなかったか?」

「……いや? 何も。店内の音楽だろう」

「そうか? ……まあ、それならいいけど。防犯には気をつけてな」

佐藤は疑うこともなく、再び作業に戻っていった。


その頃、魔界の辺境にある「嘆きの平原」。

常に硫黄の臭いが立ち込め、奇怪な異形たちが彷徨う、正真正銘の地獄。

そのど真ん中に、一人の男がナイフを握ったまま佇んでいた。

「……は? え? コンビニ……は……?」

空を見上げれば、太陽ではなく巨大な魔力の渦が巻いている。足元には溶岩が流れ、遠くからは罪人たちの悲鳴が風に乗って聞こえてくる。

「……いやだあああ! 夢だ! これは夢だああああ! 神様ああああ!!」

強盗はナイフを投げ捨て、地面を走り出した。


先ほどコンビニに来ていた下級悪魔たちがウロウロしている。

「ベリアル様に言われて来たが、こんなところに本当に人間なんかいるのか?」

「さっきコンビニに居たから、あっちから送ったんじゃないか」

ちょうどそこへ強盗が走ってきて悪魔たちにぶつかると、その姿を見てパニックを起こし木に突進すると頭を打って気絶してしまった。

「……なんなんだコイツ、勝手に気絶してるぞ」

下級悪魔たちは強盗を拾い上げると「命令だから地上に戻してやるが、本当なら食っているところだぞ」と、強盗を地上に運ぶと解放してやった。

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