第2話「秘密の喫茶店」

 地図アプリの青い点が、住宅街の細い道を行ったり来たりするたびに、私の鼓動も同じだけ揺れた。

 駅前の賑やかさを抜けた瞬間から、世界は急に生活の輪郭を帯びる。低い塀、手入れされた鉢植え、干された洗濯物の影。風は土と木の匂いを運んで、どこかの家の昼ごはんの湯気が、遠くでほどけている。


 ――本当に、こっちで合ってるのかな。


 自分で決めたはずなのに、決めた直後の自分ほど頼りない。

 けれど今日は、それでいい。迷いながら歩くのも"自分で選ぶ"練習の一部だと、胸の奥で言い聞かせる。


 角を曲がったところに、その店はあった。


 古い木の看板。褪せた文字。ガラス窓の内側に白いレースのカーテン。

 目立たないはずなのに、そこだけ時間の流れがゆるやかで、空気が静かに呼吸をしているように見えた。


 扉の横の小さな黒板には、チョークで「本日のケーキ」。

 並ぶ名前は控えめで、派手な飾り気がない。タルト、プリン、シフォン。

 なのに妙に、喉の奥がきゅっと鳴る。丁寧な甘さが、もう想像できてしまうからだ。


 木の取っ手に触れると、思ったより温かかった。

 握った瞬間、肩の力が少しほどける。


 カラン、と鈴が鳴った。


 店内は外の光より一段やわらかい。黄色い照明、古い木のテーブル、壁には色褪せた写真と小さな時計。

 空気の芯にコーヒーの苦みがいて、その上に焼き菓子の甘い匂いがふわりと重なる。甘さも、押しつけがましくない。胸の奥の固いところを、ゆっくりほどく匂い。


「いらっしゃい」


 カウンターの奥から、白髪のおじいさんが顔を上げた。目尻の皺が深く、笑うとそこがさらにやわらかくなる。


「お一人かい?」

「はい。……初めてで」

「初めては、ちょっと緊張するねえ」


 "緊張していい"と言われた気がして、私は小さく息を吐いた。


「好きな席にどうぞ。窓際、気持ちいいよ」

「ありがとうございます」


 窓際の二人席。椅子の木が小さくきしんで、妙に落ち着く音がした。

 レース越しの光がテーブルに影を落とし、植木の葉がゆらゆら揺れている。時計の針の音が聞こえる気がするほど、静かだった。


 マスターが水とメニュー表を置く。


「ゆっくり見てね。決まったら声をかけて」

「はい」


 私はメニュー表を開いた。

 手書きの文字が少し丸くて、店の温度に合っている。コーヒー、紅茶、ミルク、ジュース。

 そこに「本日のケーキ」が追記されていて、私は指でなぞりながら、迷いの森に入っていく。


 ――決める練習。今日は、それをしに来た。


 でも、決めるのは難しい。

 どれも良さそうで、どれも外しそうで、外した時の"居心地の悪さ"が先に浮かんでしまう。味の好みを間違えるとか、頼み方を間違えるとか、店の空気を壊すとか。

 そんなの誰も気にしないのに、気にしてしまう。


 ページを行ったり来たりしていると、カウンターの奥から、もうひとつ足音がした。

 軽くて、迷いがなくて、でも少し急いでいる足音。


 ふっと顔を上げた私は、そのまま息を止めた。


 エプロン姿の周防秋穂が、そこにいた。


 白いシャツに濃い色のエプロン。髪はいつもよりきれいにまとめられて、額に少しだけ汗が光っている。

 制服の時よりも、むしろここにいる方が自然に見えた。


 そして――近づくほどに、彼女から甘い匂いがした。


 バターと、焼き目と、ほんの少しのバニラ。

 香水の匂いではない。手を動かしてきた人の匂い。

 体温と混ざって、生きている甘さ。


