第2話 「家族」

第2話 「家族」

あれから服を着替えさせられ、もう一度外を確認する機会もなく時刻は夜になる

一瞬で見た深い森は、明かりの一つもなく 静けさだけが漂っていた。

当然、今はもうここの住人も寝静まっている。

俺はベットの中で改めてこの状況を確認する。

異世界転生という事実をだ。

生きていたことは嬉しいが、全くの知らない言語、明らかに低い生活水準

そんなところに、赤子の状態で放り出されても、とてもやっていける自信がない。

今まで義務教育や一年半の高校生活で学んできたことを

一から学ばなければいけないというのは、正直言って面倒くさかったし

これまでやってきたことは?と思ってしまう。

まだ、異世界転生の数々の作品の主人公のように、チートスキルなどがあれば良いが

今のところそのような感覚は無い。

現代知識を使って無双をしたくても、光る石から水が出てくる世界だ

俺の作れそうなものでは、たかが知れている。

例え自動車や飛行機を開発したとしても

«触れば任意の場所に移動できる石があります»となれば

そちらのほうが便利だし、俺だってそれを使う。

なかなかに詰んでいる。

俺としては、今夜のうちに今後の方針を決めたかった。

この世界で生きていくのに、何が必要か 何をすればいいのか。

なぜこの世界の片隅に生まれ変わったのか。

これは、飛び降りた俺への贖罪なのか?より生きにくい世界に来てしまっただけではないのか?

もしもう一度死ねばどうなるのか……。


「いかんいかん」


だいぶネガティブな考えになってしまった。

今日受けたショックは、思った以上に大きかったらしい。

折角また生を受けたのだ、今度こそは悔いなく人生を全うしたい。

なので良い事を考えるようにした。

清潔なベット、安心して飲める飲み水、綺麗な母親、可愛い姉

そう、別に世界を救えと言われた訳ではないのだ。

このままここに住み続けたって十分に幸せなはずだ。

俺はベットから、みんなの寝顔を見渡す。

彼らは、正真正銘 血のつながった家族 

生前はかなり迷惑をかけたので、今回は大切にしよう。

出来なかった親孝行も、ここで果たそう。

それぐらいの事は、これからの自分にも出来るはずだと言い聞かせる。

暗がりの中 幼すぎる自身の手の平を見ながら、この家の一員になる

そう決心を固めた。

それから少し経って、震える心を落ち着かせるために眠りにつく

瞼の裏には両親の姿があった。

もし夢で逢えたら そう思いながら深い闇に落ちていった。




あれから数か月が経った。

俺はこの家で出来る事を探そうとくまなく周囲を観察し、ある見解に辿り着いた。

はっきり言おう、この家は貧乏だ。

この世界の生活基準は、分からないが大分苦戦している。

まず、情報収集の為に本などを探したが、そういった物は全くない。

子供に読ませる絵本はおろか、カレンダーのような日付を知る物も無かった。

言語習得に書き言葉が分からないのは、かなり痛手だ。

それでも、辛うじて会話は出来る様になってきたが、名詞や文法を覚えるのは大変である。

本来の子供であれば、無意識のうちに覚えるものなのだろうが、転生者の俺には頭を使うしかなかった。

紙とインクはとても高価な物のようで、戸棚の奥に仕舞われているのは見たが使っている様子はない。

早く文字を習いたいものである。

また、俺に言葉を教えてくれる先生が姉だということも大きい。

彼女は学校にはいっていない様子で、日中は家の中で俺の相手をしてくれている。

この世界の、教育機関はどうなっているのだろうか?

