第3話 始まる私の異世界生活




 だだっ広い大草原を進み、森の中へと入り整備された道を進んで行った先の崖に架かった大きな橋。

 その下には広大な河川が流れており、馬車で橋を渡り抜けた先に、大規模に広がる城壁と大きな門が見えて来る。


 あれがグランヘルム家のある城塞都市ヴァルハルト……らしい。


 二人の門番はクラウスの顔を見ると直ぐに道を開け彼に敬礼していた。

 魔王を倒した英雄だとは聞いたが、この雰囲気は本当の話っぽいな。


 開かれた門を通り、一帯に広がる街並みが視界に映し出される。

 整備された石畳の地面、そして中世ファンタジーといった雰囲気の建造物が立ち並んでいて私の興奮は益々高まっていく。


 周囲には、様々な髪色をした老若男女の人達、そして犬、猫、蜥蜴など多種多様な姿をしたいわゆる『亜人』などが行き交っており、活気に満ち溢れていた。


 遠くには大きな建造物もいくつか見えて、規模の大きそうな街である事が分かる。


 そのまま一行は馬車で街の中を通り抜けて行く。


 この辺りは商店街らしく、食料品、衣服、書物、装飾品など、様々な小規模の店が一本道の左右に多く並んでいる。

 一つ一つじっくり眺めてみたいが、流石にそれは今しない方がいいだろうという最低限の空気は私にも読める。


 そういえば何故、看板や張り紙に書かれている文字は読めないのに言葉は通じるのだろうと疑問が生じたが……

 言葉が通じる事にメリットはあってもデメリットは全く無いので気にしない事にした。私はそこまで興味ない事はいつまでも気にしないのだ。


 街を抜けると、段々と周りの人や建造物が減っていき、自然が多く見えて来る。畑と民家と広がる土地になってきた。


 どうやらこの近くに彼等の家があるらしい。


「ここまででいい。ありがとう、お疲れさん」


 馬車を止め細身の男にクラウス達が礼を言い、客車から降りる。私も会釈をしながら続けて降りた。


 地面を踏みしめ周囲を見渡す。さっきまでの賑やかな街と違って山や森の見える静かな村。鳥や虫が飛び交い、風も心地良い。


 森の向こう側にいくつか高い建造物が確認できるのが田舎っぽさを激減させているが気にしない。


 そのまま整備された道を歩いていくと、畑に居る老人へクラウス達が声を掛ける。


「父さん、ただいま」


「あぁ、おかえりクラウス。ウィルフレッドとアンナも。今日も無事帰れたみたいだな」


「お祖父さん! 僕今日ヒトクイアリを一匹倒せました!」


「おぉ、本当かウィルフレッド! 流石は私の孫だ。えらいぞ。将来は天才剣士だな、うむ、間違いない」


「お義父さん、あまり過剰に褒めすぎるとこの子、調子に乗っちゃうから……」


 クラウス、ウィルフレッド、アンナと老人の何とも平和なやり取りが交わされる。


 微笑ましい家族の光景だ。何か見ててちょっと胸が痛んだがたぶん気のせいだ。たぶん。


 孫との会話を終えた老人はこちらへと視線を向き。


「そこの子は?」


「あぁ……召喚されてきた異世界人だよ。でも事故で変な場所に召喚されちゃったみたいでさ。放っておいたら絶対命が危険だったから連れてきた」


「うむ、そうだな。見るからに戦う力も無さそうな少女だ。見捨てるのも胸が痛いだろうし」


 私をあのまま放置したら百%死んでたというのがやはり皆の共通見解らしい。まあその通りだが。


「それに……異世界人が召喚される理由はだいたい、人権を無視した軍事利用だ。召喚者本人と関わらずに済んだのならそれが一番いい」


「だよな父さん。それに異世界人が軍事利用されるのは個人的に気分が良くない……」


「今なんか怖い話が聞こえたんですが!?」


 軍事利用だの人権無視だの恐ろしい単語が耳に入り戦慄する。

 もし召喚者の元に居たら私も軍事利用されたのだろうか……厳しい訓練とか受けさせられたり……そんなの絶対嫌だ。


 凄い力だけ手に入れて楽に生きたいというのが私の本音だ。


 つまりクラウスはそんな異世界人の末路を知っていたから保護してくれたのか。