 図書室で見た秋穂は、光の中にいた。

 でも、今の秋穂は、熱の中にいる。


 私は息を止めたまま、その匂いを胸の奥まで吸い込んでしまった。


 秋穂も私に気づいた。


 視線がぶつかった瞬間、彼女の動きがわずかに止まる。

 目が一度泳ぎ、口元が固くなる。

 "見つかった"という顔。


 そのまま、秋穂はゆっくり私の席へ歩いてきた。


「……結城」

「……周防さん」


 名前を呼ぶ声が、学校より少し低い。店の柔らかい光のせいか、その声までやわらかく聞こえる。

 けれど表情はまだ、硬い。


「……ここ、来たんだ」

「う、うん。えっと……たまたま」


 たまたまじゃない。探して来た。

 でも、その事実を口にすると"あなたに会いに来たみたい"になってしまう気がして、飲み込む。困る理由は自分でも分からない。


 秋穂は追及しなかった。代わりに、エプロンの紐を指先でいじる。

 その動きで、エプロンの胸元に白い粉がふわりと目に入った。焼き菓子の粉だ。本人は気づいていない。


「……ここで、バイトしてる」

「……うん。見た」


 言葉が短くなる。そこだけ空気が冷える。

 校則違反――という単語が頭をよぎる。秋穂の表情が、それを否定しない。


 秋穂が小さく息を吸い、私を見た。警戒の色が混じる。


「……誰にも言わないで」

「言わないよ」

「……簡単に言うね」

「簡単だよ。だって――決めたから」


 言い切った自分に、私が一番驚いた。

 "うん、いいよ"じゃない。逃げ道のない言い方。


 秋穂の眉が、ほんの少しほどけた。

 警戒が一段下りる気配がする。


「……ありがとう」

「ううん。秘密、ね」

「……うん」


 小さな頷き。

 胸の奥が、ふっと温かくなる。


「秋穂ちゃん、注文取ってあげて。初めてのお客さんだよ」


 マスターが、楽しそうに声を投げる。

 秋穂は「……はい」と返して、店員の顔を作ろうとする。けれど、どこかぎこちない。

 そこで私は気づく。秋穂は"人に見られる自分"が少し苦手だ。学校では無表情で距離を取ることで守っているものを、ここではエプロン一枚で守らなきゃいけない。


 秋穂が私のメニュー表の端を見て、声を落とす。


「……決まらない?」

「うん……どれも美味しそうで」


 秋穂は一拍置いて、指先で「本日のケーキ」の行をトンと叩いた。


「……タルト。今日のは、失敗してない」

「失敗してないって……」

「……味が崩れてない、って意味。好き?」

「好き……だと思う。たぶん」


 私が「たぶん」と言った瞬間、秋穂の口角がほんの少しだけ上がった。

 笑いと呼ぶには小さすぎるけど、確かに表情が柔らかい。


「……じゃあ今日、決めればいい」

「……うん。今日、決める」


 私は息を吸って、声にする。


「タルトと……コーヒー、お願いします」

「……了解」


 秋穂がメモを取る。ペン先が紙を擦る音が、静かな店にきれいに響いた。

 そのまま厨房へ戻りかけて、途中で一度だけ足が止まる。


「……結城」

「なに?」

「……本当に、言わない?」

「言わない。約束する」


 私は笑わずに言った。笑ったら軽くなる気がしたから。

 秋穂は一度だけ私の顔を見て、今度こそ厨房へ消えた。


     ◇


 最初に届いたのは、コーヒーの香りだった。

 カップがソーサーに触れる、澄んだ音。黒い液面が微かに揺れ、湯気が鼻先をくすぐる。


「……どうぞ」


 秋穂の手つきは丁寧で無駄がない。図書室でノートを取る時のような、迷いのない動き。