果たして彼女は字が書けるのだろうか、だんだん自分の心配よりも姉の将来が不安になってきた。

焦点を合わせず遠いところを見ていると


「レグー、どこ見てるの?」

「んー、人の未来を示す心の地図」

「また変なこと言ってる」


おままごとに興じる。姉との会話としては似つかわしくない。

木の人形を使ったそれは、一見安っぽいシル〇ニアファミリーだが

俺にとっては、日常生活に必要なツールを覚えるための勉強だった。

なるべく質問を交えながら、姉と遊ぶ。


「ねーちゃん、これ何?」

「うん?それは、イスだよ」

「ここは?」

「そこは、イスの足 そっちは、背もたれ」


じゃあと言おうとした瞬間、姉が不機嫌になる。


「聞いてきてばっかでつまらない。

 レグもちゃんと人形やって。」


どうやら人形劇が進まないことに、ご立腹のようだ。

なかなかこの歳で子供じみた事をするのは、抵抗があったが

機嫌をなおすため「ごめんなさい。」と、謝っておく

精神年齢はこちらの方が大分上だ、バレないようにしないと。


「いいよー、そしたら違うのにしよう。

 んー王様役じゃあなくてね。そうだ、‘お父さん‘やって」


分かった。と言おうとした瞬間また止まる。

‘お父さん‘とは、響き的にお母さんの対義語だろう。発音的にもそうだと感じる。

ただ、この家庭にお父さんは存在していないのだ。

今まで過ごしていた中で父親を見かけたことはないし、

家族の会話でその単語が出てきたこともない。もちろん俺のほうから触れることもなかった。

藪蛇に出てこられても困るし、いない事が当然の家族を、俺が認識していてはおかしなことになる。

姉は、お父さんの存在をしっているのだろうか?俺が生まれる前までは居たのだろうか?

家の近くに石で出来たお墓があったが、あれはおばあちゃんだと言われた。

では、父親はどこに行ったのか?いや、それよりも今の状況だ。

何と答えを返すべきなのか。「お父さんてなにー?」と何食わぬ顔で聞くべきか?

それとも、目の前の少女に父親の代わりを全力で演じるべきか。

しかし、どんな…。この家族にありえそうなシチュエーション…。家に帰らず放浪している父親…。どっかの玉ねぎ騎士しか思い浮かばない。


「うーむ。うーーむ。うーむ」

「はぁ?」


この子何言ってるの?って顔された。

父親らしさと今の状況を困っていると表現できる、いい手だと思たのだが。

そういえば、生前でも自分にしか分からないネタを使っていたものだ。

姉から教わるだけでなく、俺もかつての知識を教えていくのも良いのかもしれない。

主には、マンガやゲームの事だが。

そう思いながら日が沈むまで、姉との時間を過ごした。




ある日母親に抱っこされながら家の周りを散策した。

辺りの木々は樹齢を考えるのも遠くなるような巨木で、まるでナ〇シカに出てくる腐海のように

人間社会とは隔絶された様子だった。

前にも思ったが、空が全く見えないと時間の感覚とかおかしくなるんじゃないか?