「希少魔法ってのは、それくらい価値のあるものなんだ……召喚した本人に拾われずに済んで良かったな」


「暫くは家に居るといいよ。安全だし」


「いや本当ありがとうございます……」


 クラウスとアンナの優しさが心に染みる。

 まさかの事故が幸いな出来事だったとは……いや、化け物蜘蛛に殺されかけて幸いとは言えないが。

 ただこの人達に出会えたのは幸運だろう。出会えなかったらバッドエンドルート直行だったのは目に見えている。


 そのやり取りの最中、畑の向こう側から足音と一人の少女の声が聞こえて来た。


「お帰りなさい」


 穏やかな音色と表情で現れたのは、私と年が近そうな銀色の長い髪をした少女だった。

 野菜が詰まった重たそうな箱を両手に持っている。畑の手伝いをしているのだろう。

 引きこもって迷惑ばかり掛けている私とは大違いである。

 服や両手は土で汚れているが、それすらも様になる様な光の美少女オーラを全身から発していた。

 (自称)闇の世界の住人である私が直視したら目が潰れる。


「ただいまアメリア」


 両親と言葉を交わし、続けてウィルフレッドが興奮気味に声をかける。


「姉さん、僕今日ヒトクイアリを一匹倒したよ!」


「よかったねウィルフレッド。怪我が無くて良かった」


 弟を労い、そして私へと視線を向け。


「そこにいる女の子は?」


 その問いかけにクラウスが先刻と同様に返し、納得した様に少女が頷いた。


 そしてこちらへと駆け寄り、優しそうな微笑を浮かべ、挨拶をしてくる。


「はじめまして、アメリアです。これからよろしくね」


「……神白はじめ、です……よろしく」


 歳の近い自分と違うタイプの人と話すとどうしても緊張感が勝ってしまう人見知りな私の返事は固い言い方になってしまった。

 しかもソレを察してか「緊張しなくていいよ」とアメリアが返してくれた。いい子だ。


 ――私の異世界生活は、ここから始まる。



――――――――――


 グランヘルム家に訪れて二日目。


 窓から照りつける朝日。いつものように嫌な夢を見た。布団から出たくない。めんどくさい。現実と向き合いたくない。

 どこか遠い知ってる人の居ない世界に行っても寝起きの悪さは健在だ。

 でも、


「――学校行かなくていいんだ」


 朝日の差し込む部屋、布団から顔を出しながらそう溢す私。

 ここは異世界で暫く居候させてもらうことになったグランヘルム家の邸宅、その空き部屋だった一室。

 今日は召喚されてから二日目だ。


「ハジメ。そろそろ朝ごはんだよ」


「……はーい」


 扉の向こう側からアンナに呼ばれて、ゆっくりと布団から出る。身体がなんか重いが、元の世界で引きこもっていた時よりは少しはマシか。

 いつもの癖で寝起きのスマホ確認。やはりどこにも繋がらない。――LINEも開けない。


 パジャマからアメリアに借りた服へと着替え、部屋に備え付けられた鏡は見ずにスルーしながら部屋を出る。

 広く長い廊下。壁に飾られた絵画。 畑や山の見える窓。隅々まで掃除が行き届いているのが分かる綺麗に整えられた空間。


 段々と焼きたてのパンの香ばしい香りが近づいてきた事に心を躍らせていると、背後から突然老婆の声に怒鳴られた。


「ちょっとアンタ、何だいそのだらしない頭! 寝癖が酷いじゃないか!」


「ぴっ!?」


 後ろから怒鳴ってきたのはクラウスの母であり子供達から見た祖母。

 彼女は目つきも鋭く顔が怖いし声が大きい、正直苦手だ。


「全く、身だしなみくらい整えたらどうなんだい……ついてきな」


「ひゃいっ」


 手を引っ張られどこかに連れて行かれる。

 何をされるのだろうか、一時間くらい説教されるのだろうか。説教は嫌いだ、めんどくさいし。


「めんどくさいとでも言いたげな顔だね」


「ごめんなさい……」


 説教を受ける覚悟していると、炊事場へ連れて行かれた。クラウスのもう一人の妻である赤髪の女性レイチェルがいて、朝の挨拶を交わす。


 え、何でここに連れてこられたの、調理されちゃうの?