 私は一口飲む。

 苦い。でも嫌じゃない。苦みが輪郭を作ってくれて、頭の中の曖昧さが少しだけ引っ込む。


 そして、タルト。


 白い皿の上に、三角形の小さな世界。艶のあるフルーツ、淡いクリーム、焼き色のついた生地。

 フォークを入れるとサクッと小さな音がした。その音だけで、もうおいしそうだった。


「……それ、今日の」

 秋穂が言う。声が少し硬い。


「今日の?」

「……私が作った」


 その言い方が、ひどく控えめだった。

 誇っていいはずなのに、誇る前に怖がっている。


 私は一口、口に入れた。


 甘い。


 でも、甘さが一度に来るんじゃない。

 最初は生地の香ばしさ。サクサクした音が口の中で鳴る。

 次に、クリームの柔らかさ。舌の上でゆっくりほどける。

 そして、フルーツの酸味が追いかけてくる。


 甘さと酸味が、口の中でバランスを取る。

 どちらも主張しすぎない。でも、どちらも消えない。

 輪郭がある。形がある。


 そして――温度。


 冷たすぎない。常温に近い。

 この温度だから、味が立つんだ。


 口の中で、ひとつの世界になっていく。

 誰かが、丁寧に作った世界。

 誰かに、食べてほしいと思って作った世界。


 秋穂の世界。


 図書室で、遠くから見ていた秋穂の世界が、今、私の口の中にある。


「……おいしい」


 声が勝手に漏れた。

 秋穂が息を止めたのが分かる。空気が一瞬だけ張る。


 私はもう一度、今度は秋穂に向けて言った。


「すごく、おいしい……」


 秋穂の指先がエプロンの端をぎゅっと掴む。

 視線が落ちて、上がって、また落ちる。信じたいのに信じ切れない顔。


「……本当?」

 小さな声。私が今まで聞いたどの声よりも幼い。


「本当」

 私はうなずく。

「今日の私、これ頼んで正解だった。……ありがとう」


 "ありがとう"が、ちゃんと重さを持って出ていった気がした。


 その瞬間、マスターがカウンターから、わざとらしく咳払いをして笑った。


「うちのタルトはねえ、誰かと食べる方がおいしいんだよ」

「……マスター」

 秋穂が少し慌てる。慌てた拍子に、胸元の白い粉がふわっと舞った。


 粉が光の中で、小さな雪みたいに見える。

 空気の中に、また甘い匂いが広がる。

 小麦粉と、砂糖と、秋穂の体温。


 私は指で自分の胸元を軽く叩いて示す。

 秋穂は一瞬きょとんとして、それから自分のエプロンを見下ろし――ようやく気づく。


「……っ」


 耳まで赤くなって、慌てて払う。

 手のひらで払った粉が、また少しだけ舞う。

 その粉が、私のコーヒーの湯気に混ざった気がした。


 払っても少し残って、秋穂はさらに慌てる。

 その仕草が、ずるいくらい可愛い。


 ――触りたい。


 その思いが、急に浮かんで、私は慌てて視線を逸らした。

 触ったら、秋穂の温度が分かってしまう。

 分かったら、もう戻れない気がする。


 マスターは私たちを見比べて、目尻を深くする。


「秋穂ちゃん、ほら。そういうとこだよ」

「……なにがですか」

「見られると慌てるくせに、味は一丁前に仕上げる」


 秋穂が「うるさい」と言いかけて飲み込む。

 その飲み込み方まで、どこか不器用で、私は目を逸らせなくなる。


 マスターは続けた。


「それに、美春ちゃん」

「え……」

「君、"決める練習"しに来た顔してる」


 胸が跳ねた。

 どうして分かるの。私、そんな顔をしてた?


