第二十章「因縁の決着」
花屋の開店準備を進める中、蓮は一つの決着をつけることにした。
「黒沢に、会いに行く」
エリシアにそう告げたとき、彼女は驚いた顔をした。
「黒沢さんに……? なぜですか」
「最後に、話をしておきたい」
「でも、危険では——」
「大丈夫だ。あいつはもう、力を失っている。それに、俺には聞きたいことがある」
蓮は、エリシアを説得し、黒沢が収監されている牢獄へ向かった。
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牢獄は、領都の外れにあった。
重い鉄の扉を抜け、暗い廊下を進む。看守に案内され、蓮は一つの独房の前に立った。
「ここだ。十分だけだぞ」
看守が鍵を開け、蓮を中に入れた。
独房の中は、薄暗かった。隅に置かれた藁の寝床に、一人の男が座っている。
黒沢だった。
以前より痩せ、髪は伸び放題、目の下には深い隈がある。かつての威圧的な雰囲気は、完全に消え失せていた。
「……お前か」
黒沢が、顔を上げた。
「わざわざ俺に会いに来るとはな。何の用だ」
「話がしたかった」
蓮は、黒沢の向かいに腰を下ろした。
「最後に、お前に聞きたいことがある」
「何だ」
「なぜ、俺を憎んでいた」
黒沢は、しばらく黙っていた。
やがて、低い笑い声を漏らした。
「……今さら、そんなことを聞くのか」
「ああ。十年間、ずっと分からなかった。俺は、お前に何かしたか? お前を怒らせるようなことを、したか?」
「お前は、何もしていない」
黒沢が答えた。
「それが、気に食わなかったんだ」
「どういう意味だ」
「お前は、いつも黙って仕事をしていた。何を言われても、反論しないで、ただ黙々と花を扱っていた。それなのに、俺より上手くなっていった。俺が何年もかけて身につけた技術を、お前は数年で超えていった」
「……」
「俺は、それが許せなかった。努力しても報われない自分と、何も言わなくても成長していくお前。その差が、許せなかった」
黒沢の声には、かつての怒りはなかった。ただ、疲れ切った諦めがあるだけだった。
「だから、お前を潰そうとした。お前の仕事を否定して、自信を奪って、この業界から追い出そうとした。でも、お前は辞めなかった。どれだけ追い詰めても、花に向き合うことをやめなかった」
「……」
「それが、さらに気に食わなかった」
黒沢は、自嘲的に笑った。
「結局、俺は最後まで、お前に勝てなかった。この世界でも、同じだ。お前は世界を救って、俺は牢屋の中だ」
蓮は、黙って黒沢の話を聞いていた。
「……お前を、許すことはできない」
蓮は言った。
「お前がしたことで、俺は十年間苦しんだ。それを、なかったことにはできない」
「分かっている」
「でも——」
蓮は、一度言葉を切った。
「お前の苦しみも、少しは分かる気がする」
「……何?」
「俺は、お前のことを『嫌な奴』としか見ていなかった。お前がなぜそんな行動を取るのか、考えようともしなかった。それは、俺の落ち度だ」
「……」
「だから、これで終わりにしよう。お前を憎むのも、お前に憎まれるのも、もう終わりだ。俺たちは、これからは別々の道を歩く。それでいい」
蓮は立ち上がった。
「さよならだ、黒沢」
黒沢は、何も言わなかった。
蓮は独房を出て、扉が閉まる音を聞いた。
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牢獄を出ると、エリシアが待っていた。
「話は、終わりましたか」
「ああ」
「どうでしたか」
蓮は、少し考えてから答えた。
「……すっきりした、かな」
「よかったです」
エリシアは、蓮の手を取った。
「さあ、帰りましょう。花屋の準備が、待っていますよ」
「ああ、そうだな」
二人は、領都の中心部へ向かって歩き出した。
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終章「花咲く世界」
それから一ヶ月後。
領都の目抜き通りに、一軒の小さな花屋がオープンした。
「『ミズヤ・フラワーズ』……。変わった名前ですね」
開店初日、最初の客となった女性が、看板を見上げながら言った。
「俺の名前から取ったんです」
カウンターの向こうで、蓮が答えた。エプロンを身につけ、花切りバサミを手にした姿は、まさに花屋の店員そのものだった。
「どのような花をお探しですか」
「母の見舞いに持っていく花を。元気が出るような、明るい花がいいのですが」
「でしたら、こちらはいかがでしょう」
蓮は、店の奥から一束の花を持ってきた。
黄色いガーベラ、オレンジのバラ、ピンクのカーネーション。鮮やかな色彩が、見る者の心を明るくする組み合わせだった。
「まあ、素敵……」
「お母様のお見舞いでしたら、香りの強くないものがいいでしょう。この組み合わせなら、病室に飾っても邪魔になりません」
「ありがとうございます。これにします」
蓮は花を包み、女性に手渡した。
「お大事に。お母様の回復を、お祈りしています」
「ありがとうございます。また来ますね」
女性が店を出ていくと、奥からエリシアが顔を出した。
「最初のお客様でしたね。おめでとうございます」
「ああ。……やっと、始まった気がする」
蓮は、店内を見回した。
棚には、様々な花が並んでいる。バラ、ユリ、チューリップ、カスミソウ。この世界の花と、蓮が「聖種」から育てた花が、一緒に並んでいる。
「エリシアは、学者に戻らなくていいのか」
「いいんです。私、花屋の仕事が気に入りました」