 などと軽くパニックを起こしていると、老婆は清潔そうなタオルを取り出し水で濡らしたあと手で握りしめ、数秒後濡れタオルから湯気が発していた。

 たぶん握力の力でなく魔法の力だろう。

 そして、そのタオルを私の頭に被せて来た。


「わひっ!?」


「私はアンタの親じゃないんだよ、全く。寝癖くらい自分で直したらどうなんだい」


 ブツブツと言いながら蒸しタオルで温かく濡らされた後、ブラシで髪を整えられていく。顔と口調の割に手の加減は非常に優しい。

 どうやらお説教ではなく寝癖を直してくれたようだった。


「綺麗な髪してるんだからもっと大事にしな」


「あ、ありがとうございます」


「ふん。明日からはちゃんと自分でやるんだよ」


 その様子をレイチェルが横から笑いながら見ていた。


 ――炊事場まで来てしまったし手間を掛けさせたのでせめて何か手伝おうかと思ったが、既に朝食の準備は完了していたらしい。


 あくびをしながら食卓へ向かうと、既にクラウス、アメリア、ウィルフレッドと祖父が席に着いており、皆に挨拶を交わす。

 そして食卓の近くには金色の毛を持つゴールデンレトリバーの様な大型犬がおとなしくおすわりしている。

 子供達から命名されたヘクトールというゴツそうな名前とは裏腹に愛嬌のある顔をした賢いワンコだ。


「おはよう、ハジメ」


「おはよう」


 アメリアに隣に席に手招きされ、そこに座る事にする。


「ハジメ、ちゃんと寝れた? 昨日から思ってたけど目の下にちょっと隈があるよ」


「ん……これはスマホの見過ぎで、前からだから大丈夫……」


「すまほってのはよく分からないけど目に悪いものなの?」


「まあ見すぎるとそうだね」


 母のアンナに似て綺麗な銀髪を持つ彼女は私と同い年で、昨日から頻繁に声を掛けられる。年が近い同性の同居人というのが嬉しいのだろうか。

 あまり他人からガツガツ来られるのは苦手なのだが、彼女は雰囲気が穏やかで話しやすい。


 続いてアンナが席に着き、レイチェルと祖母もそれぞれ席に着く。

 そして最後に、駄々をこねる泣き声と共に現れたのが末っ子の娘ルシアンと、彼女を抱える長男ミシェル。

 どちらも赤髪で、レイチェルの子供達だ。


「やだやだやだやだ学校行きたくなーーい!」


「最初に魔法学校行きたいって父さんと母さんに頼んだのはルシアンだろ!」


「やーーっ、行きたくないったら行きたくない!」


「どうしたんだよルシアン、いつもはここまで我儘言わないだろ!」


 駄々をこねる末っ子の様子にクラウスとレイチェルが真っ先に立ち上がり駆け寄る。


「どうしたのルシアン、どこか痛いとか、苦しいの?」


「痛くない!」


「……学校で何かあったのか?」


「……」


 母からの問いかけは否定し、父の問いかけには無言で俯く。

 これは学校で何かあった奴だとすぐに察した。


 父と母はどうすればいいか悩む表情を浮かべている。そんな中、私の隣に座るアメリアが提案を口にする。


「……そんなに嫌なら、今日は休んでもいいんじゃないかな?」


 その提案を聞いたルシアンは姉を見て、クラウスと顔を見合わせるレイチェルが「そうしようかしら」と口にする。


「確かに、ここまで激しい我儘を言う事は無かっただろう。ルシアンにも何か行きたくない理由があるんだ」


 父クラウスのその言葉を聞いたミシェルは少し迷いを見せ、それでも食い下がる。


「俺だってルシアンは心配だし大事だよ。でも、嫌がる理由がちゃんと分かってから、休ませるかどうか判断した方がいいと思う。甘すぎる対応もルシアンのためにならないし……」


 ミシェルも彼なりにルシアンを心配しているのだ……心配だからこそ厳しさを見せるタイプ。私は厳しくされるのは苦手だが。


「だからさ、ルシアン。理由を教えてくれ」


「……ヤダ」


「いや、ヤダじゃ分かんないだろ!」 


 ルシアンは頑なに理由は言わずに、兄に何か言いたげに涙目で震えている。とりあえず休ませるのがいいのか、暫く様子見するのがいいのか、元の世界で当事者であった私にもどちらが正しいのかなんて正直分からない。