 マスターは笑うだけで、答えはくれない。

 見抜いたというより、"見えてしまう"みたいな目をしている。

 人の言葉にならない部分を、そっと置いておける人の目。


「……練習、です」

 私は観念して言った。


 秋穂が、驚いたように私を見る。

 私はタルトの皿を少しだけ寄せて、正直に続けた。


「昨日……クラスで連休の予定の話が出て。私、予定ないって言えなくて」

「……うん」

「笑って誤魔化して。自分でも、何してるんだろって思って。だから今日は、自分で行き先を決めたかった」


 秋穂は黙って聞いていた。

 黙り方が冷たいんじゃなくて、言葉を正確に受け取ろうとする黙り方。


「……怖くなかった?」

 秋穂がぽつりと聞く。


「怖かった」

 私はすぐ答える。

「でも、怖いままでも来ていい気がした。ここ、……安心する」


 秋穂の口元が、またほんの少しだけ緩む。


「……この店、逃げても怒らない」

「うん」

「マスターが、そういう人だから」


 マスターは聞こえているのに、何も言わないふりをしてカウンターを拭いている。

 だけど、拭き方がどこか機嫌がいい。


     ◇


 店内が、私たちとマスターだけになった頃。

 外の光が傾き、レースの影がテーブルの上で長くなった。


 秋穂が、エプロンのポケットから小さなノートを取り出した。

 端が少し丸まって、何度も開かれた跡がある。

 ページの間には細い付箋が何枚も挟まっていて、文字の密度が高い。


「それ、レシピ?」

 私が聞くと、秋穂は一瞬だけ迷ってから、ノートを少しだけこちらに向けた。


「……自分用。配合とか、焼き時間とか……あと、反省」

「反省……」

「今日のタルトも、焼き目の温度があと三度低かったら、もう少し香りが立った」


 三度。

 その単位が、彼女の世界の細かさを見せる。


「すごい……」

 私が息を漏らすと、秋穂は肩をすくめた。


「好きなだけ」

「好きなだけで、そこまでできる?」

「……できる。好きだから、続けたい」


 その言葉が、急に真剣な重さを帯びた。

 秋穂は視線を落とし、ノートの端を指でなぞる。


「……結城」

「うん」

「さっき、秘密って言った」

「言った」

「……秘密、増えるけど」


 秘密。増える。

 それでもいい。と、私の中の何かが先に頷いた。


「うん。増えてもいい」


 秋穂は小さく息を吸って、それから、少しだけ言葉を遅らせるように話し始めた。


「……私、将来、菓子職人になりたい」

「……!」

「専門学校に行きたい。でも、親は……大学がいいって」

 秋穂の声は淡々としているのに、奥に硬い痛みがある。

「だから、ここで働いてる。今すぐ全部は言えないけど……自分で選べるように、貯めてる」


 "全部は言えない"。

 そこで止めたのは、私を信用してないからじゃない。

 まだ自分でも、言葉にし切れないからだ。そういう慎重さが、秋穂らしかった。


 私は、胸の奥で静かに頷きながら言った。


「……応援する」

 秋穂が顔を上げる。驚いた目。


「周防さんの夢。……私、そういうの、すごいって思う。自分で選ぶって、怖いのに」

「……怖いよ」

 秋穂の声が、少しだけ揺れた。

「怖い。でも、やめたくない」


 その揺れに、私は惹かれた。

 完璧だからじゃない。弱さを隠し切れていないのに、逃げないところに。


「……ありがとう」

 秋穂が言った。

 そして――今度は、ちゃんと笑った。目尻が柔らかくなる、小さな笑顔。

 無表情の人じゃない。笑える人だ。笑い方を忘れていただけの人だ。


 私は一瞬迷ってから、鞄から一冊の本を取り出した。

 『フランス菓子の歴史』


 秋穂の目が、わずかに見開かれる。


「これ……」

 私はテーブルの上に置く。

「こないだ、図書館で借りた。……周防さんが読んでた本、PATISSERIE(パティスリー)って書いてあって」


 秋穂が息を呑む。

 私は続けた。


「私、お菓子作りとか全然分からないのに、なんとなく借りて。で、読んだら――」


 ページを開く。