「おかーさん、空が見たい」

「レグ、お日様に当たるところには怖い怖いお化けが出るのよ。

 森の中にいれば安心だから。お空は、また今度ね」


どうやら外には本当に危険があるようだ。

森は安全と言われてもこんな深い森だ、でかい蛇や禍々しい虫が出てきそうだ。

時たま自分の足で隆起した木の上を歩き、母親から木々の名前や食べる物を教わった。

新しい知識にワクワクしている。

今まで家の中で籠りきりだったのだ、危険と言われようと外の世界は新鮮だった。

一時間ほどの散歩を終え、家に戻る途中一人のおばさんに出会った。

彼女はトルネラと言って、うちのお隣さんらしい母親と挨拶を交わしている。


「あら、そちらの子は?」


トルネラは俺のことを一瞥し聞いてくる、「こんにちは」朗らかに挨拶すると


「この子は、レグナンス・エウカリプトゥス 生まれてそろそろ一年になるの」

「まー、まだちいちゃいのに挨拶が出来るなんて、賢いのね」


そう言うと彼女は膝を折り目線をあわせてくる。


「こんにちはレグナンス、お母さんに似ていてかわいいですねー」

「この子とても頭がよっくてね、エウカリプトゥス家自慢の長男なんだけど

 目を離すと外に出ようとするから、最近はこうして少しずつ散歩するようにしているの」

「ウィルギネア あなたも昔は悪知恵が働いていたから遺伝したんじゃないの?」


「もー」と、母 ウィルギネアが返事をする。

今とても驚いているが実名を始めて知った。母親のも俺自身のも。

今まで レグ レグと呼ばれてきたが本名は『レグナンス・エウカリプトゥス』だそうだ。

何とも発音のしづらいことか、かまずに言えるのだろうか。

そんな事を考えていたが、母親とトルネラは俺のことなど意にかえさず井戸端会議を始めてしまう。

森の様子がどうとか、食料の蓄えだとか、工芸品の売買だとか、洋服の新調だとか

なんとも退屈な話だったが、二人の会話を止めることが出来ずかなりの時間がたった。

話に夢中になる二人を横目に俺は、目の前の木々の事を考え始める。

けもの道とは呼べない整備された通路に等間隔の木々、誰かが考えて植林をしたかのようだった。

目的はなんだ?今までの話からすると空から俺たちを守るためのようだった。

おかしな話だがこの森は木漏れ日しかない、直射日光が当たるところが全くないのだ。

普通はあり得ない話だ。普通なら木々が重なれば成長阻害が起きたり、背の低い木が間をとって繫殖する。

一見無造作な原生林といったここは、誰かの手によって完璧に配置されているのでは?

この世界の根幹が、もしかしたら近くにあるのかもしれないと思いはじめた。

そんな自分たちの世界に入り始めた三人を、助けに来る者が居た。

この暗がりでも目立つ金色の髪、そう姉のぺリニアナだった。


「おかーさん、おやつ見つけてきた!」


笑顔で話しかけてくる彼女の小脇には、革製の小袋があった。どうやら姉も森で散策をしていたらしい。


「こんにちは、ぺリニアナちゃん今日も元気ね」

「こんにちは!トルネラおばさん」


二人の会話からどうやら顔見知りということがわかる。

俺の感覚では半年以上は、顔を合わせた事が無いはず…どういったお隣さんなんだ?

俺の不思議そうな顔を見て、何かを察したのかウィルギネアが「レグももう疲れたみたいだから。」と

トルネラに別れを告げる 俺たちは三人で帰路に就くのだった。

家に着くと母が娘に聞く


「それで、ぺリニアナは何を採ってきたの?」

「ふふふ、レグ今日はねーちゃんがご馳走を用意したよ」


そう言って小袋を取り出す、大きさから言ってご馳走とはかけ離れていそうだが

先ほどの発言からどうやらおやつらしい。

この世界に来て、甘味は特別だ。前世のようにコンビニに行けば百円ちょっとで菓子が買えるわけではない。

ここで今まで食べてきたものだって、小麦粉になんか甘いものを入れたぼそぼそのクッキーや

森で採れる野イチゴや山モモ、サルナシといった木の実だった。

そんな生活の中での 姉のこの自信、相当のブツだ。自然と心も踊る。

さあ!と言ってぺリニアナは袋を開ける。覗き込んだが一瞬何か分からなかった。

中にあったのは茶色い糸状のようなもの、もしかして木の根?と思ったがすぐに違うとわかる。

ものではなかった、てか動いてる うねうねしている。

この時俺の頭は生まれて初めて、フル回転をした。

生前観ていた、YouTub〇で観ていた、ディ〇カバリーチャンネルで食べていた、大蛇〇も食べていた

何かは分からん虫の幼虫たちが、目の前で踊っていた。

え、え、これ食べるの? え、ご馳走ってこれなの?