 けど、少女の辛そうな顔が、見ていられなかった。


 私は椅子から立ち上がり、ミシェルとルシアンへ近寄り、声を掛ける。


「あのさ……もうルシアン休ませてあげたら?」


「……!?」


「私も学校嫌で嫌で泣いた事あるけど……そういう時に無理やり行かされるのって辛いから」


「部外者のアンタが口出すなよ!」


「いや部外者て」


 確かにそうだが。

 確かにただの居候の部外者だが……ちょっと言い方がキツイのではないだろうか。地味に傷つく。


「コラッ!!」


「ミシェル、そんな言い方しない!」


 クラウスとレイチェルがミシェルの発言に対し叱りつける。

 そして更にルシアンが私の背後へと隠れる様に駆け寄ってきて、兄を精一杯睨みながら叫んだ。


「お兄ちゃん嫌い!!」


 ――お兄ちゃん嫌い。

 部屋中に響き渡るその声。

 それを聞いたミシェルは……めちゃくちゃ泣きそうな顔をしていた。


「き、嫌い……って、いや、俺だって、その、ルシアンをいじめたいんじゃなくて……本当に、お前の事を思って……」


「お兄ちゃん嫌い!!」


 再度放たれた二撃目に更に悲痛を深めた顔をするミシェルに、ウィルフレッドが助け船を出す。


「……ねぇルシアン。兄さんも、ルシアンに将来なにかあったら心配だなって思ってるんだ。悪気は無いんだよ。兄さんが謝ったら許してあげて?」


「……」


「ごめん! 悪かった! 俺もムキになってた! 今日は休んでいいから!」


 泣きそうな顔で必死に妹に謝るミシェル。なんだか可哀想になってきた、彼にも悪気はなかったろうし。


「……ハジメさんも、さっきは、ごめんなさい」


「うん……いいよ」


 周りからも「ミシェルを許してあげて」と言われルシアンは無言で頷いた。


 二人は仲直り出来るのだろうか……と、少し不安だったが五分後。

 私の目の前には笑顔でジャムの付いたパンを頬張るルシアンと頬についたジャムを拭くミシェルの姿があった。


 ――そして朝食を終え学校に行くミシェルとウィルフレッド、そして仕事に出るクラウスを見送り、片付けを手伝っていた最中……アンナとレイチェルから聞いた話。


 ミシェルは前に、街を歩いていると荒くれ者の集団に囲まれ怖い思いをしたことがあるらしい。その時、学校であまり真面目に魔法の訓練をしていなかった事を後悔した経験があるそうだ。


 そんな怖い思いを妹も体験してしまった時、少しでも自分の力で切り抜けられる様になって欲しいという思いから厳しく接する事があるらしい。

 確かにここは異世界。そして異世界といえばだいたい現代日本よりも遥かに治安が悪い。

 時には現代日本よりも厳しく教えることも必要なのかもしれない……たぶん。

 

