第二十章 クーデター
帝国軍が、王国軍に向かって進軍を始めた。
大地が、数万の足音で震える。剣がきらめき、槍が林立する。戦争の足音が、確実に近づいていた。
「陛下、撤退を!」
護衛の騎士が、国王に叫んだ。
「まだじゃ。まだ、諦めるには早い」
国王は、蓮を見つめた。
「レン・カルディア。お主を信じる。やるべきことを、やれ」
「……はい」
蓮は、籠を抱えたまま、戦場の中央に向かって歩き始めた。
「レン、危ない!」
ミラが叫んだが、蓮は止まらなかった。
両軍の間に、一人で立つ。
帝国軍が、蓮に向かって突進してくる。
「止まれ!」
蓮は、声を張り上げた。
「俺の話を、聞いてくれ!」
しかし、帝国軍は止まらない。
蓮の目の前まで、剣を持った兵士が迫る。
そのとき——。
「全軍、止まれ!」
背後から、別の声が響いた。
蓮は振り返った。
そこには、帝国の皇帝が立っていた。
「皇帝陛下……!?」
「お前たち、何をしている!」
皇帝は、帝国軍に向かって怒鳴った。
「朕は、宰相に幽閉されていた。しかし、忠臣たちが朕を救出した。宰相の命令は、無効じゃ!」
帝国軍に、動揺が広がった。
「皇帝陛下が、生きておられる……」
「宰相に、騙されていたのか……」
「黙れ!」
黒田が、前に出てきた。
「皇帝は、病気で正常な判断ができない! 俺の命令に従え!」
「ケンゴ・シュヴァルツ」
皇帝は、黒田を睨みつけた。
「貴様は、朕を騙し、帝国を私物化した。その罪は、万死に値する」
「うるさい! 俺は、この帝国を救おうとしているんだ! 戦争に勝てば、資源が手に入る! 民を飢えから救える!」
「嘘をつくな。貴様の本当の目的は、あの若者——レン・カルディアを潰すことだろう」
黒田の顔が、歪んだ。
「……そうだ。俺は、あいつを潰したい。あいつさえいなければ、俺は——」
「貴様の私怨のために、何万人もの命を犠牲にするつもりか」
皇帝の声は、冷たかった。
「帝国の民のことなど、本当は考えていないのだろう。貴様は、ただ自分の劣等感を満たすために、戦争を起こそうとしている」
黒田は、言葉を失った。
皇帝の言葉が、的を射ていたからだ。
「帝国軍に告ぐ」
皇帝は、兵士たちに向かって宣言した。
「朕は、戦争を望まぬ。王国との和平を、望む。宰相の命令には、従うな」
帝国軍の兵士たちが、互いに顔を見合わせた。
そして、ゆっくりと、剣を下ろし始めた。
「何をしている! 俺の命令に従え!」
黒田が叫んだが、兵士たちは動かない。
「貴様ら、俺を裏切るのか!」
黒田は、怒りに顔を歪ませた。
そして、腰の剣を抜いた。
「なら、俺一人で——」
「黒田」
蓮が、黒田の前に立った。
「もう、やめろ」
「どけ、神崎! お前を殺す!」
黒田が、剣を振り上げた。
しかし、蓮は動かなかった。
「俺を殺しても、お前は救われない」
「うるさい!」
「お前が本当に欲しいのは、俺の死じゃない。お前が本当に欲しいのは——」
「黙れ!」
黒田が、剣を振り下ろした。
蓮は、目を閉じなかった。
剣が、蓮の目の前で止まった。
「……っ」
黒田の手が、震えていた。
「お前が本当に欲しいのは、自分を認めてくれる誰かだ。本気で頑張っている自分を、『すごい』と言ってくれる誰かだ」
「……」
「俺は、お前を認める。黒田、お前は才能がある。俺なんかより、ずっと上だ。だから——」
蓮は、手を差し伸べた。
「一緒に、菓子を作ろう。お前の才能を、俺に見せてくれ」
黒田の手から、剣が落ちた。
カランという金属音が、戦場に響いた。
「……なんで」
黒田の目から、涙が溢れた。
「なんで、お前は……俺を、許すんだ……」
「許すも何も、俺はお前を恨んでいない。確かに、お前に傷つけられた。でも、それで俺の夢が消えたわけじゃない」
蓮は、微笑んだ。
「俺の夢は、全ての人に甘味を届けること。お前も、『全ての人』の一人だ」
黒田は、膝をついた。
「俺は……俺は……」
蓮は、黒田の前にしゃがみ込んだ。
そして、籠から菓子を一つ取り出し、黒田に差し出した。
「これを食べろ。俺が作った、最後の菓子だ」
黒田は、震える手で菓子を受け取った。
そして、一口かじった。
「……美味い」
黒田は、泣きながら菓子を食べた。
「美味いよ……神崎……」
蓮は、黒田の肩に手を置いた。
「これから、一緒に作ろう。お前と俺で、もっと美味い菓子を」
黒田は、何度も頷いた。
戦場に、静寂が訪れた。
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