皆さん、ベ〇の生まれ変わりか何かなの? 一点を見つめて動かない俺を尻目に


「わー、テレスペルの幼虫ね。いっぱい獲れたのね」

「うん!おじいちゃんがそろそろ冬だから、朽ち木の中に出始めるだろうって

 昨日は雨だったし、木の柔らかいところを掘ってたら、こんなに居たの!」


これもまた、森の恵みという奴なのだろうか。確かに昆虫はタンパク質もあって栄養も豊富

サバイバルでの完全食とも聞いたことはあるが、それにしたっていきなりだ。

状況が飲み込めない、出来れば虫も飲み込みたくない。

おもむろにウィルギネアが包みを台所に持って行って水で一度洗う、フライパンに椿油を引くと炒め始める。

良かった火は通すのね、生で食べろと言われれば大泣きするところだった。

「楽しみだねー」とぺリニアナが笑顔で話しかけてくる。

可愛い顔しやがって 小悪魔め、お前の正体は分かっているんだぞ。

今から行われるであろう儀式に、正直ビビっていた俺は、屈託なく笑う姉になぜか敵意を向けていた。

そうこうしているうちに、奴が出来上がる。ちょっといい匂いをさせていたそれは、炒ったアーモンドのような感じだった。

ペロッ、…これは、青酸カリ!?と頭の中ではふざけていたが、見た目は完全に幼虫なのですぐに現実に引き戻される。

そうだ、覚悟だ 覚悟とは暗がりの荒野…あ゛ぁー、もう食べ始めてる。

早いよモーションが、「美味しいよ」じゃないよ。こちとら心の準備が、出来てないんだよ。

俺にとっては、一瞬の出来事だったがどうやら長い時間固まっていたらしい。

2人が顔を覗き込んでいた。さすがに俺も覚悟を決める。


「い、いただきます」


この世界にも食事の前に、感謝を込める習慣がある。この場合は獲って来てくれた姉に

作ってくれた母に、そして、育んでくれた森にと言った感じだった。

ついに、口の中に 幼虫を入れる ファーストコンタクトは表面についた油だった。

生えそろったばかりの歯でひと噛みしてみる、プチッと弾けた後に濃縮した豆乳のようなクリーミーさが広がった。

確かにほんのり甘く、植物性のキャラメルか生のナッツ類のような今までに食べたことのない味だった。

夢中で食べていると思ったのか、周りは笑顔である。

俺は、難なくテレスペルの幼虫を飲み込んだ。後味は、珈琲の風味だ。

食べてみれば何て事のない、正直言って美味しかった。


「おねーちゃんこれ美味しいね」

「でしょ。レグまだ食べた事が無いからいっぱい獲ってきたの」


俺のためにという言葉に感動し、素直に感謝の言葉を伝える。

どうやらぺリニアナは、俺が生まれてから姉らしい事が出来ていなかったのを気にしていたらしい

遊ぶ時も気を付けていたが、たまにこちらが主導権を握ってしまう時もあった。

怒りそうな姉を宥めた事も、夜のトイレに付き添った事もある。

実年齢はこちらのほうが上なのだから当たり前と言えば当たり前だが

母親達からもうお姉ちゃんなんだからと、諭されていたペリニアナには、焦りがあったのかもしれない。

これからは、なるべく甘えるようになったほうが。そして、出来るだけ今日の事を嬉しがったほうがいいだろう。

残った焼きテレスペルを二人で分けて食べると、丁度おじいちゃんが帰ってきた。

俺は、なるべく誇らしげに今日の姉の勇士を自慢する。

「そうか」とぶっきらぼうにおじいちゃんは答えたが、ペリニアナの頭を優しく撫でていた。

姉はそれに嬉しそうに答え、ペリニアナここにあり!といった堂々とした姿をしていた。


次の日ペリニアナは、また森へ行っていた。


「レグ今日のわね、昨日よりもっと大きいよ。はい!」


そう言って袋から甲虫の芋虫を取り出す。確かにテレスペルよりも何倍も大きい 男性の親指ぐらいありそうだ。

伸びきったそれは、力なく垂れている。確かに喜んだけど別に幼虫が好物に成ったわけではない。

だから、口に近づけないでほしい。食べないから生で食べられないから。

両腕を使い抑えていたが、九歳も差がある姉には力では勝てない。

必死の抵抗も虚しく、口に虫を押し付けられる その瞬間うぞうぞと動き始めた。


「いや 生きてるんかい!」

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