第十九章「水揚げの儀」
蓮が完全に回復した後、一行は領都への帰路についた。
道中、蓮は世界の変化を目の当たりにした。
かつて枯死地帯だった土地に、緑が戻っていた。草が生え、木が芽吹き、花が咲いている。人々は畑を耕し、種を蒔き、新しい生活を始めていた。
「すごい……」
エリシアが、馬車の窓から外を見ながら呟いた。
「たった数週間で、これほど変わるなんて……」
「世界樹の魔力が、大地に行き渡っているんだ」
蓮も、その光景を見つめていた。
「一度流れが正常化すれば、あとは自然と回復していく。植物の生命力は、本来そういうものだ」
「蓮さんの知識は、本当にすごいですね」
「知識というより、経験だ。十年間、毎日花を見てきた。それだけのことだ」
馬車は、緑に覆われた街道を進んでいく。
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「あ、見てください!」
突然、エリシアが声を上げた。
「あれは……『聖種』の畑じゃないですか?」
蓮は、エリシアが指差す方向を見た。
道路沿いに、広大な畑が広がっていた。その畑には、見覚えのある植物が整然と植えられている。
「本当だ。俺たちがメルカードで商人ギルドに卸した種から育った作物だ」
「すごい……こんなに広がっているなんて」
畑には、農民たちが働いていた。彼らは、馬車に気づくと、手を振って挨拶してきた。
「あれは、緑の聖者様の馬車だ!」
「聖者様、ありがとうございます!」
「おかげで、畑が復活しました!」
蓮は、戸惑いながらも手を振り返した。
「……俺は、本当に何もしていないんだが」
「していますよ」
エリシアが笑った。
「蓮さんが種を作り、商人ギルドに卸し、それが各地に広まった。その種のおかげで、枯死地帯でも作物が育つようになったんです。蓮さんは、世界中の農民を救ったんですよ」
「大げさだな……」
「大げさじゃありません。事実です」
蓮は、畑を見つめながら黙り込んだ。
自分が蒔いた種が、これほど広がっている。それは、花屋として最も嬉しい瞬間だった。
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領都に到着すると、想像を超える歓迎が待っていた。
街道には、人々が溢れていた。花を持った子供たち、旗を振る大人たち、涙を流す老人たち。みな、蓮を一目見ようと押し寄せていた。
「緑の聖者様、万歳!」
「世界を救った英雄、万歳!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
歓声が、街中に響いていた。
蓮は、その歓迎に圧倒された。
「こんな……こんなことに、なるとは……」
「当然です」
隣で、ガルドが笑った。
ガルドは、まだ包帯を巻いているが、歩けるまでに回復していた。領都の入り口で、蓮たちを出迎えてくれたのだ。
「お前は、世界を救った。それに見合う歓迎だ」
「でも、俺一人の力じゃない。エリシアも、ガルドも、村の人たちも、みんなが——」
「謙虚なのは美徳だが、今日くらいは素直に受け取れ」
ガルドは、蓮の肩を叩いた。
「お前は英雄だ。それを、認めろ」
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カイン伯爵の城に到着すると、伯爵自ら出迎えに来ていた。
「蓮殿。よくぞ、戻ってきてくれた」
伯爵は、蓮の両手を握った。その目には、涙が浮かんでいた。
「娘を……エリシアを、無事に連れ帰ってくれたこと、心から感謝する」
「いえ、俺は何も——」
「謙遜するな。お前がいなければ、エリシアは帰ってこれなかった。世界も、救われなかった。すべて、お前のおかげだ」
伯爵は、深く頭を下げた。
「この恩は、一生忘れない。何でも望みを言ってくれ。領地でも、地位でも、望むものは何でも与えよう」
蓮は、少し考えた。
領地。地位。富。それらは、魅力的な提案だった。この世界で、安定した生活を送ることができるだろう。
だが——
「一つだけ、お願いがあります」
蓮は言った。
「この領都の片隅に、小さな店を出させてください」
「店? どのような店だ」
「花屋です」
伯爵は、目を丸くした。
「花屋……?」
「はい。俺は、元の世界で花屋をしていました。この世界でも、花を扱う仕事がしたいんです。大きな店は要りません。小さな店で、目の前のお客さんに花を届ける。それだけで、十分です」
伯爵は、しばらく蓮を見つめていた。
やがて、その顔に笑みが浮かんだ。
「……分かった。最高の立地を用意しよう」
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