 付箋を貼った箇所。


「『菓子職人は、味を記憶する。一度作った菓子の温度、湿度、焼き色、すべてを体に刻む。それは、誰かの幸せを再現するための、職人の儀式である』」


 読み上げた瞬間、秋穂の表情が変わった。

 固かった目が、少しだけ潤む。


「……儀式」


 秋穂は本を手に取る。

 ページをめくる。私が付箋を貼った箇所を、ゆっくり読む。


「……この本、知ってる」

 秋穂が言った。

「中学の時、図書館で借りた。でも、難しくて途中でやめた」


「……私も、全部は読めてない」

 私は笑う。

「でも、周防さんが何を考えてるのか、少しだけ分かった気がした」


 秋穂が本を閉じて、私を見る。

 今までで一番、近い目。


「……結城は、変な人」

「変じゃないよ」

「変。……でも」


 秋穂が小さく息を吸う。


「……嬉しい」


 その言葉が、ちゃんと届いた。

 私の胸の奥まで、まっすぐ。


 マスターが、拭き終えた布巾を置いて、こちらに目を向ける。


「秋穂ちゃん」

「……なに」

「その子に味見させたの、初めてだろ」


 秋穂が、びくっとする。

 図星だ。


「……マスター、ほんと余計なこと言う」

「余計なこと言いたくなるくらい、分かりやすいんだよ。今日の君たち」


 マスターは笑って、でも視線はやさしい。


「味ってのはねえ、誰かに渡すと覚悟になる。君が"味見"を頼むって、そういうことだ」


 秋穂は一度だけ唇を噛んで、それから、私を見た。

 さっきよりずっと近い目。


「……さっきのおいしい、軽く言ってない?」

「言ってない」

 私は首を振る。

「だって、ほんとにおいしかった。……私、初めて"ちゃんと"おいしいって思った」


 秋穂の目が、少しだけ潤むように見えた。

 けれど泣かない。代わりに、小さく笑って誤魔化す。


「……変な人」

「変じゃないよ」

「変。……でも、いい」


 "いい"が、秋穂の口から出ると、味がする。

 私の「うん、いいよ」と違って、逃げ道のない肯定。


 マスターが、また布巾を手に取りながら、独り言みたいに言った。


「秋穂ちゃんがね、味見を人に頼むなんて、この一年間で初めてだよ」


 私と秋穂の視線が、一瞬だけ交差する。

 秋穂が先に逸らす。耳が、また赤い。


「……マスター、ほんとうるさい」

「うるさくしないと、君たち黙ったままだろ」


 マスターは笑って、カウンターの奥へ引っ込んだ。


 残された空気が、少しだけ甘い。

 コーヒーの苦みと、タルトの甘さと、秋穂の体温が混ざった匂い。


 私はその匂いを、また胸の奥まで吸い込んだ。

 記憶したいと思った。

 この瞬間を、忘れたくないと思った。


 ――菓子職人は、味を記憶する。


 本で読んだ言葉が、頭に浮かぶ。


 私は、菓子職人じゃない。

 でも、今日の味は、きっと忘れない。

 秋穂が作った、最初の味。


 私は胸の奥で、静かに決めた。

 ここに、また来る。

 次はもっと自然に、迷ってもいいと言える自分で。


     ◇


 帰り道、空は橙色に寄っていた。

 住宅街の影が長く伸び、昼の匂いが少しずつ夜に混ざっていく。


 私は歩きながら何度も、喫茶店の光を思い出す。

 黄色い照明。コーヒーの湯気。タルトの甘さ。

 そして、秋穂の胸元に残っていた白い粉と、照れた顔。


 ――これが、自分で決めた場所。


 胸の奥が温かい。熱すぎない、息のしやすい温度。

 合わせなくても、崩れない場所の温度。


 それから、もうひとつ。


 ――秘密。


「言わない」と決めた秘密。

「応援する」と言った秘密。

 そして、"最初の味見"を渡された秘密。


 重いはずなのに、今日は不思議と、守りたい重さだった。


 玄関の前でスマホを開き、喫茶店の名前をもう一度検索する。レビューの少ないページが表示される。

 私はそこで、小さく頷いた。


 ――また、行く。


 それから私は、よく喫茶店に通うようになった。

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