 片付けが済んで、レイチェルが魔法研究所へと出勤。

 彼女は魔法が好きで昔から色々調べたり研究をしており知識が豊富らしい。実践の方は苦手みたいだが。

 出勤間際、私に声を掛けてくる。


「ハジメの頭髪と利き手の手型、研究所に持っていくわね。約束通り調べてあげるから」


「ありがとうございます」


 頭髪などの身体の一部から私が持つ魔法の属性を調べてもらうと昨日約束していた。

 結果が楽しみだ。今すぐ知りたくてソワソワしている。


 家に残ったのはアンナ、アメリア、ルシアン、祖父と祖母、そして私。あとペットのワンコ。

 アメリアと祖父、祖母は農作業に出て行き、私は家事を手伝う事になっている。


 元の世界で家事手伝いくらいはしていたので問題ない。

 正直、異世界に来てまた家事手伝いかという思いもあったが、タダで寝泊まりさせてもらうのは罪悪感があるので了承した。


「じゃあ私は洗濯物を済ませてくるから、ハジメは掃除をお願いね。貴族とかのお屋敷じゃないから、隅々まで完璧でなくてもいいから」


「わかりましたアンナさん。程々に手を抜いたらいいんですね」


「うん。抜き過ぎてもダメだけどね」


 掃除を頼まれている場所は庭、玄関周り、廊下、トイレ、浴室。庭では花への水やりも頼まれている。


 玄関には靴が綺麗に並べられ整頓されており、脱いだ靴を整頓せずよく怒られていた私とは大違い。


 庭も広く様々な低木から高木、色とりどりの花が植えられており、立派な石畳や池もある。

 鯉っぽいがよく見たら違う魚も泳いでいて、池周りからは何か和風っぽさを感じるのはクラウスの趣味だろうか。


 落ち葉を粗方掃いて、ジョーロで花に水を撒いていると二階の窓からルシアンが覗いているのを見つけた。目が合うと頭を引っ込ませた。

 何なんだ可愛いな。


「そろそろアメリア達にお茶持っていこう」


 いったん戻り私の背丈より小さい冷蔵庫から冷えたお茶を取り出し、グラスに注ぐ。

 この冷蔵庫は氷の魔石を敷き詰めて中の食品を冷やし保管するという仕組みになっているらしい。


 三人分のグラスを盆に乗せて、屋敷の近くの畑まで運ぶ。

 畑には色々なものが栽培されている。味は微妙に違うが、外見は元の世界の野菜や果物とだいたい同じだ。

 アメリアと目が合い手を振られたが手を離せないので会釈で返す。


「お茶持って来てくれたんだね、ありがとう。そこの平べったい石の上に置いてくれたらいいよ」


「うん。冷え冷えの内に飲んでね」


 アメリアは祖父母も呼び、いったん休憩に入る。

 二人からも礼を言われ、三人が飲み終わるまでこの場に待つ事にする。


「ハジメ、掃除はどう? ちゃんと出来てる?」


「うん、玄関と庭は終わらせたよ。あとは廊下とトイレと浴室と……」


「めんどくさそうな顔してるね」


「えー……いやいや、そんなことないデスヨ」


 口を濁しながら誤魔化すが本心はバレバレだろう。


 掃除だけでもあまり乗り気でなく本音ではダラダラと過ごしたい私と違い、アメリアは同い年にも関わらず立派に農作業をこなしている。


「……アメリアはいつから畑仕事やってるの?」


「手伝いは小さい頃からしてたけど、本格的に仕事として始めたのは二年前の成人になってからかな」


「十五歳か……私には考えられないな……」


「野菜や果物を育てるのって楽しいよ。大変だし身体は疲れるけど、美味しい野菜に育ってくれたら嬉しいし」


 そんな年齢で仕事を始める時点で私からすればビックリなのだが、彼女はその上やり甲斐を感じており仕事を楽しんでいそうだ。


 私とは違う世界に生きるタイプの人間である。

 そんな子がこうもフレンドリーに話しかけてくれるなど何か申し訳ない気持ちになる。


 そんなことを考えながら雑談を交わしていた最中、遠くから足音の様なものが聞こえた。そちらへ目を向ける。


 すると、畑の近くにある林の中から一匹の、身体も牙も大きい猪が居た。


「ぴっ――」


 ビックリして変な声が出た。

 日本に生息するものより一回り大きくゴツい巨体、あの牙に突撃されたら胴体に大穴が空きそうだ。想像しただけで怖い。脂汗が溢れ出てくる。


 巨体の猪に対しこちらのメンバーは穏やか系少女、お年寄り二人に、説明不要の私だ。

 絶対にヤバい。

 今から走るか大声出してアンナを呼ぶべきか、しかしそんな事をすれば大猪を刺激してしまうかもしれない。

 どうするべきかパニックになりながら頭をグルグルと回していると、静かに石の上に座っていた祖父が体勢を変えないまま足元の小石を指でつまみ、手をそっと大猪へ向け――指を弾いた。 


 その直後、硬いモノが盛大に砕けた音がして反射的に目を向ける。

 すると、大猪の大きな牙が先端が何かに砕かれていたのだ。


「――は?」


 え? どういう事? 何で牙壊れてるの?

 音が聞こえたのは祖父が指に乗せた小石を弾き飛ばした後だ……え、まさか小石で牙壊したの?

 このお爺さん何?


 祖父が再び小石を指でつまむのを見て、大猪は驚いた様に大きな足音を立てながらその場から逃走していく。


 私も大猪と一緒に驚いたが、当の祖父は涼しい顔のまま小石を土に置き再びお茶を飲み始め、アメリアと祖母もよくある事だと言わんばかりの顔で一部始終を見ていたのだった。

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