エリシアは、花に水をやりながら答えた。
「それに、蓮さんの傍にいたいですから」
「……そうか」
蓮は、少し照れくさそうに目を逸らした。
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昼過ぎ、もう一人の訪問者があった。
「蓮さん!」
リーネだった。
「リーネ? どうしてここに」
「会いに来たんです! 約束、覚えていますよね?」
「ああ。『必ず帰ってくる』って、約束したな」
「はい! だから、私も約束を果たしに来ました」
リーネは、手に持った籠を蓮に差し出した。
「これ、村の畑で取れた野菜です。蓮さんが蘇らせた畑から、たくさんの作物が取れるようになったんですよ!」
「そうか……。よかった」
蓮は、籠を受け取った。
新鮮な野菜が、ぎっしりと詰まっている。トマト、キュウリ、ナス。どれも、生き生きとした緑色をしていた。
「村の人たち、みんな感謝しています。今度、蓮さんにお礼を言いに来たいって」
「大げさだな。俺は、きっかけを作っただけだ。畑を守ってきたのは、村の人たちだ」
「でも、きっかけがなければ、何も始まりませんでした」
リーネは、まっすぐに蓮を見つめた。
「蓮さんは、私たちの恩人です。それは、一生変わりません」
「……ありがとう」
蓮は、リーネの頭を撫でた。
「これからも、畑を大事にしてくれ」
「はい!」
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夕方、店を閉めた後。
蓮は、店の前の椅子に座り、空を見上げていた。
オレンジ色の夕焼けが、空を染めている。遠くには、世界樹の緑が見えた。
「蓮さん」
エリシアが、隣に座った。
「今日は、いい一日でしたね」
「ああ」
「これから、毎日こんな日が続くんでしょうか」
「さあ、どうだろう。いいことばかりじゃないとは思う。でも——」
蓮は、エリシアを見た。
「悪くない日々になると思う」
「……ええ」
エリシアは、蓮の肩にもたれかかった。
二人は、しばらく無言で夕焼けを見つめていた。
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翌朝。
蓮は、いつものように早起きして、店の準備を始めた。
バケツに水を張り、花を一本一本取り出す。茎の切り口を確認し、斜めに切り直す。水の中で、空気が入らないように。
水揚げ。
十年間、毎日続けてきた作業。そしてこれからも、毎日続けていく作業。
「さて」
蓮は、最後の花をバケツに入れ、立ち上がった。
店の扉を開け、看板を出す。
「今日も、花を生かすか」
そう呟いて、蓮は笑った。
朝日が、店先の花々を照らしている。黄色、赤、ピンク、白。色とりどりの花弁が、光を受けて輝いている。
この世界に来て、蓮は多くのものを得た。
仲間。目的。そして、自分の力を認めてくれる人々。
元の世界では、決して得られなかったものだ。
「俺は、ここで生きていく」
蓮は、そう決めていた。
この世界で、花と共に。
人々の生活を彩り、命を繋ぎ、希望を届ける。
それが、花屋としての、水谷蓮の生き方だった。
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街の喧騒が、少しずつ聞こえ始める。
朝の市場が開き、人々が行き交い、新しい一日が始まる。
蓮の花屋にも、最初の客がやってきた。
「おはようございます。今日の花、何がおすすめですか?」
「おはようございます。今日は、こちらのユリが入荷したところです。香りがよくて、長持ちしますよ」
蓮は、いつものように客を迎え、花を勧め、包み、送り出す。
何も特別なことはない。
ただ、花を生かし、人に届ける。
それだけの、日常。
でも——
それが、蓮にとっての幸せだった。
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夜、店を閉めた後。
蓮は、窓から世界樹を見上げた。
夜空に浮かぶ世界樹は、かすかに光を放っている。大地に魔力を送り続ける、世界の心臓。
「ありがとう」
蓮は呟いた。
世界樹に。この世界に。そして、自分を導いてくれた女神イリスに。
『あなたは、私の希望でした』
声が、聞こえた気がした。
『ありがとう、蓮。世界を、救ってくれて』
「俺は、ただ——」
蓮は、言葉を切った。
「ただ、花を生かしただけだ」
『それでいいのです。それが、あなたの力です』
声は、風に消えていった。
蓮は、もう一度世界樹を見上げ、それから窓を閉めた。
明日も、早起きしなければならない。
市場で花を仕入れ、水揚げをして、店を開ける。
いつもと同じ、日常が待っている。
「さて、寝るか」
蓮は、ベッドに横になった。
目を閉じると、花の香りが漂ってくる気がした。
それは、この世界に来てから、ずっと蓮を包んでくれている香りだった。
生命の香り。
希望の香り。
そして——
花の香り。
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『水揚げスキルで異世界救済 ~追放された花屋が枯れゆく世界樹を蘇らせる~』
——完——
花屋×異世界転生_水揚げスキルで異世界救済 ~追放された花屋が枯れゆく世界樹を蘇らせる~ もしもノベリスト @moshimo_novelist
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