第十七章 創造の秘密

王国に戻った一行は、国王に状況を報告した。


帝国でクーデターが起きたこと。黒田が皇帝を幽閉し、実権を握ったこと。そして、戦争が差し迫っていること。


国王は、報告を聞いて顔を曇らせた。


「……最悪の事態じゃな。帝国との戦争は、百年以上回避してきた。それが、一人の男の野望で崩れ去ろうとしておる」


「陛下、俺に時間をください」


蓮は、国王の前に進み出た。


「時間?」


「黒田——帝国の宰相と、話し合う時間です。俺には、彼を説得できる自信があります」


「説得? あの男は、お主を殺そうとしたのだぞ。話し合いなど、通用するのか」


「分かりません。でも、試させてください。戦争になれば、多くの人が死ぬ。それだけは、避けたい」


国王は、しばらく黙っていた。


やがて、ゆっくりと口を開いた。


「……よかろう。お主に、最後の機会を与える。ただし、期限は一月。それまでに解決できなければ、戦争は避けられぬ」


「ありがとうございます、陛下」


蓮は、深く頭を下げた。


御前会議の後、蓮はグランに呼び出された。


「レン・カルディア殿。お主に、伝えねばならぬことがある」


グランは、蓮を自室に招いた。


部屋には、無数の書物や巻物が積まれていた。古代の文献、魔法の研究書、歴史書——。グランが長年にわたって収集してきたものだ。


「遺跡で見た壁画のことじゃ。あれについて、詳しく説明しよう」


グランは、一枚の羊皮紙を広げた。そこには、遺跡の壁画を模写した絵が描かれていた。


「この世界は、『ニュウカ』によって創造された。相反する二つの力——光と闇——を融合させることで、世界は生まれた。これは、古代の神話として伝わっておる」


「それは、遺跡で見ました」


「しかし、知られておらぬことがある。『ニュウカ』は、創造だけでなく、破壊にも使われ得るのじゃ」


「破壊……?」


「そうじゃ。融合の反対は、分離。一度繋がったものを、再び引き離す。それは、世界を崩壊させる力となる」


蓮は、息を呑んだ。


「世界を、崩壊させる……」


「古代には、その力を悪用しようとした者がおった。世界を分離し、混沌に戻そうとした。しかし、創造神がその者を止め、力を封印した。それ以来、『ニュウカ』の真の力は、誰にも使えなくなっておった」


「でも、俺は……」


「そうじゃ。お主は、魔力なしで『ニュウカ』を実現しておる。それは、封印を迂回する方法なのかもしれぬ」


グランは、蓮を真剣に見つめた。


「お主の力は、世界を救うことも、滅ぼすこともできる。それを、肝に銘じておくのじゃ」


蓮は、自分の手を見つめた。


この手に、そんな力が宿っているのか。


「俺は……世界を救いたい。滅ぼすつもりなんて、ない」


「分かっておる。しかし、力は使い方次第じゃ。お主が正しく使えば、世界は救われる。しかし、悪用すれば——」


「悪用なんか、しません」


蓮は、きっぱりと言い切った。


「俺の技術は、人を笑顔にするためにある。それ以外の使い方は、しない」


グランは、蓮の言葉を聞いて、小さく微笑んだ。


「……そうか。お主なら、大丈夫じゃろう。その心を、忘れるでないぞ」


翌日、蓮は甘味工房に戻った。


投獄されていた間、工房は見習いたちが守っていた。ミラも、必死に働いていたらしい。


「レン、無事で良かった……」


見習いたちが、蓮を取り囲んだ。


「みんな、心配かけてごめん。でも、俺は大丈夫だ」


「帝国で、何があったんですか?」


「……色々あった。でも、今は話せない。それより、仕事だ。俺たちには、やるべきことがある」


蓮は、作業台の前に立った。


「新しい菓子を、作る。今までにない、特別な菓子を」


「特別な菓子?」


「ああ。王国と帝国、両方の食材を使った菓子だ。二つの国を、一つに繋ぐ菓子」


見習いたちは、困惑した表情を見せた。


「でも、帝国の食材なんて、どうやって手に入れるんですか」


「方法はある。帝国との交易は、まだ完全には止まっていない。商人たちに頼んで、食材を仕入れてもらう」


蓮は、ノートを開いた。


「レシピは、もう頭の中にある。王国の小麦と、帝国の蜂蜜。王国のバターと、帝国の木の実。それらを、一つの菓子に融合させる」


「それって……『乳化』ですか」


「そうだ。王国と帝国という、相反する二つの国の食材を、乳化させる。それが、俺のやりたいことだ」


見習いたちは、蓮の言葉に興奮した様子を見せた。


「やりましょう、レン! 俺たちも、手伝います!」


「ありがとう。じゃあ、始めよう」


蓮は、作業を開始した。


王国と帝国。二つの国を、菓子で繋ぐ。それが、蓮の新しい挑戦だった。


数日後、蓮は新しい菓子を完成させた。


「タルト・デュ・パシフィック」


王国の小麦で作ったタルト生地に、帝国の蜂蜜で甘みをつけたカスタードクリーム。その上に、王国の果物と帝国の木の実を飾る。


二つの国の食材が、一つの菓子の中で調和している。


「これは……すごい」


試食したセラフィーナが、感嘆の声を上げた。


「王国の味と、帝国の味。両方が感じられるのに、喧嘩していない。完璧に、融合している」


「『乳化』の応用です。相反するものを、一つに繋ぐ技術」


蓮は、静かに言った。


「この菓子を、和平交渉の場で出したい。両国の首脳に食べてもらえば、きっと何かが変わる」


「でも、今の状況で和平交渉なんて、可能なの?」


「分からない。でも、試す価値はある」


蓮は、タルトを見つめた。


「菓子は、人を笑顔にする力がある。その力を信じたい」


セラフィーナは、蓮の言葉に頷いた。


「分かったわ。私が、父上を説得する。和平交渉の場を、もう一度設けてもらう」


「ありがとう、セラフィーナ様」


「セラフィーナでいいわ。『様』は、もういらない」


セラフィーナは、微笑んだ。


「私たちは、もう仲間でしょ?」


蓮も、微笑み返した。


「……ああ、そうだな」

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