第十八章「帝国の侵攻」

蓮の身体が回復するまでに、さらに一週間がかかった。


その間、世界では様々な変化が起きていた。


「帝国が、降伏を宣言しました」


エリシアが、報告書を手に蓮の部屋を訪れた。


「降伏?」


「はい。黒沢さんが捕縛され、【支配】の力が失われたことで、帝国軍は指揮系統が崩壊しました。皇帝は、周辺諸国との和平交渉を申し入れています」


「そうか……」


蓮は、ベッドの上で半身を起こしながら、その報告を聞いた。


「黒沢の力なしでは、帝国は戦争を継続できないということか」


「ええ。元々、帝国の軍事力の多くは、黒沢さんの【支配】に依存していたようです。兵士たちの士気を操作し、恐怖を排除し、絶対的な忠誠を植え付けていた。それがなくなった今、帝国軍はただの烏合の衆です」


「……皮肉だな」


蓮は苦笑した。


「黒沢は、この世界を支配しようとした。だが、結局は、自分自身が『支配』に依存していたわけだ」


「そうですね。彼は、他者を支配することでしか、自分の価値を証明できなかったのかもしれません」


「……」


蓮は黙り込んだ。


黒沢と自分。二人は同じ世界から来て、この世界で正反対の道を歩んだ。


蓮は「生かす」力を得て、世界を救おうとした。 黒沢は「支配する」力を得て、世界を征服しようとした。


その違いは、何だったのだろう。


元の世界での経験の違いか。持って生まれた性格の違いか。あるいは、単なる偶然か。


答えは、分からない。


ただ、一つだけ確かなことがある。


「俺は、俺のやり方を選んでよかった」


蓮は、そう呟いた。


「え?」


「いや、独り言だ」


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「それから、もう一つ報告があります」


エリシアが続けた。


「カイン伯爵から、正式な招待状が届いています。蓮さんを、領都で盛大に歓迎したいそうです」


「歓迎?」


「世界を救った英雄として、です。各国からも、使者が次々と到着しています。みな、『緑の聖者』に会いたがっています」


蓮は顔をしかめた。


「英雄か……。そんな大層なものじゃないんだが」


「蓮さんは、本当に謙虚ですね」


エリシアは微笑んだ。


「でも、世界の人々にとって、蓮さんは間違いなく英雄です。枯死地帯に苦しんでいた何百万人もの人々が、蓮さんのおかげで救われたんですから」


「……」


蓮は、窓の外を見た。


世界樹の葉が、風に揺れている。その緑色は、生命の輝きに満ちていた。


「俺は、ただ花を生かしたかっただけだ」


蓮は呟いた。


「元の世界でも、この世界でも、やっていることは同じだ。目の前の植物を、一日でも長く生かす。それだけのことだ」


「でも、その『それだけ』が、世界を変えたんです」


エリシアは、蓮の手を握った。


「蓮さんは、自分の仕事に誇りを持っていいんです。誰に何を言われても、蓮さんの力は本物です」


「……ありがとう、エリシア」


蓮は、エリシアの手を握り返した。


十年間、誰にも認められなかった。「水揚げなんて誰でもできる」と言われ続けた。だが、この世界では——


「俺の力が、認められた」


蓮は、静かにそう言った。


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